追跡
「逃げてきたのは間違いないけど……」
私を生贄にする為だけに育ててくれたおばさん達から私は逃げた。
それは間違いない。
成り行きだったけどチドリさんに拾ってもらって、このイストラの街に着いて……衣食住まで提供してくれて学園にまで入れてもらっている。
何不自由ない生活をしているし、最近チドリさんは私に服を買ってくれたりする。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになるくらい、色々としてくれていて……。
「やっぱり……じゃあ一歩でも遠くへ逃げるんだ! 安全な場所まで!」
サレルが私の手を強く掴んで引っ張られ、私は転ばないように走らされてしまう。
「サレル……いたい」
私は手を振り解こうとすると、サレルが足を止めて振り返る。
「ああ、ごめん。だけどな、ここは危険――」
「ルル、リーサ!」
声に振り返るとルーフェがピクッと反応し、私の方に顔を向けて近づこうとしている。
「追っ手か! リーサ、ちょっと手荒いがじっとしていてくれ!」
「え、ちょっと!」
サレルが屈んだかと思うと私の手を引っ張り、そのまま肩で私を担いで走り始める。
ええええ……。
「ルル!? リーサから離れる! グルルル!」
ルーフェが危機迫った声を出して威嚇の声を上げ始める。
「お、おい! 待て! お前! 何をする気だ!」
ルーフェの友達の冒険者が事態を察してサレルに声を掛けてから追いかけてくる。
「……多勢に無勢だ。悪いがリーサ! 我慢してくれよ!」
「だから、サレル! 話を聞いて――」
私もさすがに事態を把握して抵抗する。
「ああ……リーサ、君の事だ。俺の事を思ってあの魔物からその身で持って守ろうとしているんだな」
「違うの! あの子、ルーフェは危険なんかじゃなくて――」
「安心してくれ。あの時のような弱い俺じゃない」
そうじゃなくって!
と、私は力を込めてサレルの拘束を振り払おうとするのだけど、びくともしない。
サレル……物凄く力が強くなってる。
「暴れないでくれ、リーサ……しょうがない。ちょっと痛いかもしれないが絶対に安全な所まで君を連れていくから……」
「だから……う……」
話を聞いて!
そう言い切る前に私の意識は闇に落ちていく。
ぐったりした私をサレルはそのまま担いで素早く逃げだした……のを視界が闇に染まっていく中でまじまじと見せつけてられた。
最後に意識を失う直前に見たのは、ルーフェが……初めて会った時のような気迫に満ちた表情で私の方に走っている姿だった。
◆
「大変だ! 紫電の剣士!」
教官からリーサの故郷の村で何か騒動があったと聞いた直後の事。
ルーフェと友好的な冒険者が切羽詰まった表情で俺の方に駆け寄って来る。
「どうかしたんですか?」
「どうもこうもない! そのだな! えっとだな! ああ!?」
「落ち着け」
「まずは落ち着いて!」
教官と一緒に俺はルーフェの友人をしてくれている冒険者をなだめる。
どうやら急いでいるみたいだが、焦り過ぎて言葉が出ない様だ。
冒険者はしばし深呼吸をしてから、それでも焦った表情で言う。
「リーサちゃんが謎の男に誘拐された!」
「なんだって!?」
そりゃあ焦って言いたい事もわからない位混乱するか。
「俺達もしっかりと見ていた訳じゃないんだ。何せルーフェネットと世間話に夢中になっていたからな。だけどちょっと離れた所で家に帰ろうとしているリーサちゃんになんか男が声を掛けて来てな」
冒険者はその時の話を逐一教えてくれた。
ルーフェは冒険者達と話をしていたのだが、直後何かを感じ取ったのかピクッと顔をリーサの方に向け走り出した。
一体どうしたのかと思ってその方角を見ると、リーサを担いで走り去る男が目に入り、とんでもない事態が起こっているんだと冒険者も状況を把握して追いかけた。
で……イストラの街の通路内での追跡劇が始まったらしいのだが、リーサを担いで逃げた誘拐犯は驚くべき行動に走った。
それは街の家の壁をリーサを担いだまま駆け上がり、屋根伝いに走った後、街と外を分ける高い壁を同様に上って通過してしまったんだそうだ。
「なんなんだあいつ! とんでもない身のこなしだぞ!」
冒険者達もさすがに高く積まれた壁を素早くよじ登るのは難しく、どうするかと思った直後。
「ルル! リーサァアアアアアア! グルルルゥウウウウウ!」
「お、おい……」
ルーフェが負けじと壁に飛びかかって手足の爪を引っ掛けてよじ登り、壁を乗り越えて追いかけて行ってしまった。
「すげぇ……」
「見てないで俺達も回り込むぞ! 登りよりも早い!」
「ああ!」
冒険者達も最寄りの通行口から回り込んで足取りを掴もうとしたらしいのだが、草場を通られた所為でルーフェの足跡が少し残っている程度で影も形も残されていなかったんだそうだ。
「どうする? 追いかけるか?」
「待て。どっちにしても紫電の剣士に伝えるのが先だろ!」
「そうだな! 俺が行ってくるからお前達はルーフェとリーサちゃんを追いかけろ」
「おう!」
と言う感じでこの冒険者は俺の所に来た、と説明した。
俺はその話を聞いて、いやいやと若干頭を振る。
まあ……異世界だし、俺だって壁上りとか多少は出来るけど……まさかいきなりこんな事態になるだなんて誰が想像できるだろうか。
目を放していたけど、ずっと見続けている事なんてできない。
そもそもいつも通りの日常じゃなかったのか?
いや、そんな事を言っている暇はない。
「事情はわかった。急いで追いかければ良いんだな」
「ああ!」
「ったく、面倒な事が起こったな。しかし……いくらなんでもタイミングが良すぎる様な気もする」
そういやさっき教官がリーサの故郷であるラング村での一件の話をしていた。
おそらく、その件が大きく関わっているのは一目瞭然だ。
「死にに行くバカとは訳が違う。公衆の面前での誘拐なんて見過ごすわけにはいかない。兵士共にも声を掛けて追跡班を要請しておく。お前は先にいけ」
「当然です。じゃあ途中まで案内してくれ」
「ああ!」
俺は冒険者の案内で、リーサ達を見失った地点まで急いで向かう事にした。
イストラの街の通りを抜け、俺達は冒険者達がルーフェの足跡を見た最後の地点に素早く到着した。
「俺が見たのはここまでだ。仲間達も追いかけているけど……」
「助かる。今度礼をしないとな」
「礼なんて気にしなくていい。ルーフェネットには色々と助けてもらっているし、何よりリーサちゃんを誘拐するなんて奴を俺達が許すはずねえだろ!」
おおう……リーサ、やはり美少女ゆえに君はいろんな人に大人気の様だぞ。
そりゃあ誘拐犯だってかわいい女の子を攫うよな。
だが、リーサを狙ったのが運の尽き。
さて、技能で見るにしても草原地帯を走って行ったのか、ルーフェの足跡だけが頼りだ。
俺はサバイバル技能を所持しているからかルーフェの足跡がぼんやりとだけど見る事が出来る。
……こうして考えるとルーフェが急いで追いかけてくれたから助かったな。
リーサだけ誘拐されたら追いかけるのは至難の技だっただろう。
「とにかく追いかけよう!」
「ああ!」
馬に乗っている時間が惜しい!
俺はリーサ達の後を追って出来る限りの速度を維持して走り出す。
バチバチとサンダーソードが呼応してくれているのを感じる。
「し、紫電の剣士――待って、早い。早すぎ……」
「どうした?」
振り返ると冒険者が随分と遠い所で肩で息をしている。
全力疾走をしている訳でもないのにそんな事でどうするんだと思ったが、冒険者は呼吸を乱して膝に手を置いてから言う。
「はぁ……はぁ……紫電の剣士……俺の事は気にせず行ってくれ。その速度なら紫電の剣士が一人で行った方が早い」
「わ、わかった」
「しかし……さすがは紫電の剣士だ。そんなに早く走れるなんて、周囲がパチパチと光っていたぜ」
言われて確認してみる。
サンダーソードのお陰か、確かに俺の体に電気が通って周囲の物に電気が走って見える。
足の速さとかも早くなるのか……凄いぞサンダーソード、気付かなかった。
ともかく、もっとペースアップを図った方が良いのも事実。
一刻も早く追いついてリーサを誘拐した野郎を捕まえないと。
「じゃあ先に行かせて貰うぞ」
「ああ……こっちも可能な限り速く追いかける。頼んだ!」
俺は一緒に居た冒険者に手を振ってから急いで追いかけた。
リーサ……ルーフェ……無事でいてくれ。




