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魔物狩りの少年

「とにかく、身の程を知れ。お前が何かしたからってどうにかなる問題じゃねえんだよ」

「……わかってはいるけど……それでも、人の命がこんな簡単に失われるだなんて……」


 ああ、なるほど。

 如何にも魔法使い然としていたし、鼻で笑っていた印象から冷酷なイメージを持っていたけど、思ったよりも良い子なんじゃないか。

 そういえば教官がさっき隠れ熱血とか言っていたな。


「君はきっととても良い環境で、優しい人達に育てられたんだね」

「バカにしているんですか!」


 俺の言葉に隠れ熱血だった彼が怒りをあらわにする。

 う~ん、言葉を選ぶべきだったか。


「そうじゃないよ。君が感じたその思いはとても尊いものなんだと俺は思う。世界は……時に無慈悲でどうしようもない事を俺達に見せてくる。その無慈悲というのは徐々に心を蝕んで、感覚を麻痺させてしまう」


 俺の言葉に教官も同意しているのか、黙って頷いた。


「昨日、笑って飲み交わした戦友が翌日には死体で転がっていたなんて……戦いに身を置けば嫌って程経験する事なんだ」


 最初は凄くショックを受ける。

 けれど、すぐに気付く。

 一々気にしていたらしょうがない、と。


「人が一人居なくなったって言うのに、何事も無く朝はやってくるし、世界は当然の様に動く。心の底から嫌な事だけど、それは誤魔化せない事実なんだ」

「……」


 初めて異世界に転移した頃、俺も似た様な事を経験して、しばらく落ち込んだ。

 だけど冒険者にはこの手の事は日常茶判事だった。

 これは冒険者とは関係なく、普通の人だってあり得ない話じゃない。


 そんな経験をせずに、同じ学園の生徒ってだけでここまで思えるのは、それだけ彼が他者を思いやれる人である事に他ならない。

 ここまで熱く人を思える彼を育てた環境は……きっと優しい人達がいたんだ。


「だから、その気持ちを覚えていてほしい。いずれ感覚が麻痺してしまった時、その気持ちさえ覚えていれば変わらずにいられるから」

「貴方は……」


 俺は彼に向って微笑む。


「なんつーか、紫電の剣士様が言うと説得力があるもんだな」

「教官、こういう時に茶化さないでください」


 そう注意したが教官は生徒に向き直って言った。


「と、言う訳だ。呼び止めて止まるんなら学園に帰って腕を磨け。行くぞ!」

「止まった訳じゃないです」

「だとしても現実は見てんだろ。そのインテリな頭でしっかりと考えて、アイツの無念をお前なりに晴らせば良いんだ」


 教官がなんか俺に視線を向けた気がしますけど、俺の所為じゃないです。

 俺の被害妄想なんだろうけど、お前なら倒せるかもしれないのになって言っているように感じてしまう。


 サンダーソード……俺はブレイスリザードに戦いを挑むべきなのか?

 身の程を知らずに飛び出して帰って来なかった彼が死んだ原因は俺だとでも?

 いや……そんな考えは傲慢にも程がある。

 世界中の人々が死ぬ責任を取れって言ってるようなもんだ。


 違うだろう。

 今の俺にはリーサもルーフェもいるんだ。

 なんて複雑な思いが胸の中を燻ぶる。


「あ、そうそう……お前には話しておかないといけない話があったな」


 教官は途中で振り返って言った。


「他にも何かあるんですか?」

「ああ。お前の所の娘に関してなんだが、ちょっと不吉な話が流れて来ててな」

「不吉?」

「ああ、前に冒険者がラング村で揉めたって話をしただろ? その続きなんだがな――」



 ◆


「ルル~リーサ、ルーフェちょっとお話してくるね」

「うん」


 チドリさんとルーフェと一緒にお仕事を終えた私はルーフェと一緒に家の方に歩いている所だった。

 そこにルーフェと仲が良い冒険者の人とばったり遭遇し、ルーフェが世間話をしたいと私は別れる事にした。


 ……この後、どうしようかな。

 学園の方に行って図書室で本を読んで帰るのも良いし、孤児院のみんなの所に行くのも良さそう。

 チドリさんには十分すぎるほどのお小遣いをもらっているからみんなで屋台巡りとかするのも楽しい。

 お小遣いってチドリさんに聞いたら、リーサががんばったお仕事の報酬だって言っていたっけ。


「……」


 私は自分の手のひらを見つめる。

 ……もっと魔法が上手になって、強くなりたい。

 チドリさんやシュタイナー講師、ホルツ教官は少しずつで良いって言ってるけど……。


 ……デスペイン事件の時、非力で無謀だったから私は皆に迷惑を掛けてしまった。

 だから、無鉄砲で考えなしの事はしたくない。

 魔法使いとして立派になって、チドリさんを支えたい。

 その為にもっと魔法を覚えて、色々と学ばないといけないのはわかる。


 同時に、私はルーフェに焦りと戸惑いを覚える。

 ルーフェは……なんていうか、魔物なんだけどとても表情豊かで誰にでも声を掛けられる。

 それでいて、実は凄く強くて、魔法の練習にって昨日も手伝ってくれたけど、私がどれだけ魔法を放ってもそれを全部打ち返して来た。

 何よりみんなの事を、チドリさんの事を思いやって動ける。


 一緒に生活してそれなりに経つけれど、多分私はルーフェを苦手という意識があるんだ。

 それはルーフェが私にじゃれてくる時にヒシヒシと感じている。

 まるで私の親であるかのような態度、それは同情から来ているのか、それともチドリさんに好かれたいから来ているのか。

 やきもちを……しているんだと思うし、少しうっとおしいと思ってしまっているんだ。


 だけど……これはいけない感情。

 ルーフェの誰にでも親しく出来る事を羨ましく感じる。

 私だったら出来ない。


 私は何度も頭を振るって考えを振り払う。

 こんなんじゃいけない。

 もっとがんばらないと……。


「リーサ! そこにいるのはリーサじゃないか!」


 私は声のした方に振り返る。

 そこには……昔、私の居た村に来た……見知った人物の顔があった。

 なんとなく村の事情を察し、私に絶対に強くなってマッドストリームオクトパスを倒して見せると誓った人。


「……サレル?」


 私は記憶の中にいた人の名前を呼ぶ。

 最後に会った時からどれだけ経っただろう?

 少なくとも私の記憶よりも頭二つ分成長していて、より逞しくなったサレルが私に声を掛けてきた。


「やっと見つけた……」


 サレルは安堵するように私に近づいて声を掛けてくる。

 そう……サレルは確か魔物退治屋の弟子として私の村にやってきた、魔物狩り見習いの男の子。

 年齢は私よりもちょっと上で、村に居る間、私と仲良くしてくれたお兄ちゃんのような人だった。


 見た目は野生的というか……痛々しい鋭い目付きをしているけれど、いつも誰かの為を思って魔物と戦う事を誇りにしている人。

 とても思いやりのある人で、魔物に困っている人達を助けて周る仕事に誇りを持っているようだった。

 前に会った時よりも立派な恰好をしていて……冒険者を勉強している私からしても見違えるほど強くなっているんだ、と何かを感じさせる。


「ずっと探していたんだ! 見つかってよかった!」

「そうなんだ。お久しぶり」

「ああ!」


 サレルは私の手を握って再会を心から喜んでいるようだった。


「探していたって……私を?」

「それ以外に何が理由があるんだって言うんだ」


 ……?

 なんでサレルが私を探しているんだろう?

 たぶん、村を飛び出したからなのかな?


「さあ、早くここから逃げよう。逃げ出して来たんだろ?」


 ???

 ますますサレルが何を言っているのかわからなくなってくる。

 村を出てからもう随分と経つはずだけど……。


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