潤滑油
「嘘じゃないんですけどね。何ならリーサに聞いてもらっても良いですよ」
「ああ、はいはい。そう打ち合わせてあるんだろ」
「悪名高いマッドストリームオクトパスまで倒してしまうとは、さすがはチドリ殿じゃな」
あ、そういやシュタイナー氏の耳に教官経由で伝わってしまったって事になるのか。
ここはリーサの為にもお願いはした方が良いのかな。
「それでですね、リーサは……その、マッドストリームオクトパスへの生贄として育てられた子でして、成り行きで俺が保護したという経緯があるんですよ」
俺はリーサが育った村に帰りたくなくて行く当てもないから保護した事をシュタイナー氏に説明した。
なんとなく知っていたような感じでシュタイナー氏は耳を傾けていた。
もしかしたら教官が既に話していたのかもしれない。
「あの村の連中、しょうがねえ部分があるのはわかるが、胸糞の悪い奴等だったな。水龍エアクリフォからの罰は元より、何やら冒険者ともいざこざがあったみたいだしよ」
「うむ……親子とは思っておらんかったから、そうじゃろうとは思っておったよ」
「あまり良い環境ではなかったからか、感情を表に出すのが苦手な子みたいで……良い子であろうと、俺を支えられる冒険者になろうって肩に力を入れ過ぎている気がするんですよ」
「チドリ殿の強さを知れば、より努力をしなくてはいけないと焦る気持ちはわかるのう」
「……俺は本当に、強くはないですよ」
そう、俺の強さは全てサンダーソードの強さに他ならない。
デスアルジャーノンハーメルンやデスペインにだってサンダーソードが無ければ手も足も出ずに殺されるか、撤退するしかできなかっただろう。
強さを誇ってはいけない。
俺の強さは……本当に無いのだ。
前の異世界でだって戦力外だったのだから。
「……」
静かに酒を飲むとシュタイナー氏と教官が黙ってこっちを見つめていた。
無駄に謙遜しているとか、嫌味に取られてしまっただろうか……。
だけどこれは事実なんだ。
サンダーソードを軽く抜いて刃を見つめる。
ありがとうサンダーソードを心の中で歌おう。
エロッチ、ありがとう。
俺はサンダーソードに相応しい男になる為に努力を続けるよ。
その道中で起こる悲劇を……未熟な俺に変わってサンダーソードが解決して希望にしてくれる事を願う。
なんかしんみりしてしまった。
話題を変えよう。
俺の事情を多少知っている二人に聞くにはちょうどいい事があったし。
「マッドストリームオクトパスに関連してちょっと二人に相談したい事があるのですが、良いですか?」
「ん? なんだ?」
「なんじゃ?」
「武具作成で良い職人を知りませんか? かなり希少な素材を加工してもらいたいので信頼できる人が良いのですが」
「イストラの街に関しちゃ俺は日が浅いからそこまで詳しくはないが、ギルド経由で良い所を聞く事は出来るぞ」
「ワシも探してみようかの。一体どんな希少素材なんじゃ?」
教官とシュタイナー氏が気さくに答えてくれて助かる。
「ええ、今回の依頼で手に入れた魔物素材を加工したいという話は後にしまして……その、水龍エアクリフォから鱗を報酬にもらってましてね」
マッドストリームオクトパスを仕留め、水龍エアクリフォの封印を解き放ったからこそ手にしていると納得してもらえる品だろう。
売るのも良いとは思ったけれど、勿体ない気がしたから取っておいた物だ。
金にするより良い装備になると冒険者の勘が告げている。
希少な装備故に性能も折り紙つきだ。
「あー……なるほど。そりゃあ上級も良い所だ。下手な職人に預ける訳にはいかねえだろうなぁ」
「鍛冶師か錬金術師、裁縫職人を何人か雇って作るべきじゃろう……難易度も高くなるのう。水龍エアクリフォはあの地を治める神に等しき龍。その鱗じゃから一枚使うだけでも相当な武具になるじゃろう」
どんな一品ができるか分かった物じゃないとシュタイナー氏が目を光らせて答える。
何枚かもらっているんですけどね。
「で、お前は何を作ってもらおうと思ってんだ? 剣か?」
「武器はこのサンダーソードで行くと決めているんで」
俺はサンダーソードで行くと決めているんだ。
今更浮気なんてする気は無い。
そういやサンダーソードを結構振っているけれど刃こぼれする気配も無く、経年劣化の傷なんかも無い。
魔石で形状を変えるとその辺りの耐久が回復しているような気がする。
元々エロッチの力で作られた特別なサンダーソードだからなのかもしれない。
折れないサンダーソード!
素晴らしい!
切れ味維持のために研ぎは欠かせないけどね!
「んじゃ防具か?」
「んー……どっちかと言うとリーサに作ってあげようかな、と」
装備はこの前渡したばかりだけど、更新しても悪くないはずだ。
生贄として育てられたんだ。
水龍が謝罪の意味を込めてくれた物こそリーサに持たせたい。
ルーフェは……また別で何か作ってあげたいと思う。
「おいおい……勿体ないだろ」
「ふむ……リーサ殿も十分に良い装備をしておるとワシは思うがのう」
おや? 二人の反応が鈍い?
「あまり身の丈に合わない装備を着けると増長する原因になるんだぜ? どこぞの冒険に憧れた貴族様は無駄に金を持っているからと装備だけは立派に拵えて、危険な魔物に無謀な突撃をして死ぬなんて笑い話があるくらいだ」
その理屈になると俺のサンダーソードは元より、リーサの持っている水龍の腕輪も該当してしまうんだけど……。
もちろん俺の方も自覚はある。
だからこそ身の丈に合った依頼をしているんだし。
ここで歯ごたえのある敵と戦いたいなんて戦闘狂みたいな事をするのが危険だって自覚がある。
新米冒険者時代にラルガー流を少し使えるようになって調子に乗った記憶が思い出される。
ああ……色々と無茶したな……。
なんて思い出に耽ったらおじさんになってしまいそうな気がしたので、適当な所で考えを切り替える。
……そういえば最近リーサは水龍の腕輪を使わずに魔法を使っているな。
「リーサなら大丈夫ですよ」
だからこそ思う。
きっと武器に頼って実力が身に付かないと思って使わないようにしているのだろう。
リーサも必要なタイミングでは使うはずだ。
「まあ、俺も革鎧を新調したいと思ってますしね。ついでって事で良い装備をリーサとルーフェに渡したいんです」
「過保護な事だな。紫電の剣士は気前がよくて良い事だ」
なんか教官が僻みっぽい。
しょうがないか。
「すぐにって訳じゃないですよ。お金も随分と掛りそうですから、しばらくは貯金します」
「ブレイスリザードでも倒せば一発だろ」
「死地に行かせようとするのはやめてくださいよ」
勇気と蛮勇を履き違える気は無い。
お金目当てに倒しに行くなんて言語道断だ。
それこそブレイスリザードを倒すことで多数の人達を助けられるなら、サンダーソードは元よりエロッチが許すかもしれない。
ただ……危険だと思うなぁ。
冒険者の勘が告げる。
「……一応探しておいてやろう」
「わかった。ワシも信用できる職人を後で紹介しよう。素材が素材じゃから気をつけねばいかんな」
「ありがとうございます」
なんて感じで雑談をしながら俺達は酒場でしばらく話をして、ほろ酔いになった頃に時間も更けてきたので解散することにしたのだった。
やはりというか教官は熟練の冒険者然とした飲みっぷりで酒場で楽しみ、シュタイナー氏は魔法使い然とした飲み方をしていたなぁ。
噂話とか色々として情報収集も捗った。
やはり酒は会話の潤滑油だね。




