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酒場

「チドリさん、お酒飲みに行くの?」

「その予定だよ」


 リーサはなんていうか、俺が酒を飲みに行くのを望んでいる節がある。

 前に飲みに行かなかったから、やってあげるのも良いんじゃないだろうか。


「……いってらっしゃい」

「……」


 ちょっと嬉しそうなリーサとは対照的に教官が俺を咎める様な目で見ている気がする。


「待って待って。俺を飲んだくれみたいな目で見ないでください。これもリーサと前に話した事なんですから」

「本当か?」

「うん。チドリさんがお酒を飲みに行かないか聞いた。全然飲みに行かない」

「禁欲的な奴だな。冒険者なら酒場で情報収集位しておいた方が良いぞ」


 禁欲的って……修行僧じゃないんだから大袈裟な。

 確かに節約ばかりの十年だったけど、サンダーソードを買うという物欲で金を貯めていただけだしさ。


 ちなみに酒場で情報収集というのは割とありふれた手段だ。

 こういうのはどこの世界でも変わらないらしい。

 尚、イストラくらい大きな街だとそうでもないけど、小規模な町クラスになると酒場=公民館の様なフレンドリー空間になっていたりする。

 女性や子供も通っている様な集会場と化す、というか。

 そういう意味では、酒場で情報を収集するのは冒険者としての基本だな。


「冗談は程々にしてくださいよ。俺が禁欲的に見えますか?」


 サンダーソードを手に持って欲望に忠実ですよ?

 もちろん、サンダーソードに釣り合う為にがんばっているとも言えるけれど、俗物的だと思いますね。


「見える」


 断言されてしまった。

 違うんだ。

 俺はサンダーソードに忠実なだけで、他の事は適当になってしまっているだけなんだ。

 それを禁欲的だなんて言わない。

 修業は全然できてませんよ。


「女遊びをしているようにも見えんしな。お前、完全に父親だぞ」

「それは否定しません」


 ぶっちゃけ俺ってリーサの父親代わりだし。

 リーサ的には家族というワードは地雷だろうから、口にはしないけどさ。


「……」

「ルル~?」


 俺達のやり取りをルーフェがキョロキョロと喋った相手に向けてから小首を傾げる。


「ルーフェ、ママ!」

「……何を言っているんだ?」


 ここぞとばかりにルーフェがボケに乗ってきたので突っ込みを入れる。

 ルーフェと結婚した覚えはない。

 それともリーサの母親代わりになりたいという意味だろうか。


「ルルー?」

「……」


 ほら見ろ。

 リーサが無表情の中に誰の目にもわかるくらい渋い雰囲気を出しているじゃないか。

 やはり家族は地雷ワードだな。


「じゃあチドリさん、私とルーフェは家に帰ってこのお肉を倉庫に入れておくね」

「うん、ありがとう。孤児院の子達を誘って先に食べちゃっても良いからね」

「はい」

「ルルー! チドリ、じゃあねー」


 話を終わらせたリーサがルーフェに荷車を引かせて家の方へと向かって行くのを俺は手を振って見送ったのだった。






 そんな訳で教官を誘って酒場に飲みに行く事になったのだが……。


「プハァ! 仕事上がりの酒は中々良い物じゃのう、チドリ殿」


 どこから聞き付けてきたのか酒場へ向かう途中、魔術学園の方から来た馬車からシュタイナー氏が顔を出して俺達に声を掛けてきた。

 そうして何故か事情を聞いたシュタイナー氏まで酒場に同行する始末。


「魔法使いってのはこういう奴等だ。覚えておけ」


 などと教官が言っていたが……。


 尚、酒場内は相応に賑わいを見せているのだが、俺達の周りは少しばかり距離がある。

 街でも有名人であるからか、酒場のマスターを含め店員が緊張した様子でこっちをチラホラ見てくる。


 ……あんまり意識しない方向で行こう。

 今日は教官達と一緒に酒を飲むって決めたんだし、シュタイナー氏が増えた程度で騒いだら何にもならない。

 むしろ魔術学園で講師をしている二人の警備係って感じでフランクに飲み会をしているって思われれば良いんじゃないかな。


「それで依頼はどうだった?」

「今回の依頼も中々の物でしたよ」

「一体何を狩ってきたのかのう? ブレイスリザードかの?」

「俺を何だと思っているんですか。違いますよ」


 まるで薬草の採取みたいなノリで聞いてきたな。

 ギルド内でも重危険依頼となっているブレイスリザードを倒しに行ったとでも思っているのだろうか?

 そもそもブレイスリザードの生息地は結構遠かったはずだ。


「ワッハッハ!」


 あ、これは冗談のつもりで言ったのか。

 まともに相手をする感じじゃない。

 きっとこの辺りにおける冒険者達共通の冗談って奴だろう。


「ここに卸されるホーンバイソンですよ。生憎とすぐに食べるにはまだ熟成が足りないので出てこないとは思いますけど」

「そうじゃったか」

「ふむ……中々良い酒が揃っているみたいだな」


 教官が注がれたジョッキに入るエールっぽい酒を飲みながら答える。

 俺も合わせて飲んでみる。


 お? これはかなり美味いんじゃなかろうか。

 魔法がある世界であるし、相応の機材もあるからか冷えているのは元より、甘い匂いが独特の柔らかでありつつキリッとした味わいのビールみたいな酒だ。

 口当たりも良い。


 日本に居た頃は酒なんて飲んだ事がないのでよくわからないけれど、前の異世界で飲んだ酒の中でもかなり良い方なんじゃないかと思えるくらいには味が良い。

 相当に値が張りそうなので、サンダーソードを買う前の俺だったら懸念しそうなくらいには上物と判断する。

 グビグビとジョッキの半分まで飲む。


「おお! 良い飲みっぷりじゃな」

「味が良いですからね」


 なんて言いながら運ばれてきたビーフステーキみたいな料理を肴にして酒を楽しむ。

 香辛料もそこそこ効いてて良い酒場だってのはすぐにわかった。


「そういえばお前の所の娘、お前が酒を飲まないって言っていたな」

「別に下戸って訳じゃないですよ?」

「その飲みっぷりを見ればわかる。下手に泥酔される方が面倒だ」

「はは」

「今度ワシの秘蔵の葡萄酒でも飲むかのう?」

「あんまり高い酒はちょっと……そういうのは大事に取っておいてください」

「そうかのー」

「んで、依頼の方で何か面白そうな話とかないのか?」


 教官が俺に話題を振ってくる。

 丁度良い話があるので、話題にしておくか。


「クリスタルホーンバイソンってのが出てきたので倒しておきましたよ」

「そんなアッサリと言える相手じゃないんだが……気にしたら負けか。お前の所は優秀な奴が揃ってるしな」


 おや? 連携して倒したと思われてしまった。

 まあ、途中でルーフェとリーサが力を合わせて倒したから間違ってはいないか。


「ルーフェ……ドラゴンウォーリアーが中々良い動きをしますから」


 戦闘経験が豊富なのか、単純にルーフェの戦闘能力は高いのは俺でもわかる。


「だろうな。僅かな時間しか見ちゃいないが、ただのドラゴンウォーリアーとは思えない動きをしていた」


 持っているフォークを手首だけ動かして、バットのように振り回してルーフェが生徒に攻撃された時の再現を教官が行う。


「経過を又聞きするとドラゴニックボイスまで使用できる特異個体なんだろ?」

「ええ、ルーフェの話だと埋没したダンジョンの主だった錬金術師に改造されていたそうですね」

「哀れな魔物なんだな。お前と一緒だと随分と楽しげだが」

「そうですね……なんか懐かれちゃいましてね。シュタイナー氏、ルーフェが石化していたダンジョンで見つけた資料はその後どうなってます?」

「ん? 学園の機材で調査しておるが、やはり古代の技術が使われておる。わかっておるのは出現した魔物はルーフェ殿を媒体にして魔力を元に作り出した影みたいな代物という事くらいかのう」


 石化させたまま魔術の媒体にされていたような話をルーフェもしていたから間違いは無いか。


「あまり関心せんやり方じゃな。制御が出来れば警備装置として扱えそうではあるが……」

「再現できそうですか?」


 俺の問いにシュタイナー氏は苦笑いを浮かべ、頭を横に振った。


「まだまだ研究せねば難しいじゃろうな。しかも邪悪な研究じゃからのう……ルーフェ殿を再度媒体にすれば出来るかも知れんが、ワシはしたいとは思わん」


 だろうなぁ。

 いくらなんでも助かったからこそルーフェは楽しそうにしているけど、とても良いと呼べるような代物じゃない。


「同様に哀れな魔物を見つけた時に救う術を記す位が良い落とし所じゃよ」

「でしょうね」


 なんて感じで一旦話題が終わった。


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