太古の技術
「ルルーチドリ、リーサー」
ルーフェが早く魔物の死体を処理しようと声を出す。
「ああ、そうだった。じゃあやっていこうか」
と言う訳でリーサとルーフェが倒した魔物の死体を解体する事にした。
グローブを付けたカンガルーとワラビーは……このグローブ、グローブに見えた手か。
かなり紛らわしい形状をしているな。
カンガルーって場所によっては食べる地域があるって話を日本に居る時に聞いた覚えがある。
食べられる部位も経験でわかるな。
ただ、ホーンバイソンの方が食用向きだと思う。
まあ、気にしなくても良いか。
「思ったよりも取り過ぎになりそうだ」
ホーンバイソンに関しては気にしなくても良いけど、カンガルーとワラビーはどうなんだろう。
まあ革や骨は何かに使えるか。
肉の処理は最悪ルーフェや知り合いで分けてもらおう。
このグローブ部分って何かに使えそうだなぁ……。
グローブに見えて切り取った手と言う恐ろしい物だけど。
おっと魔石魔石っと。
カンガルーとワラビーの魔石を取り出して名前を確認してみる。
パンチングカンガルーの魔石
パンチングワラビーの魔石
おお……パンチング。
ルーフェの変異素材になりそうな魔石名が来たぞ。
「ルーフェ」
「ルル?」
「ほら、後で電気マッサージで確認させてくれ」
ポイッとルーフェにワラビーの魔石を投げる。
するとルーフェは器用に魔石を口に含んで食べる。
「ルルー! おーいしー!」
変異に必要な魔石の匂いを嗅ぎあてたって可能性がある。
ただ、パンチングって所が共通だからしっかりと確認したい。
「ねえチドリさん」
「なんだい?」
「魔石……売らないの? それにギルドで確認……」
言われて考える。
確かに魔石が色々と使い道があって売る必要性があんまりない状態だ。
本来は石炭みたいなエネルギー資源として魔石はこの世界に存在するらしいのに、俺は売らずにいる。
そもそもこの先、要らない魔石をルーフェに食べさせていたら依頼以外でお金を更に稼げないのではないか?
賞金首の魔物とかの魔石だったらどうしたんだ?
「ごめんごめん。どうもこの辺りがまだ慣れなくて」
「ううん。気にしなくて良い……私はチドリさんに任せる」
「チドリー。魔石美味しい」
「まあ今回の獲物はルーフェとリーサが倒した訳だし、実験もあって……気にしないで行こう」
できれば賞金首の魔物ではありませんように!
「ルーフェ、このカンガルーとワラビーって他にもいるかい?」
「ルル?」
クンクンとルーフェが周囲の匂いを嗅ぎ始める。
「ルルン! ちょっと離れた所にいっぱいいる!」
「そうか、それは何より」
少しくらい狩っても問題はなさそう。
「……依頼あるかな?」
ぐふ……リーサの方が世の中を理解しているみたいだ。
所謂冒険者あるあるって奴だな。
別の依頼の帰り道に魔物の群れを倒したけど、そちらの依頼は受けていないから報酬はもらえないってパターンがあったりする。
他にもこういう場合は魔物の群れがこの辺りに居る、という情報を報告をした方がギルドなどの組織が評価してくれる事が多い。
何故倒したのに評価されないかというと、もしも倒す事が出来ずに死んでしまった場合、その情報を伝える者が居なくなってしまうからだ。
だから考え無しに突っ込むと戦闘能力の有無はともかく、コイツは短絡的な奴だ、という評価を受けてしまう。
「そうだよね。この魔物の討伐依頼とか先に探してから倒すべきだったね。リーサは賢いね」
「……」
リーサがちょっと照れている。
想定外の魔物って事で狙って倒さずにいるのも冒険者かな。
目当ての素材がある訳じゃないし、無意味な殺戮も良くない。
……Lv上げ目当てに狩るのは良い事か悪い事か……。
「とにかく、これで依頼達成だね。後は帰るだけだけど、このままじゃ夜になるし安全そうな所に移動して休もう」
「うん」
「キャンプーお料理の時間ールルー」
って感じで俺達は達成条件を満たし、野営をする事にしたのだった。
で、野営前にルーフェの変異条件らしき項目を電気マッサージで確認する。
●ー●┐ ★
●ー○ー●┘
お? 一つ埋まったみたいだ。
確認するとパンチングワラビーの魔石と書かれている。
「ルーフェ、次はこの魔石を食べてみてくれ」
「ル、ルルル……わかった」
電気マッサージ中にだべさせるのもどうかとは思うけど、受け答えをしてくれるのでそのままルーフェの口元に魔石を投げて食べさせる。
……特に変化は無い?
あ、ワラビーの魔石がカンガルーになっている。
どうやらパンチングと付いた魔物なら何でも良さそうだ。
電気マッサージを解除する。
「実験にワラビーかカンガルーの魔石が後一個ほしいな……」
「ルル?」
「何かあるの?」
「ああ、ルーフェのステータスにね」
俺はルーフェの種族の所にある項目を説明して一つ埋まった事を報告した。
「後は昨日ルーフェに食べさせた魔石みたいにサンダーソードを通した魔石を食べさせたらどうなるかを調べたくてね」
「ルルー!」
なんかルーフェが大興奮で喜びを体で表わしている。
「美味しい魔石がまた食べれるー! ルルー!」
ああ、どっちに転んでもルーフェは良い事なのね。
「全部埋まるとルーフェの姿が変わる?」
「可能性は高いね。変異って言うらしいんだけど、普通に変異させるとソルジャードラゴンになるそうなんだ。だから何か別の変異をしないかって実験も兼ねてるよ」
「チドリさん、これ、学園で論文にしたら凄いんじゃないの?」
「かもしれないね。ただ……サンダーソードの力で見れる物だから電気マッサージの副産物でしかないんだ」
「シュタイナー先生もできるようになったら凄そう」
「そうだね」
問題はこの技術が広まる事で余計な争いとかが生まれてしまうのではないかって可能性か。
シュタイナー氏なら上手い具合に広めてくれるだろうから、やり方しだいかな。
「この前、歴史でね、太古の人は未知の技術で眠っている力を引き出す技術があったって話を聞いた」
「もしかしたらサンダーソードでやっている事は太古の技術で再現できるのかも?」
俺の問いにリーサが頷く。
確かにあり得る。
このサンダーソードはエロッチの力!
太古の技術を蘇らせるとは、さすがエロッチ。
なんか俺の知るエロッチが違うと謙虚な態度を取ってそうな気がするけど万能な神様がそんな態度のはずないよね!
ラルガー流の開祖、ラルガー氏にも色々と加護を授けたって逸話があるし、きっとエロッチなりに俺が雄々しく戦う補助具としてサンダーソードに授けたんだ!
「出来たら良いね。ただ、あんまり広めると俺の命が危なくなるかもしれないから注意しないと」
個人間でやっているのなら俺が目立つだけで良いけれど、誰でも凄くなる技術となると争いの引き金となり、俺は元よりリーサやルーフェ、シュタイナー氏やレナさん……孤児院の人達にまで被害が及びかねない。
十分に注意しなくてはいけないな。
そもそも、エロッチがそんな事態を望むとは思えない。
『俺! みんなを強くする天才だから! すげーだろ!』
なんて言いながら自分の周りを超強化して世界征服なんてするつもりもないし、全く正しい行いには思えない。
……若干規模が小さくなるが、前の異世界で同じ日本人仲間に似た様な野望を抱いていた奴がいた。
女性ばかり引き連れて冒険者をしていたっけ。
しかし邪神には、そういう野心は付け込まれるだけでしかなかった。
邪悪な存在というのは、強い力を持った存在の弱みを虎視眈々と狙っているものなんだ。
何より英雄は得てして色を好むというが、強大な力を持った英雄であろうとも女に関わってぽっくりと逝くなんて話も多い。
男なら美女、女なら美男を宛がって意のままに操る。
あの狡猾な邪神が考えそうな手口だ。
考えを改めよう。
無駄な争いを招くような事は避けるべきだ。
こういった力が必要となるのは、それこそ人類の脅威を目の前にして、団結が必須な時に限った話だ。
世界が滅びかねない災厄に見舞われた時こそ、失われた技術を再現して人々の力を開花させるってね。
そんな状況で秘匿して私欲を肥やして英雄気取りをするのは間違っている。
うん……気を付けないと。
もしも邪神を相手にしたあの時、この力が前の異世界でも使えたなら俺は間違いなく開示しただろう。
そうしなければならない。
……それほどに悲惨な状況だったんだ。
「どうしても必要になったら、みんなの為に広めよう」
「はい」
「ルル?」
まあ、そんな訳でルーフェの変異実験は着実に成果を上げつつあるのだった。
尚、その日の食事に関してだが、ルーフェの料理の腕前が更に磨きが掛っていた。
釜戸を適当に組んで自ら火を吐きつつ持ってきた鍋でホーンバイソンの肉を煮込んで作られたスープは……予想に反して美味しかった。
肉主体ではなく野草や薬草などをベースに作られた物だったのだ。
ルーフェ曰く、近所の主婦から教わったらしいが……主婦、恐るべし。
料理を覚えたいってルーフェにここまで丁寧に教えるとはな。
イストラの懐の深さは一般人にも及んでいる様だ。
エロッチ「……」
無言で頭を横に振っている。




