マッサージ
「あの……」
道を歩いているとリーサが恐る恐るといった様子で俺の方を見て聞いて来る。
「なんだい?」
「えっと……英雄さま」
「千鳥で良いよ」
「チドリ、さま」
「さま付けは困るかなぁ」
なんて言うか、前の世界でも城の人とかに言われた事があるけれど、女の子から慕われるように言われるのはちょっと気恥ずかしい。
「じゃあ……チドリさん」
「うん。何?」
「チドリさんは、どうして私を助けてくれたの?」
あー……リーサはこの辺りから誤解をしているのか。
かと言ってここでリーサにありのままに教えて良いのだろうか?
俺はサンダーソードに釣り合う誠実な人で無ければならない。
よし、これが一番だろう。
「俺が助けたんじゃないよ」
「え?」
俺はサンダーソードの柄に手を当ててリーサに微笑んで答える。
「この剣をくれた神様が、君を助ける為に俺をあそこに導いたんだ」
間違ったことは言っていない。
何せエロッチが俺を異世界に送り出した時の衝撃であのタコの化け物を仕留めた訳だしね。
きっとエロッチも俺を異世界転移させる際に、ついでに人助けをしたんだろう。
「えっと、その、神様ありがとうございます」
「そうだね。ありがとうだよね」
善神エロッチ。
名前はエロだけど良い事をする神様だ。
サンダーソードありがとう!
「まあ、俺だって君の状況を知ったら助けに行ったよ」
「……」
俺の言葉にリーサは若干頬を赤くして俯いてしまった。
臭かったかもしれない。ちょっと恥ずかしいな。
「それでなんだけどね……まあリーサなら知ってもらっても良いかな、神様にこの世界に送り出された経緯もあって、俺はこの世界の事を碌に知らないんだ。だから君が知っている範囲で良いから教えてくれると嬉しいな」
「はい……わかりました。私なんかの知識でお役に立てるのなら……とは言っても、私も詳しく知らない事が多いです」
そう言いながらこの世界の話をしながら俺達は夕暮れになるまで目的の町を目指して歩き続けた。
途中何度か魔物に遭遇した訳だけど、サンダーソードを素ぶりするだけで雷が降り注いで簡単に倒す事が出来た。
狼みたいな魔物がサンダーソードの雷を避けたりしたけれど、剣技・隼で簡単に倒せたぞ。
楽に進めているかな? 食料には困らなそう。
そうして、とりあえずリーサから聞いた話を纏めると、この辺りはモークディ地方と言うらしい。
俺達の向かっている町はレイジールという町で、モークディ地方から別の地方の境近くにある町なんだとか。
まあ地名と地形に関しては地図が無いと把握しきることは出来ないけれど。
後、この世界はどうやら強さを現す物にLvという概念が存在するそうだ。
専門家曰く、前の異世界でも似た様な法則があるらしいのだが、そこは気にしない。
細かい数字は見えなかったしな。
Lvとかの数字だ。
前の異世界では戦いを繰り返す内に何となく強くなった気がしたんだよな。
そのLvに関してだけど、リーサは生贄として村で育てられていた訳なので、それ以上に関してはよくわからないそうだ。
まあ、しょうがないか。
他にリーサから教わった話だと、魔物から取り出せた魔石はどうやらこの世界では魔法道具なんかの燃料とかに使われる代物であるらしい。
上手い事加工すると魔法の道具にもなるみたいだ。
まあ、一番綺麗なのはエアクリフォからもらったタコの魔石だけどさ。
売れば良い値段になるだろうって話だし、お金が欲しい場合はこの魔石があれば良いって事なのかな?
「じゃあ、今日はこの辺りで休もうか」
なんて感じで色々と教わりつつ、俺が今までどんな冒険をしていたのかをリーサが興味を持っていたので多少話をした。
俺一人なら夜も歩いて行く事は可能だが、リーサを連れて夜間移動は危ないしな。
やがて日が傾いてきたので野宿の準備を始めた。
一応、休むのに良さそうな広さのある場所で焚き火の準備を始める。
近くに転がっている枝を確認……ある程度は乾燥しているみたいだから大丈夫か。
それを手慣れた感じで組んで……後は火種で付ければ焚火になる訳だけど……。
出来るかな? と思ってサンダーソードで枝を切る。
パチッと電気が発生して枝に軽く火が付いた。
よし……後は火種を燃え上がらせて……っとアッサリと焚き火が出来上がった。
今日の晩御飯は新鮮な魚とイノシシのヒレ肉を火で炙った物にした。
大雑把に木の枝で刺してじっくりと焼いた物なのがやや残念か。
香辛料やフライパンなど、調理器具があればもう少し洒落た物が作れるが、しょうがない。
「はい、リーサ。美味しくないかもしれないけど」
「ありがとうございます。いただきます」
俺が焼いた魚と肉を渡すとリーサはお礼を言ってから食べ始める。
しっかりとお礼が言える良い子だね。
「美味しいです。こんな風に食べるのは初めてです」
「初めてのキャンプ飯って美味しく感じるからね」
なんて感じで俺も魚を食べる。
うん、味自体は悪くない。川魚の味がしっかりとしている。
塩気がちょっと足りないのが難点か。
肉も出来る限り薄く串焼き風にしてみたけれど、焼いた肉でしかない。
せめて香草とかを道中で採取出来れば良かったんだが、この世界の薬草知識を俺は持っていないから安易に採取するのは危ないと断念した。
ああ……ちゃんとした人里で食事をするのは元より、薬屋なんかでどんな薬草があるのかに目を通して置くべきだな。
実質二度目の異世界だからこそわかる事もあるけれど、わからない事の方が多い。
そうして食事を終えた俺はリーサが出してくれた水でサンダーソードの手入れを行う。
曇り一つ無いけれど、いつ曇るかわからないのが恐ろしい。
本当はしっかりと油とか砥石とかで手入れしないといけないけれど、今は無いので水で洗うのが精一杯だ。
後は毛皮なんかもついでにいぶしておこう。
ダニとか虫の類はイノシシには少ないけれど、居ない訳じゃないし……しっかりとなめすのには必要な事だ。
ついでに、今日の寝床用の敷物にも役には立つはずだ。硬いけどさ。
「ふああああ……」
リーサが眠くなってきたのか欠伸を始める。
「ああ、今晩は俺が先に見張りをするからゆっくり寝ても良いよ。ただ、寝る前にちょっとだけやっておいた方が良いと思う事をするね」
「?」
俺はリーサに近づいて足を確認する。
ああ、あんまり表情に出さないから大丈夫かと思ったけれど、そうじゃなかった。
リーサの足にはマメが出来ているのは元より、ふくらはぎがパンパンになっていた。
生贄として育てられたからというのもあるだろうが、リーサは華奢な子だ。
村育ちらしいし、旅などに慣れているはずもない。
何よりお世辞にも道はよくなかったしな。
最初の内はこうなる可能性も考えていた。
マメに関しては薬とか魔法とかで処理した方が早いんだけど……そう言えば薬草を貰っていたっけ。
「リーサはこの薬草の使い方はわかる?」
「あ、はい……おじさんが怪我の治療にすり潰して張りつけていました」
患部に付けるタイプか。
それならわかりやすい。
けど、その前にマッサージすべきか。
リーサも腕輪を介してしか魔法が使えないからしょうがない。
「リーサ、無理のない範囲で魔法を調整して足を冷やしてね」
「は、はい……」
「足の方は後にして、ふくらはぎは……っと」
俺はリーサの小さなふくらはぎに親指を添えて少しずつ揉みながらマッサージを始める。
冒険者として長い旅をする際に覚えた事だ。
まあ、俺と同じ様に日本から来た登山趣味があった奴は既に知っていた事なんだけどさ。
「うっ……んっ……あっ……ふぁ」
リーサがちょっと色っぽい声を出して堪えている。
俺も何か気恥かしいけれど、これをするとしないとでは明日移動できる距離が大きく変わる。
まあリーサ位なら最悪俺が背負って行けばどうにかなるかもしれないけどさ。
「あふっ……んんっ……」
一日中緊張して歩き通しだったからリーサも疲れている。
生贄として、一応育ての親の手伝いをしていたらしいけれど、使っていた筋肉は大きく違うだろう。
俺はゆっくりと三○分掛けてマッサージし、リーサの足のむくみを解消させておいた。
「後はリーサが魔法で出した水で冷やしてから……」
「はぁ……はぁ……」
ちょっと息を切らしていたリーサは素直に頷き、自らの足に少しだけ水を継続的に掛けて足の熱を冷やした。
俺は薬草を近くの石ですり潰してリーサの足に塗る。
本当は包帯とかあった方が良いのかもしれないけど……大丈夫かな?