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紫電の剣士

 死の行軍を相手に一人で戦ってから数日が経過した。

 リーサと再会してからやっとの事イストラの街に戻り、俺はシュタイナー氏の屋敷で泥のように眠った。

 もちろんそれはリーサも同じ……いや、むしろリーサの方が疲労が多くて長く寝入っていたか。

 思えばかなりの接戦だったのではないかと思える。

 一応に第二波が来ないか警戒はしていたのだが、特にそれらしいものも無く、街には平穏が訪れた。


 シュタイナー氏にはこの件で迷惑を掛けてしまった。

 デスペインの行軍をどうにか止める事が出来たが、無駄に住民達を避難させなければならなかった訳で……。

 特に気にしなくて良いと、若干呆けたような表情でシュタイナー氏は答えてくれたが、何か悪い気持ちになる。


 その後の処理と言うのなら……俺がどうにか止めたデスペインの群れの現場検証に夕方頃に行った。

 無数にあるデスペインの亡骸を街のギルドの者達が処理をしてくださっており、デスペインの通過後の土地に関する整備なんかもするって話だったっけ。


「これをたった一人の剣士が倒した? いや、そりゃあ盛られてるだろ」

「けど……あそこに居る奴がやったって話だろ?」

「どうだかな。聞いた話じゃ昼と思わしき位の閃光……雷が運悪くデスペインの群れに落っこちて、なんだっけ? デスペインを引き連れていた黒幕の魔物に降り注いだお陰だろ」

「ああ、それなら納得できる。デスペイン災害は全てその魔物が起こしていたんだな」

「んじゃ、あそこに居るのは無謀な奴にとんでもない幸運が舞い降りたって事か」

「いや、聞いた話だとトーレル家が凄腕の者達を集めて新技術で殲滅したが、それを隠蔽する為にあいつの活躍にしているって噂もあるぞ」


 なんとも僻みや嫉妬らしき陰口ってのは何処の世界でも共通な代物のようだ。

 俺もリーサとサンダーソードのお陰だから、そこまで声を大きくして吹聴する気はない。

 エロッチだって、求めるのはサンダーソードの素晴らしさであって俺自身が自慢して回る姿なんて求めていないだろう。

 何より彼等の言う通り、たった一人の剣士がデスペインを倒したなんて、我ながら現実味の無い話だと思うしな

 が、シュタイナー氏はそんな事を言う奴等を不快そうに眉を寄せて睨んでいた。


「……嘆かわしいものじゃ」

「シュタイナーさん、お気になさらず。言わせておけばいいんですよ」


 下手に有名になりすぎるとサンダーソード目当てによからぬ輩を招きかねない。

 むしろシュタイナー氏の方に注目が集まるくらいが俺としては丁度良い。

 けど……それでシュタイナー氏は元より、レナさんに迷惑を掛けるのも申し訳ない……うーん。


「ここは噂に乗ってシュタイナー氏の新魔法でデスペインの駆除方法を発見した事にしておけばいいと思いますよ。もはや死の軍勢は恐れるに足らずって事にすればいいんですよ」


 少なくともデスアルジャーノンハーメルンという魔物は、今までどこにも観測された事がない珍しい魔物なんだそうで、ギルドに報告に行った際、魔石を鑑定してもらって驚かれた。

 ちなみに魔石でわかるのは相手の生前の外見や名前とかもあって、そこから過去の情報と照らし合わせて賞金をくれるからだそうだ。


 まあ、デスペインの群れに潜む黒幕なんて今まで知れ渡っていた訳じゃないので懸賞金なんかはもちろん掛けられていない。

 あるのはデスペインの被害を受けた人々が、恨みの感情を込めたお金程度だ。

 それも復興資金という意味合いが強く、俺の手元には金貨10枚ほど頂く事になった。


 で、デスアルジャーノンハーメルンの魔石は分析と解析の為にギルドがしばらく預かるって話になっている。

 最終的には俺の手元に戻ってくるそうだけどさ。

 どちらにしても魔石の解析が済めば、デスペインへの有効な策が見つかるかもしれないって事で期待が持たれている。

 そういう事なら売っても良い様な気がするんだけど、サンダーソードに嵌めると強化出来そうなので一応手元に戻ってくるようにお願い済みって感じだ。


「大事なのはみんなが無事で、俺も無事だという事です」

「チドリ殿がそういうのなら……」


 もちろん、俺がどうにか黒幕であるデスアルジャーノンハーメルンを倒した事を信じてくれている人達も沢山いる。

 なんでもその時の出来事を遠目に見た者達から、俺は紫の電気を振るう……紫電の剣士とか言われているとか。


 むしろそっちの方が嬉しい。

 俺は紫電の剣士だ! なんちゃって。


 さすがだサンダーソード!

 凄いぞサンダーソード!

 なんともサンダーソードの使い手に相応しい二つ名である。


 とまあ俺の活躍は別にして、問題となっているのは言うまでもなくデスペインの死骸の処理だ。

 早めに処理しないと魔物が群がってくるし、デスペインの死骸を元に疫病なんかも蔓延しかねないって話だ。

 そんな訳でイストラの街では無数とも呼べるデスペインの死骸の処理に追われているって訳だ。

 俺も手伝っている訳で……まあ、数は減ってきたかな?


「トーレル様」

「なんじゃ?」


 そんな目処が立って一安心……と言う所でシュタイナー氏に数名の部下と冒険者らしき連中が声を掛けてきた。

 何やら話をする様だ。


 後は……リーサはレナさんと一緒に孤児院の子達の相手をしてもらっている。

 色々と怖い思いをさせてしまっているし、近々魔法学園に入学する為の勉学をしている最中って感じで。


 なんか最近のリーサは大人しいと言うか冒険に行きたいと言わなくなっているんだよなぁ。

 怖い思いをしたからって訳じゃないのはなんとなくわかる。

 きっと今回の失敗で落ち込んでしまっているのだろう。

 さすがにこんな稀なケースで落ち込まれては困るけど……無理をして良い理由にもならない。

 なかなかに悩ましい。


 ああ、今回の出来事を解決した報酬って事でイストラの街で格安で良い家を貸し与えてくれるって事で話は纏まっている。

 とうとう来てしまったという思いもあって俺自身は複雑な心境だ。

 何だかんだシュタイナー氏の屋敷での生活が裕福過ぎてずるずると決めもせずにいた。

 甘えてきてしまっているなぁ……良い家を早く拝見したい。


「チドリ殿~」


 で、なぜかシュタイナー氏が俺を呼んでいる。


「なんですか?」


 デスペインの処理作業を中断してシュタイナー氏達の元へ近寄る。

 するとシュタイナー氏の配下とは別の冒険者が俺に一礼してきた。

 合わせてこっちも一礼する。


「作業の最中申し訳ない」

「いえ、それで俺に何か用ですか?」

「うむ、そうらしい。ではもう一度チドリ殿に事情を説明してもらって良いか?」

「はい。俺達はイストラの街にデスペインの行軍が来る事を伝えた冒険者なんだが――」


 シュタイナー氏に促されて冒険者が頷き、話を始める。


 前座と言うか、出来事を掻い摘むとこうだ。

 この冒険者達はイストラの近隣で魔物退治と素材採取の仕事をしている最中、笛の音らしき物を聞いて意識を喪失してしまったらしい。

 まあ、これまでの出来事やリーサ達の証言から考えてデスアルジャーノンハーメルンの笛の音だったのだろう位は察する事が出来る。

 客観的な事情的に言えば、そのままリーサ達と同じくライブモットにリーサ達と同じく洞窟に連行され様とした……その時。


「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 途方もない咆哮……ドラゴニックボイスを耳にして我に返ったらしい。


「な、なんだ!?」


 訳が分からず辺りを見渡すと、無数のライブモットとその奥に居る大きなネズミの魔物……デスアルジャーノンハーメルン。

 そして自分達を守るように対峙しているドラゴンウォーリアーの姿だった。


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