紫電剣
夜の闇でもわかる程、ゴロゴロと空模様が悪くなっていく……。
偶然天気が悪くなったのかもしれないけど……凄いな。
これはリーサが行った奇跡だと思うと、俺にはとても心強い。
やがて雨音が始まり、本格的に降り始めた。
そんな雨が降る道を進み、丘を越えた所でその先の光景が目に入る。
夜の闇の中……無数の赤く光る目の群れ。
それは地平を覆い尽くさんとするほどの、闇の中から浮かぶ無数の魔物の群れである事は一目で把握できた。
チュウチュウと赤い目をした黒いネズミ……デスペインが正気とは思えない涎を垂らして俺の居る……イストラの町を目指して進んでいる光景だった。
「あれか……確かに、あんなのを相手にどうにか出来るなんて思わない方が良いな」
魔法の効きが悪く、どんな障害さえも破壊し、同類を踏み越えて突破し、近寄る生命に襲い掛かり毒や呪いを振りまく災害と呼ばれる絶望。
人が抗うのは難しい現象。
死の行軍……確かにあの量のデスペインがイストラの町に来たら間違いなく、町は滅ぼされ住人は成す術も無く死ぬ。
けど……だからこそ、少しでも犠牲を減らす為に、無理を承知で俺はここに来た。
俺が戦う事で時間を稼ぎ、一匹でも数を減らせるのなら……意味はある。
前の異世界でも大きな戦いがあった時、俺はこんな絶望を前に世界を救った仲間に頼り、見ているだけだった。
挑戦しようとして止められ、自らの非力を嘆いた……。
けれど、この世界に、あの世界を救った仲間は居ない。
サンダーソード……エロッチ……俺に力を与えてください。
あの子の誇れる俺で居させて欲しい。
俺は鞘に入れたサンダーソードの刀身を鞘から僅かに出し、そこにアルフレッドから借りた剣を合わせるようにして交差させる。
「すー……はー……」
居合い切りの様に腰を落とし、深呼吸する。
そして……死の地平と呼べるほどの軍団に向かって駆ける!
無数の赤き眼光を宿す黒き死の体現した存在に向け……俺は技を放った。
「ラルガー流剣術、第三の型・流星!」
シャーっと甲高い鍔迫り合いに似た音を立ててサンダーソードを振り抜くと同時に持ち直して鞘に納める。
俺の技によって放たれた一見すると風の刃……第二の型・鎌鼬に似た中心に赤く火花が宿る斬撃がデスペインの群れ目掛けて飛んで行き、着弾する直前に弾け飛ぶ。
するとそこから四方八方にまるで流星の様に火花が膨れあって降り注いで行く。
「チュウウウウウ!?」
「チュウウ!」
「チュウウウウ!」
デスペインの群れに流星を模した火が降り注いだ。
ドスドスと多少なりともデスペインにダメージは入ったはずだ。
「まだまだ!」
俺は何度も何度もサンダーソードを鞘に戻してアルフレッドの剣を交差させたまま振り抜いて流星を放ち続ける。
仕組みとしては……異世界の剣技故に日本では無理な代物なのだが、分析した奴がいる。
第二の型・鎌鼬は真空の刃を遠距離に放って切り裂く技だ。
この鎌鼬の中に金属を摩擦する事で作った火花を内包させ、敵目掛けて放つ。
真空の中に内包された火花がやがて敵近くで解き放たれたその時、周囲の空気を吸って大きく燃え上がり目標に降り注ぐのだろう……て感じだったな。
実際は真空の中では火花なんて消えるはずだし、燃える火種になる物なんか無いのに出るのだから日本だったらありえない技術だ。
正直に言えば威力はあまり高くない。
けれど敵の数が多い時に使う雑魚処理の技として重宝された範囲技だ。
距離の鎌鼬、範囲の流星と言った所か。
まあ……幾らなんでもこの数の魔物を相手にするには貧弱な攻撃だろう。
魔法や爆弾を使った方がまだ効果的だとすら思える。
サンダーソード……俺に力を貸してくれ!
すると……流星が着弾した範囲目掛けて幾重にも空から雷が降り注ぎ始めた。
それは漆黒の夜の照らす閃光。
雨雲から発せられる……死を振りまく軍勢への神の裁き。
「チュウウウウウウウウウウウウ!?」
「チュウウウ!?」
「チュウウウウウウウウウウウウ――!?」
エロッチの審判とばかりに戦場が白い光に染められていく。
雨によって濡れた大地に、デスペインを伝って雷が連鎖的に広がって行った。
白と黒の戦場の中で蜘蛛の巣よりも複雑な模様を描きつつ、雷が黒を砕いて突き進む。
「はぁあああああああああああああああああああああ!」
撃てる気力の限界まで俺は流星を何度も何度も放ち続ける。
その度にサンダーソードは応え、黒き闇に向かって轟雷を降り注ぐ。
デスペインが雷によって、まるで爆弾が破裂したかのように吹き飛ばされ、連鎖する様に赤い眼の光が消えていく。
が、それでもモノともせずにデスペインは俺の居る方向へ進軍を止めず、先陣が俺に向かって飛びかかってきた。
噛みつかれたら死んでしまう。
が……俺だって容易くやられるつもりはない!
「アームドサンダー! 水雷龍刃!」
八本に増えた雷の手が飛びかかってくるデスペインを薙ぎ払い、流水に雷の帯びた龍がデスペインを吹き飛ばす。
「チュ!?」
「ヂュ―――!?」
止まらずに駆ける。
雨が降り続ける闇夜を落雷の光で何度も瞬かせていく。
赤い目をしたデスペインを一匹でも多く削る為に。
「隼!」
接近するデスペインを切り飛ばし、吹き飛んでいる所を追撃の雷が落ちる。
そのまま大きく後ろに飛び、帯電するサンダーソードを鞘に戻し、再度流星を放つ。
より広範囲に、沢山のデスペインを倒せる様に、振り続ける。
そして強くなってきた雨は稲妻を連鎖させる様に閃光を走らせていく。
◆
レナお姉さんに連れられて私達は避難の為に移動していた。
デスペインはイストラの町目掛けて進んでいるから出来る限り別の方角に向かって進んでいる必要があった。
地平線の先の闇の中で赤い無数の光が見える。
アレから逃げないと……いけないんだ。
「……」
「…………」
「……」
みんな黙って、生き残る為に一歩でも良いから早く先へと歩いていた。
私は時間が過ぎる度にチドリさんが向かった方角を何度も見てはみんなに追いつくを繰り返す。
それはレナお姉さんも同じで、不安そうに見る事しか出来ない。
……腕輪は雨を降らす事に応えてくれた。
だから大丈夫……だけど、私は……とても悔しい。
チドリさんが戦っているのに、何の力にも成れない。
もっと、強くなりたい。
そう思ったその時、チドリさんが大丈夫だよと優しい声がした様な気がして振り返る。
すると遠い空に……夜なのにまるで昼のような明るさが辺りを照らしていた。
直後、遠くで雷が何度も降り注いでいる。
その雷は途切れることなく何度も何度も同じ場所で鳴り響いていた。
アレはきっと……チドリさんが戦っている証拠。
遠くに少しばかり見える赤い無数の光が雷が降り注ぐ度に消えていくのが私には見える。
「チドリさん……」
私は両手を合わせて祈った。
チドリさんをこの世界に導き、私を助けてくれた神様……どうかチドリさんを守って。
どれだけの時間が経っただろうか。
短い様にも長い様にも、私には感じる。
レナさんを初めとしたみんな……鳴り響き続ける白い光を見つめ続けていた。
やがて赤い光がどんどん消えて、数が減っている様に……私には見えた……。
◆
「はぁ……はぁ……どんだけ居るんだよ」
無我夢中で俺は近寄るデスペインに向かって攻撃を繰り返した。
やはり流星で放った方が雷の降り注ぐ範囲は大きいか。
まあその分こちらの隙も大きくなるから注意しないといけないんだけどさ。
実際、何度か飛び付かれ掛けている。
その時はサンダーソードから放たれる電気でどうにか防いだ。
もはや雷雲と化している雨雲があるからか、いつも以上に雷が出しやすくて助かった。
そんな中、雷の轟音の中で僅かに甲高い笛の音に似た何かが耳に入った様な気がして、音の方角……デスペインの軍勢の若干奥に目を向ける。
パチパチとサンダーソードから出る雷がデスペインを伝って……俺に異物が混じっている事を理解されてくれた。
赤いシルエットとなって、デスペインの群れの中に居る異物が見える。
「見つけた……お前だぁああああああああああああ!」
俺はアームドサンダーでデスペイン達を薙ぎ払いながらサンダーソードを持って下段の構えで駆け抜ける。
「チュウウウ!」
「ヂュウウウ!」
「ヂュ、ヂュウウウウウウ!」
俺の突進を悟ったかのか、俺を今まで無視してイストラの町へ一心不乱に進もうとしていたデスペインが方向を変えてまで群がってくる。
だが、サンダーソードの力で薙ぎ払って進む俺の突撃は止まらない!
バチバチと、サンダーソードの雷が俺の胸を伝い、頭へと巡ってくる。
技を閃いたと言うのだろうか?
それともサンダーソードが俺に意志を伝えようとしているのか……俺は自分でも不思議に思えるほどに手慣れた動作でサンダーソードの雷を地面に張り巡らす。
脳裏に自然と不思議な文字が浮かび上がる。
エロッチが込めたサンダーソードの技なんだと思う。
これを唱えろって事か。
「輝くは邪を屠る執行者。審判の雷よ、紫電の聖剣となりて敵を切り裂け!」
俺の言葉に応じて、サンダーソードから紫色の雷が広がり、周囲のデスペインを感電させる。
そしてサンダーソードは刀身を紫色に染め輝き――俺は分身する様な速度で周囲のデスペインを切り裂いた。
「紫電剣!」
大きな雷撃の波と確かな手ごたえがサンダーソードから伝わってくる。




