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戦いの地へ

「それでチドリ殿、アルフレッド。ワシと一緒にイストラの町に行き、人々の誘導を頼みたい。デスペインの進軍を遅らせるにしても何にしても準備が足りん。少しでも……町の者達の身の安全を確保せねばならん」


 地平と表現されるほどの死をまき散らす群れからどう逃げ切るのか……確かにデスペインの行軍と言うのは一定距離までしか続かないと聞く。

 だが……その無差別に思えた災害に黒幕の存在が示唆された。


 仮にその黒幕がどこかで指示を出しているとして、イストラの町から人々が大移動をしたらどうなるか?

 当然、追いかけさせるだろう。

 デスペインが朽ち果てるまで……。


「さ、早く出発の準備をするのじゃ。あの軍勢もいずれここに来る」


 俺は……どうすべきなのだろうか?

 ここで戦って時間を稼ぎ、みんなを避難させ、俺自身はどうにかして逃げ伸びる、という手段が脳裏を過る。


 けれど、前の異世界で俺はサンダーソードを奪われて死んだ身。

 無数の噛まれるだけで死に至る凶悪な魔物を相手に戦えるのか?

 例え一匹一匹は弱くても、それが大群になればそれだけで巨大な力になる。

 そんな大群を相手に、俺は本当に何か出来るだろうか?


 俺は10年かけて手に入れたサンダーソードと共に冒険を満足に出来ていない。

 もっと現実的で無難な手段があるんじゃないのか?

 俺自身がリーサに言っていたじゃないか。

 死んでしまったら元も子もない。

 失敗したとしても落ち込む必要はない。

 何があっても生き残る事が大事だ、と。


 そんな後ろ向きな考えが思考を掠める。

 が――。


「チドリさん……」


 ギュッとリーサが俺の手を握ってくる。

 勇敢にみんなを守ったリーサがジッと俺を心配そうに見上げていた。


「……」


 俺はサンダーソードの柄に振れる。


 ……なあ、サンダーソード。

 お前は善神エロッチの加護が授かった強力な剣なんだよな?

 そのエロッチは俺に何と言ってサンダーソードを授けてくれた?


『願わくば次の世界でその剣に恥じぬよう、勇猛果敢に生きよ』


 そうだ。

 俺はエロッチの懇意でこの世界に行く事で第二の生を授かった。

 なら……やる事は決まっているじゃないか。

 パチッとサンダーソードから甲高い音が聞こえたような気がする。


「アルフレッド」

「なんですか?」

「ちょっと君の剣を貸してくれないか? 使うんだ」

「え? チドリさんがそう言うのでしたら」


 訝しげな様子でアルフレッドが俺に剣を手渡す。

 感謝の言葉を伝えてから今度はシュタイナー氏とレナさんに言う。


「シュタイナー氏、レナさん」

「なんじゃ」

「なんですか?」

「誠に申し訳ありませんが、俺はちょっと用事が出来ました。どうかリーサをお願いしたい」

「こんな時に何を……」


 俺はシュタイナー氏が忌々しそうに見ていた方角へと顔を向ける。


「まさか……それは勇気ではなく、無謀じゃ!」

「ええ、死んじゃいます!」


 レナさんの言葉にアルフレッド達も頷いている。

 まあ当然の反応か。


「チドリさん!?」


 リーサが俺の手を強く掴む。


「わ、私も」


 そんなリーサの手を握り返して、言う。


「リーサ、君はダメだ。もう戦える状況じゃない」

「で、でも……私……」

「大丈夫……俺だって死ぬつもりはないよ。ただ、出来る限り時間を稼ぎをしたいんだ。みんなが十分に逃げられる程のね。例え無謀だったとしても、行かせて欲しい」

「それでも……!」


 リーサは一歩も引かないといった様子で何か言おうとして体の痛みに顔をゆがませる。

 それはリーサがみんなを守る為に受けた傷……勇気の証だった。


 俺は俺一人だったらみんなと一緒に逃げていたと思う。

 だけど、俺はリーサから勇気をもらった。

 リーサはみんなを守る為、自分よりも圧倒的に格上の敵と戦った。

 俺はそんなリーサの様になりたいと思ったんだ。


 そしてサンダーソードに加護を授けてくれた神様エロッチもまた、古の昔にたった一柱で邪神と戦ったという。

 あっちの世界では伝説に語られる程、有名な話だ。

 ならばサンダーソードの使い手として、ここで逃げる訳にはいかないよな。


「チドリ殿、それは幾らなんでも無理じゃ。デスペインの行軍を阻むには気休め程度のバリケードの確保……砦を盾にするのでやっとの事なんじゃぞ!」

「わかってますよ。無謀だって。それでも数分でも時間を稼ぐだけで助かる命が出て来る。俺はその為に足止めに行くだけです。大丈夫、どうにかして生き延びますよ」


 シュタイナー氏が思わずと言った様子で手を前に出して、俺を見た。

 俺はそんなシュタイナー氏の目をしっかりと見返す。

 シュタイナー氏は俺が絶対に引かない事を察したのか、眉を寄せながら首を横に振る。


「絶対に生きて帰るのじゃぞ。ワシも急いで報告に戻り、避難を終わらせて戻ってくる」

「お爺ちゃん!」

「レナ、聞きなさい。チドリ殿をこの場で止める事が出来る者などおらん。無謀じゃろうとみんなが言うが、阻む事は出来んのじゃ」

「でも!」

「レナさん、俺の我がままですから……どうか見逃してください」

「……絶対に少し見るだけで逃げて来てくださいよ!」


 凄く渋々と言った様子でレナさんはアルフレッド達の方に近づいて避難をする事を命じていく。

 後は……リーサか。

 俺はシュタイナー氏に説得すると目で合図を送り、先に出発の準備をして貰う。

 時間が無いんだ。

 少しでも早く町に戻らないとどれだけの死者が出るかわからない。


「……」


 凄く渋い顔でリーサは俺を見ている。

 実際は無表情なんだけど、わかるようになった。

 なので俺はリーサの視線まで屈んで諭す。


「大丈夫。俺はこの剣に誇れるような勇ましい事をしなくちゃいけないだけなんだ。無駄に死ぬような事は無いさ」

「でも……私を……」


 置いて行かないでって言いたいけれど、弱いから言えない……って所か。

 俺も自身の弱さを嘆いた事があるからわかる。

 俺だって自分をそんなに強いなんて思っていない。

 死ぬかもしれない恐怖で少しだけ足がすくんでいる。

 こんなに怖いのにみんなを守ったリーサは凄いと思う。


「じゃあリーサ、無理な注文かもしれないお願いをしても良いかな? それがあると……きっと俺は長く、ずっと戦えるんだ」

「なに?」


 俺は空を指差してリーサに諭す様に無茶な要望をお願いする。


「雨を降らせて欲しいんだ」


 リーサの貰った水龍の腕輪は天候さえも操る事が出来ると授けた相手が言った代物だ。

 今のリーサにそれだけの力があるかはわからない。

 だが、その力で雨が降れば一緒に戦っているも同然だ。


 もちろん間接的でしかない。

 けれど、あればそれだけで助かる。

 例え難しい事だとしても……サンダーソードの力を引き出せるであろう雨雲が今の俺には欲しいのだ。


「……わかった。がんばってみる」


 リーサはそう言うと腕輪に手を当てて魔力を込める。

 やがてリーサは詠唱を始めていく。

 腕輪から強く青い光が放たれ、空に向かってスッと伸びて行った。


「……うう」


 リーサがよろめいたので俺が支える。


「大丈夫かい?」

「ちょっと……魔力を使いすぎちゃっただけ……大丈夫」


 直ぐに自らの頬を軽く叩いて我に返ったリーサが俺を見上げて来る。


「私……ちゃんと出来たのかな?」

「そうだね。きっと出来たはず。リーサの祈りと魔法の力で雨が降るさ」


 リーサは漆黒の空を見上げて不安そうに、不甲斐なさそうに服の裾を掴んで見ている。


「リーサちゃん、そろそろ行かないと……」

「チドリさん……」

「ああ、大丈夫。俺はリーサを信頼しているから。それに無意味に死んだりしないから安心してくれ」

「うん……絶対に、帰ってきてね」

「もちろん、帰ってくる」


 そう答え、俺はデスペインの行軍がいる方角へと向かって、皆に背を向けて歩きだした。

 ちょっとカッコつけてみよう。


「それに……デスペインの群れを全滅させても、良いんだろう?」


 我ながらさすがに無理だとは思う。

 盛り過ぎだと思うけど少しくらいリーサにカッコつけて見せたかった。

 そんな無茶な事をやってみせたら、サンダーソードやエロッチ……リーサの前で胸を張って生きられる様な気がするんだ。


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