水龍の腕輪
「近隣の村には直接警告をしておく……生贄として育てる等、言語道断だからな。我が封じられる前の様にこの地も良くする事を誓おう」
「よろしくお願いします……」
リーサがエアクリフォの言葉に頷いて願い出る。
これで生贄の風習は廃止になる訳か。
よかった……で良いんだよな?
「では礼を渡す。受け取るが良い」
そう言ってエアクリフォは自らの大きな鱗らしき代物を俺とリーサにそれぞれ三枚ずつ水の中から出してくれた。
透明な大きな板みたいだけど……凄く硬い。
冒険者としての経験から相当良い物をくれたのではないだろうか?
あくまで前の異世界の基準だけど、売れば良いお金になるのがわかる。
まあ……サンダーソードが手に入った今はそこまでお金に拘る必要は無いけれど、経験則からの評価だ。
後は……新鮮な魚が入った袋をくれた。
これでしばらくは食料には困らなそうだ。
ん? 他にも何か入っている。
薬草……かな? なんかミントみたいな匂いがする。
この世界の草に関して俺は何も知らないからよくわからない。
あっちの世界じゃ多少は知っているんだけどなぁ。
似た薬草って事で使って誤った使用方法をすると洒落にならない。
「そしてか弱き者にはせめてもの手向けとしてコレを渡そう……」
で、エアクリフォはリーサの目の前に……透き通るような青くきれいな腕輪を渡した。
「それは水龍の腕輪と言って、装備して居れば魔力が増幅し、少量の魔力で水の魔法を行使できる。少し意識してみよ」
リーサは言われて腕輪に触れてみる。
するとリーサの目の前に水の弾がどこからともなく現れて、一直線に飛んで行った。
「すごい……」
確かに凄い代物だ。
ゲーム風なら少なくとも中盤以降に手に入る代物なんじゃないのか?
この世界の武具に関しては何も知らないけど。
異世界に来ていきなり色々ともらっちゃったな。
「才能があれば天候さえも思いのままになる程の希少な代物だ。どうかそれで危険な魔物に遭遇しても身を守ってくれ」
「あ、ありがとうございます……」
ペコリとリーサは水龍に向かって頭を下げる。
「気にしなくて良い。我が封じられた所為で、生贄にされてしまったのだからな……あの魔物が倒されなかったらどんな事が起こっていたか……」
責任感が強いなぁ。
惚れぼれするほどにこの地を守ろうとしているって事か。
良き神様って感じがする。
この水龍やエロッチの様に良い神様ばかりだと良いんだけどな。
「だが覚えておいておくれ……いつでも我は受け入れる覚悟がある。辛かったら、その腕輪に語りかけよ……どこからでも迎えに行こう」
「なんでそこまでしてくれるんですか……?」
リーサの言葉にエアクリフォはただ静かに優しく見つめるだけだった。
「さあ……旅立つが良い。貴公等の旅に幸が多い事を願っている」
「それでは……」
「何から何までありがとうございました」
そう俺達は礼を言って……エアクリフォと別れて、リーサの話から村では無く隣町の方へと向かう事にしたのだった。
エアクリフォと別れて山道を進んでいく。
近くに村があるらしいけれどリーサの件から立ち寄るのは避けなければいけない。
「こっちに隣町があるんで良いんだよね?」
「うん……私は行った事無くて……ちょっと遠いらしいけれど、村の大人がそう言ってた」
ふむ……まあ、行く宛ても無いし、リーサの知識頼りに行くしかないか。
少なくともリーサの住んでいた村からの顔見知りとかと遭遇せずに行かなきゃいけないんだけどさ。
隣町程度じゃ危ないか?
この辺りは十分に注意して行った方が良いかもしれない。
まあ……エアクリフォが色々と根回ししてくれる事を祈る。
俺はこの世界の事を何も知らないに等しい。
幾ら冒険者経験があるからと言ってルールの違いは間違いなくあるはず。
そう思っていると……。
「――ブルフィ!」
大きなイノシシが三頭、獣道から現れて鼻息を荒くしてこっちに敵意を向けて走ってくる。
咄嗟にサンダーソードを引き抜いて戦闘態勢に入りつつリーサに視線を向ける。
「え、えっと……」
「リーサは木の影に隠れるんだ! 俺が戦うから、君に近づいてきた奴には貰った腕輪で攻撃をして逃げ伸びて欲しい」
「わ、わかった」
リーサは言うがままに木の影に身を隠してくれている。
少なくとも俺が守れるだけの時間くらいは稼いでくれる事を祈ろう。
大きなイノシシ……よく見ると牙がナイフみたいな形状をしているな。
こんな魔物も居るんだな。
まあ、俺が居た方の異世界でも鼻がでかくて叩きつけ攻撃をして来るイノシシが居たから同じ様な物か。
気を付けなきゃいけないのはナイフの様な牙で太ももとかを貫かれたりした際の出血とかだ。
回復魔法とかを使えればいいんだけど、この世界の魔法を知らないし、生憎とあっちの世界で俺は回復魔法を使えなかった。
あっちの世界じゃ傷薬の効果が高くて良い物だとあっという間に傷が塞がるのだけどさ。
どちらにしても今は怪我をしないことを優先すると同時にリーサをしっかりと守って戦闘をしなければならない。
俺はサンダーソードで前の世界で使って居た剣の構えと技を意識する。
ラルガー流剣術……一の型・隼!
腰を低くして素早く……隼のような早さで放つ先制技だ。
剣術の基礎であると同時に奥義だとも言われている。
大抵の技はこの隼から始動して放てば早く出せる。
「はぁ!」
一瞬で先頭に居る大きなイノシシの真横に移動し、サンダーソードでイノシシの心臓目掛けて振りかぶる。
鼻が大きいイノシシ相手じゃ頭を叩き割るのは難しかったからこっちに攻撃する癖が……。
ズバァ! っと良い切れ味がサンダーソードの柄を通じて伝わってくる。
さすがサンダーソード!
凄いぞサンダーソード!
「ブルフィイイイイ!?」
そう感心した直後、バチバチと剣から稲妻が飛び出し、切った大きなイノシシを感電させた。
一瞬で大きなイノシシは白目を剥いて泡を吹き始め、倒れる。
おお……凄い追加効果だ。
だが、まだ大きなイノシシは二頭いる。
そう思って俺に突撃しようと体の向きを変えていた残りの二頭に視線を向けると……。
「「ブルフィイイイ!?」」
ゴロゴロゴロ……小さな暗雲が現れて残りの二頭に雷が降り注いだ。
そうして最初に切った一頭と同じ様に白目を剥いて残りの二頭も絶命した。
「いや……滅茶苦茶だな、これ」
さすがは雷神エロッチの加護が掛ったサンダーソード。
一振りで俺が敵と認識する全てを屠るとは……。
「た、倒した?」
木の陰からリーサが姿を現して倒れたイノシシ達を見て呟く。
それから目を輝かせて俺を見つめる。
「凄い。やっぱりとても強いんですね」
「ま、まあね」
その期待の眼差しには覚えがある。
前の世界で日本出身の仲間が助けた人々に向けられていた目だ。
羨ましいと少しは思ったけれどいざ見られると恥ずかしいなぁ。
「とりあえず……このイノシシはどうしたものかな……」
「お肉?」
「それは出来るけど、水が……ってリーサが居れば大丈夫かな? 手短にしたいし、希少な所だけでも持って行けば良いか」
この場に捨て置くと言う方法も無い訳じゃない。
他の魔物とかが俺達が倒したイノシシの死体を食べたりするだろう。
幸い、エアクリフォから貰った魚があるから食料に関しては、まだ大丈夫だ。
昔、特に依頼が無かった場合は猟師の知り合いと一緒に山に狩りに出て毛皮や肉、骨なんかを手に入れて色々とやったから知っている。
毛皮をなめして加工するには色々と材料が必要だから後回しにするとしてもだ。
俺は大きなイノシシを転がして仰向けにした後、腹にサンダーソードで切れ込みを入れて臓物を取り出しつつ、リーサに水の魔法を出して洗浄して貰う。
骨の部位とかもざっくりとサンダーソードで切って……と。
ん? なんか心臓近くに石みたいなのがあるな。
エアクリフォからもらった魔石と同じ奴みたいだ。
色や純度が違うけれど間違いない。
「……何かに使えるかもしれないからこれは持って行くか」
で、一頭からはしっかりと毛皮を剥いで丸めて置き、それぞれ今夜の食事に使う分と、一番希少なヒレの部分だけ切除してからその場で放置する。
「村の人よりテキパキしてた」
「馴れているからね」
サンダーソードの為にやっていた猟師経験から得た知識は馬鹿にならないな。
切れ味も良いから素早く出来たと思う。
何より自前でやると意外に金になるんだ。
「それじゃ行こうか。肉が悪くならない様に早めに処理しないといけないけどね」
「うん」
で、さっとリーサが出してくれた水の魔法で手などを洗浄してから俺達はその場を後にした。