儀式
目が覚めた時……私は、どこかわからない牢屋にみんなと一緒に収監されていた。
「リーサちゃん! 目が覚めた!?」
私を心配するようにネールちゃんが声を掛けてくれた。
「うん……ここは?」
「わからないの。みんなキャンプしていて、気が付いたらこんな所に入れられていて……」
手には武器は無く……衣服だけ、ううん……水竜様に貰った腕輪はある。
私は牢屋の外に目を向けて絶句してしまった。
そこには無数のネズミの群れがいて、常に周囲を警戒している。
ここで魔法を使って牢を壊す事が出来たとしても……。
「なにあの魔物!?」
「ライブモットに見えるけど、あの魔物がこんな知能のある行動をするとは……」
アルフレッドさんが分析しながら首を傾げ、みんなを宥める。
「リーサにネール! お前等魔法使えるだろ! どうにかならないのか!?」
「それが……何故か魔法が使えないの……足になんか着けられて」
それは私の足にも付けられている鉄球付きの足輪の様な代物。
「おそらく……犯罪者である魔法使いを収監する様に作られた封魔の足かせだよ。仕事で見た事がある。なんでこんな代物が……」
がっちりと私の足に足輪が引っ付いている。
これがある限り魔法が使えない……?
「そもそも鉄格子が壊せるからと言っても、あの魔物の数を相手にして逃げられるのか!?
アルフレッド兄ちゃん!」
「……」
アルフレッドさんが黙って牢屋の外へ眉を寄せて睨んでいる。
……それから、恐ろしい儀式が始まった。
私は牢屋の外に顔を向ける。ドーム状に開けた洞窟内だと思える外観をした場所で、その壁にびっしりと牢屋が作られているようだった。
目を凝らすと私達以外にも牢屋には無数の魔物達がそれぞれ収められているようだった。
ドームの中心には祭壇の様な物があって、大きなライブモットの親分みたいな棒を持った魔物が、ライブモット達に向かって指揮をしていた。
そして……その祭壇に、棒を持った大きなライブモットは配下のライブモットに命じて牢屋に入れて居た魔物……確かチドリさんが前に倒した事のあるソードボア。
「ブルヒイイイイ!」
無数のライブモットに縛られて抑え込まれ運ばれたソードボアが祭壇に載せられる。
「チューチュ」
大きなライブモットの親分みたいな魔物がソードボアに魔力を込めた棒で軽く叩きながら……まるで歌う様に何かを唱える。
すると祭壇にあった燭台から紫色の炎が立ち上る。
「ブル……ブルヒィイイイイ!」
ソードボアはしばらく魔法に抵抗するように体を捩っていたのだけど……やがて……。
「ブ――ブ!?」
ブチュっと音を立ててソードボアの体が徐々に裂けていき、肉塊に変わったかと思うと……三体のライブモットに姿を変えて祭壇の上で整列する。
「「「チュー!」」」
そして示し合わせたかの様に祭壇から降りて、他の無数に居るライブモット達に混ざって行った。
それはまるで……捕えた魔物を媒体にしてライブモットを増やす儀式にしか見えなかった。
「ヒ、ヒィイイイイイイイイイイイイ!?」
さっきまで意気巻いていた子が……その光景を見て腰を抜かして牢屋の一番奥の壁にへばりつく。
「ま、まさか俺達もああして魔物にされちまうのか!?」
「いやぁああああああああああ!」
「助けて!」
「いやだ! ここから出して家に帰してぇええええええ!」
「みんな落ちついて!」
アルフレッドさんが必死にみんなを宥めようとしているけれど、目の前で繰り広げられる儀式に落ちつく事なんて出来ずに居た。
私は……生贄として育てられた経験から恐怖で竦む事は無かった。
けど、それでも大丈夫って訳じゃない。
みんなみたいに泣き叫ぶ事が出来ないだけ……。
チドリさん……。
ここでも私は身勝手な願望を描いてしまう。
ゆっくり力を付けて行けば良いって言っていたのに、そんな期待を無視して好き勝手して……ごめんなさい。
そう、私は心の中でチドリさんに謝り続ける事しか……出来なかった。
でも……諦めない。
だって、一度私は諦めて、救われた。
なら何があっても諦めないと決めた。
考えは……ある。
大きなライブモットが行う儀式はそれからもずっと続いていた。
どうやらこの場所はライブモット達が仲間を作り出す施設の様で儀式をしながらどんどん魔物が入口から運び込まれては牢屋に入れられて行く。
そして儀式を行い、ライブモット達はどんどん増えていく。
……どれほど時間が経っただろう。
少なくとも入口から見える光が夕暮れを過ぎ……夜も大分ふけてきた頃……。
みんな恐怖で一睡も出来ず、脅える事しか出来なかった。
アルフレッドさんは牢屋の中にある物でどうにか出来ないかと考えてくれていたけれど、壁は硬く、掘るのも難しく。
鉄格子を壊す事も出来ない。壊しても逃げる隙をこのライブモット達は許してくれるとは思えない。
そして……運び込んだ魔物達の大半をライブモットに変えた大きなライブモットが私達に顔を向ける。
私達の番とばかりに……ライブモット達に命じて手招きしていた。
「チュウウウ」
ライブモットが鉄格子の鍵を開けて中に入ってくる。
「いやぁあああああああああああ!?」
「くるなぁああああああああああ!?」
「ヒィイイイイイイイイイイイイ!?」
「みんな! 下がって!」
アルフレッドさんが体を張ってみんなを守る。
私はそんなアルフレッドさんの勇気、優しさを……しっかりと受け取った。
チドリさんならこんな時、どうする?
……答えは決まっている。
そっと私はネールちゃんの足輪に手を当てて水の魔力を走らせる。
パキっと音を立てて足輪を切断するのを確認。
「……え!?」
ネールちゃんが唖然とした表情になるのを見届けて私はアルフレッドさんの体を張った守りをすり抜けるように前に出る。
「リーサちゃん!? 何をやっているんだ!」
急いで私を手繰り寄せようとするアルフレッドさんの手を避け、更に一歩踏み出す。
「リーサちゃん!」
注意しようとするアルフレッドさんをじっと私は見つめ、大きなライブモットを睨む。
「行ってくる。私じゃ何の役にも立たないかもしれないけど、少しでもみんなを生き延びさせるために、やってみる」
「そんな! やめるんだ! リーサちゃん!」
「リーサちゃん!」
「大丈夫……怖い事には慣れてる……死ぬのはあんまり怖くない」
私は出来る限りみんなを不安にさせない様に、出来る限りの笑顔を意識して笑ってから歩き出す。
「チュチュウウ……」
獲物が抵抗せずに来たとばかりにライブモット達は私を警護するかのように円を描く陣形を取り、アルフレッドさん達が近寄れない様に威嚇しながら私を牢屋の外へと出し、大きなライブモットの居る祭壇へと連れて行く。
「チュチュウ」
ニヤリと知能があるような不気味な笑みを大きな棒を持ったライブモットが浮かべる。
配下のライブモットに命じ、私を突き飛ばしながら祭壇へと強引に押して来る。
そして私が祭壇に追い立てられると大きなライブモットは棒に魔力を込めて儀式を始めようとしていた。
「チュ、チュウウウウウウ……」
「……今!」
私は腕輪に手を当てて今込められる出来る限りの力を込める。
それは今までの旅の中で私が出した水の弾の中で一番大きくて威力のある攻撃だった。
腕輪が私の魔力を吸いこみ、青白い閃光を放ちながら水の弾が飛び出す。
ドン! という音と共に大きな滝の様な水が飛び出して大きなライブモットを壁に叩きつけた。
「ヂュウウウウウウウウウウウウ!?」
「やった!」
無数にいるライブモットの群れの中、鉄格子をこの方法で壊したって数で押し切られるのは分かり切っていた。
だから司令塔である大きなライブモットのボスを倒せばその混乱で逃げられると踏んだ。
諦めるつもりは毛頭ない。
絶対に、生き残る。だって私はチドリさんの力になりたいから!
こんな所で死んでなんていられない!
「みんな――」
今の内に、と、言おうとしたその矢先。
「ヂュ、ヂュ……人間の分際で、よくもこんな真似を」
大きなライブモットが咽ながら立ち上がり、怒りに満ちた声を孕ませながら言い放つ。
「そんな……」
やっぱり私程度の魔法じゃ致命傷には至らないと言うの?
「大人しくしていれば容易く我等が配下の媒体にしてやったと言うのに!」
魔物の中には人の言葉を解する者もいる。
エアクリフォさんの様に。
だけどエアクリフォさんみたいに良い魔物じゃなくて邪悪な魔物だって居る。
人も魔物もそこは……変わらないんだと思う。
ここで私は素直に引くなんて事は……しない。
だってチドリさんはきっとここで負けを認めたりなんかしない。
不意打ちが失敗したから何だって言うの?
なら倒れるまで私は戦うだけ。
「チュウウウ! お前等! 掛れ! そのガキを抑えつけろ。こんな真似をした報いを受けさせてやる!」
ニヤリと大きなライブモットは棒を私に向けてそう叫ぶ。
すると周囲に居た無数のライブモットが私に向かって飛びかかってくる。
「リーサちゃん!」
「リーサ!」
牢屋の中に居る皆が鉄格子にしがみついて声を掛けて来る。
私は……諦めない!
腕輪に力を込めて私は最近練習して居た魔法を意識する。
杖だけが媒体じゃない。
「はああああ! アクアショット!」
拡散する水の弾を放ち無数に飛びかかって来るライブモットの群れに向かって私は出来る限りの力で抗う。
水の弾で薙ぎ払った場所へと移動しながら再度魔法詠唱……く、もっと早く魔法が出せるようになりたい。
腕輪で詠唱無しで水弾を放つ事は出来るけれど、それでも再度出すのに時間差がある。
「チュウウウ!?」
「チュウ!?」
ライブモット達が私の魔法を受けて薙ぎ払われる。
けれど周囲に居る無数のライブモットは怯む事無く私に向かって飛びかかってきた。
目で追える範囲だったので身を屈ませてからバックステップをしながら両手で作り出した水弾を放つ魔法で地面へと叩きつける。
その反動で滞空しつつ、着地できる所に……と言う所で倒れた仲間の体を踏みつけてライブモット達が飛びこんで来た。
「チュウウウ!」
引っかきと噛みつき、でレナさんに貸して貰った衣服が裂けて行く。
私を抑え込もうとライブモット達が圧し掛かって引っ張り倒そうとする。
「くうううう……こんな所で……」
地面に向けて水弾を放ってその衝撃でライブモットを弾き飛ばそうとしたその時、大きなライブモットが私に棒で殴りつける。
「きゃん!」
痛みと衝撃で頭がくらくらする。
それでもどうにか立ち上がろうとする所でライブモット達が私を拘束する。
「チュ、無駄な抵抗をしやがって」
「はな、せ!」
手と足に力を込めてライブモット達の拘束から振りはらおうとするけれど、数が多くてビクともしない。
魔法を使おうとした所で大きなライブモットが私に再度棒で殴りつけてきた。
「うぐ……」
バシンと地面に叩きつけられる。
「まだまだ罰は始まったばかりだぞ! おらおら! チュウウウ!」
バシンバシンと大きなライブモットは私を棒で何度も殴打してくる。
殴られるたびに服が裂け、皮膚が露出して血が出て、内出血し、やがて血が出て来て痛みが麻痺して行く。
痛い……けど、ここで痛みで蹲るなんて事はしたくない。
「ウ……く……ああ……くううううううう……」
冒険者をしていれば嫌でも手傷を負う事があるはず、こんな所で泣くなんてしたくない。
「チュウウ! しぶとい奴だ!」
「リーサちゃん!」
ネールちゃんの魔法が使えるようになった所為でアルフレッドさん達が鉄格子から出ようとしている。
けれど、下手に飛び出せば私は元よりみんながどうなるか分からない。
みんなを……ここから逃げ出す為には……。
バンバンと大きなライブモットは私を幾重にも殴打し続けている。
ボキっと骨が折れる様な感覚が走る。
「くうううう……」
「チュウウウ! ハハ、良い声で鳴く! そうだ! もっと泣け!」
その声に私の中にある意志が強く声を上げる。
「私は、私は……泣かない……こんな所で諦めない」
体が悲鳴を上げているのが分かる。けど、こんな所で私は泣かない。
今ならわかる。あの時、私は命が助かって泣き顔を浮かべる事は出来なかった。
けど、それは……泣き過ぎて、もうどうしたらいいのかわからなかっただけ。
そんな時、チドリさんは私を助けてくれて、いろんな事を教えてくれて、優しく微笑んでくれて……凄く強いのに私の為に無駄な時間を消費している。
あの人は……こんな群れなきゃ何も出来ない相手何かに負けたりしない!
ドクンと心臓の鼓動が聞こえる。
「チュ……!? な、なに!?」
ライブモッド達の力が弱まっているのを感じる。
私は……魔力を放ちながら周囲のライブモッドの拘束を、魔法で振りはらう。
「アクア……シェル!」
私を中心に水の玉が生成されて弾き飛ばす。
それから……両手で水の力を圧縮し、大きなライブモッドに向かって放つ。
「ウォーターブラスト!」
シュタイナーお爺さんが教えてくれた中級の水魔法。
高圧縮した今までの水の力よりもさらに強力な水の弾丸。
ドンと衝撃と共に大きなライブモットに向かって放たれる。
「バカな! あの状態で立ち上がって反撃を――チュウウウウ!?」
大きなライブモットに私の放ったウォーターブラストは飛んで行き、命中し、大きく水が破裂する。
水柱が起こり、周囲が私の放った水の魔法で霞が掛る。
「やった……これで――」
と言う所で霞が掛った洞窟内で私の目の前に大きなライブモットが露われ、思い切り棒で殴り飛ばされる。
「キャ――」
バシンと、アルフレッドさん達が捕まっている牢屋の鉄格子にまで殴り飛ばされてしまった。
「チュウウウ、どこまでもしぶといガキだ! だが、舐めてもらっちゃ困る! この程度の事でこっちをやったつもりになるのは早計だ!」
「リーサちゃん!」
アルフレッドさんたちが心配する様に声を掛けて来る。
「だ、だいじょう……ぶ……」
「大丈夫じゃないよ!」
「ボロボロじゃないか!」
「酷い怪我……直ぐに手当てをしないと」
「そんな真似を……」
相手がさせるはずもない。
チュウチュウとライブモット達が囲いを狭めるように徐々に輪を小さくしていく。
あの大きなライブモットさえ倒せば他のライブモットは混乱して逃げる余裕が確保できると思ったのに……私の魔法を使ってもそんなに倒せない。
ネールちゃんと力を合わせても厳しい。
アルフレッドさん達が武器になる物を持ってない。
素手で戦うのは幾らなんでも難しい。
「チュチュチュ……ここまでおちょくってくれた罰をしっかりとしてやらないと気が収まらん。お前だけは惨たらしく殺してくれる! まずはその仲間を――」
と、大きなライブモットが後ろに居るみんなに棒を向けて脅してくる。
「そんな、真似……」
「チュウウウウ!」
「チュウウウウウウウウ!」
ライブモットが私を抑え込む。
くう……もっと、もっと力を……うう……。
私は、こんな、こんなにも……弱い……。
誰か……ううん……チドリさん。我がままだけど……頼りっぱなしで私は何の恩返しも出来ていないけど……私はどうなっても良いから……みんなを、みんなを……。
「チ、ドリさん……」
みんなを……助けて……。
そう、声を漏らしたとほぼ同じ瞬間――。
青白い光が洞窟内を照らし、バチバチバチと音が響き渡った。
そして……雷鳴と共に――暗くなりかけた私の視界に光りを照らし出す。
「リーサァアアアアア!」
それは、私が待ち望んだ……みんなを助けてくれる人の声……ああ、幻覚でも良い。あの時の……奇跡が、また……。
と言う所で私の意識はスーッと遠ざかって行った。
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