笛の音
◆
「チュウ」
「チュウウウ」
「チュウウ」
私達が入った牢屋の前でライブモットとアルフレッドさんが教えてくれた魔物が無数に通り過ぎる。
「うええええええん……」
「おうちに帰りたい……」
「誰か助けて……」
孤児院のみんなが涙目でポツポツとそんな言葉を呟いている。
「大丈夫、諦めなければ機会は絶対に訪れる。何があっても諦めず、しぶとく生き残るのが僕達だろ?」
そんなみんなをアルフレッドさんが慰めるように声を掛けて宥めているけれど、その言葉は力が無い。
どうして私達がこんな事になってしまったのか……。
イストラって町に辿り着いてシュタイナーお爺さんとレナさんのお屋敷に来た次の日。
レナさんや孤児院の友達と魔法の練習をした後の事。
私は、チドリさんに気付かれない様にチドリさんを見ていた。
レナさんやシュタイナーお爺さんはとても優しいし、チドリさんも私の為を思って学園に入れようとしているのはわかってる。
けど、私が学園に入らないといけない所為でチドリさんは冒険が出来ないんじゃないかって思えてしょうがない。
私が弱いから……。
チドリさんはそんな事は無いって言ってるけれど足を引っ張ってしまっている。
チドリさんのやりたい事が私の所為で出来なくなってしまっている。
「リーサちゃん」
「何……?」
まだ自己紹介をして間もない友達が声を掛けて来る。
「これからわたし達、ギルドで受けた依頼をしようと思うのだけど一緒に来る?」
「そんな難しい奴じゃないし、みんなでお出かけして楽しいよ」
そう提案されて私は考える。
チドリさんの話や物語で読んだ冒険者っていろんな人といろんな仕事をするって聞いた。
……うん。
ここは私がチドリさんの保護が無くても簡単な依頼を達成出来るって見せればチドリさんも安心してずっと私を見守らなきゃいけないって思わなくなるかもしれない。
いつまでも私はチドリさんに甘え続けるだけの子で居たくない。
あんなに強いチドリさんの手助けが出来る魔法使いになりたい。
学園に入って、授業を受ける際にもチドリさんが見守っているような状態にはさせない。
私が知った事でチドリさんがこの世界で生きる事の手助けになってほしい。
一人だって出来る……。
冒険者になれる。
「わかった。行く」
精一杯、勇気を出して私は友達の言葉に頷き、チドリさんがいなくても冒険者として生活出来るって見せたい。
そう思って私は話を受けてチドリさんに説明して出かけた。
最初はチドリさんとは別の冒険と考えてワクワク、そして見知らぬ森への道でドキドキした。
ただ、魔物が全然出て来なくて拍子抜けで、ちょっとがっかりしてる。
今まで戦った魔物は基本的にチドリさんがすぐに倒してくれたし、ダンジョンでも私は後ろで魔法を撃ってるだけだったから、倒した手ごたえが無かった。
「リーサちゃん。全然緊張してないなー」
「やっぱ旅慣れてるんだー」
「すごーい」
……友達が森に入った所でそう、言って来た。
「何が?」
「だって怖くないの?」
言われて森の中を見渡す。
……生贄にされそうになった時に見た景色と対して変わらないし、チドリさんと一緒に歩いた道とも違いがあんまりない。
物音もあんまりしないし魔物の足音もしない。
「全然……何も起こらないね」
魔物との戦闘で私がどれだけ通じるのか知りたい。
私一人でも戦えるのかな?
みんなの話やアルフレッドさんの話じゃここの魔物はそんなに強くないらしいけど、戦ってみたいと思った。
「見栄張ってるんじゃねえの?」
「そんな事言っちゃ失礼だろ」
「強くなりたいの……」
そう呟くと友達が少しばかり頷く。
「そうだなー確かに戦いてー」
「コラコラ、何も無いならそれが一番なんだぞ、君達」
アルフレッドさんが注意してくる。
ただ、私は……私がどれだけ弱いのか知りたい。
チドリさんを支える為に、私自身の強さが知りたかった。
だって……チドリさんと出会ってから夢の様な出来事ばかり続いていて、見ているだけ、助けられるだけの私に存在価値があるのかわからないから。
「行こう」
途中で薬草とかに詳しい友達が目当ての薬草を見つけてくれる。
……私も見抜けるようになりたいな。
そんな感じで日が沈みかけた頃、みんなでキャンプをする事になった。
周囲で燃やせそうな物を集めて念のために持ってきた薪を使って森の中で休む。
私は教わった火の魔法で一緒に練習したネールちゃんと協力して焚火を点ける。
パチパチと……これまでの旅で見た焚火が私達の前に出来上がった。
それからはみんなが持ち寄った食材と調理器具で料理を食べて……それぞれ休む事になった。
私はチドリさんから教わった足が浮腫まない様にするマッサージを自分でする。
「リーサちゃん何やってんだ?」
「明日も歩けるように足を揉んでるの」
「そんなの必要か?」
「チドリさんに教わった」
するとアルフレッドさんが頷く。
「そうだね。みんなも覚えて置くと良いよ」
「へー」
「そうなんだ?」
「そんな疲れたか?」
みんな、それぞれ自身の足を触りながら首を傾げている。
「ちょっとみんなには早いかもしれないね。元気に走り回っているから」
確かにみんな凄く元気、ちょっと遠いと思ったこの森までの道のりも平気で歩いていたのに特に疲れも感じていないみたい。
……やっぱり私は貧弱なんだなぁ。
チドリさんのマッサージを受けたのに……。
なんてぼんやりしながら疲れを揉んで誤魔化して、交代で休むのに参加した……。
それからしばらくして、みんなウトウトとし始めた頃……。
遠くから笛の音の様な音が聞こえて来た。
「んー……」
「何の音?」
「これは……」
何だろうと思っていると、みんな呆けたように虚ろな表情で固まってしまった。
アルフレッドさんもゆらゆらと揺れる様に動かなくなってしまった。
「大丈夫?」
肩をゆすって見るけれど、みんな固まった体勢でぼんやりとしてしまっている。
やがてチュウチュウと無数の声が近づいて来たので私はレナさんに貸して貰った杖を手に構える。
すると……森の奥から赤く光る目が無数にこっちに雪崩に様に近づいて来ていた。
アレは魔物……ネズミ?
夜の闇の中で白い絨毯の様にネズミが私達目掛けてやってくる!
「ウォーターショット! みんな! 魔物が来てる! しっかりして!」
私は腕輪にも魔力を込め、魔法で応戦した。
「みんな!」
けれど私の声は届かないとばかりにみんな……金縛りにあったみたいに動く事なく……。
「ウォーターショット! ウォータースラッシュ! ファイアボール!」
出来る限りの抵抗に私はみんなを守る為に魔法を使ったのだけど……。
「「「チュウ」」」」
「チュウウウウウウウ!」
大量のネズミの魔物の体当たりを受け、抑えつけられ……だけど、こんな所で負けていられない。
じゃないと、私は……何のためにチドリさんに……お礼もまだ出来ていないのに……。
これが、背伸びをしようとした罰なの……?
「う! く……こんな……所で……」
せめてもの抵抗と杖に魔法を込めて一番思い通りに放てる水の魔法を完成させようとした時、大きな影が私に圧し掛かるネズミ達の上に降り注ぎ……私の意識は遠のいて行った。
その意識が遠のく直前、ぼんやりと……角笛の様な物が……見えた。




