不穏
「なあなあチドリのおじちゃん」
くっ……またおじちゃんか。
俺はまだお兄さんだ!
そう注意したいが、ここで子供っぽく訂正すると墓穴を掘りそうなので聞き流そう。
なんというか、訂正すればする程、おじさんに近付いてしまう気がするんだ。
「チドリさんはおじちゃんじゃないよ……」
リーサが訂正してしまった。
うん、ありがたいけど、聞き流す方がここでは良いんじゃないかな?
俺はまた一歩、おじさんに近付いてしまった気がする。
「そうかー?」
「良いから……」
で、リーサが孤児達と一緒に俺の前に来てちょっと恥ずかしげに頬を染めて見上げて来る。
「あのね……その……みんなと一緒に依頼……冒険に行って来て良い?」
おや? リーサが孤児達に誘われて何か依頼をしに行くようだ。
冒険に夢見ている所があるから家を決める為に町を巡るよりも冒険を優先したいのかな?
大丈夫かとレナさんとアルフレッドの方を見ると、微笑ましいって顔をしている。
「危険じゃない依頼で、リーサが行きたいと思うなら良いよ。俺も一緒に行くのかな?」
するとリーサが頭を横に振る。
「今回は……チドリさんの手助けが無くても大丈夫……がんばりたい」
まあ、俺が保護者として見張っている訳にはいかない状況もいずれ出て来る。
リーサも甘え続ける訳にはいかないって独立心が芽生えているのだろう。
妹みたいに可愛がっている子が自分の手から離れていくのは物悲しい部分もあるが、これもリーサの成長の為だ。
「何の依頼を受けたの?」
レナさんとアルフレッドもある程度事情を察して孤児達に尋ねる。
「これだぜ!」
と、孤児が依頼の紙を二人に読ませる。
「ザーヴェの森に生息するフライウィプスの素材採取と森の薬草採取の依頼ね」
「うん。これならみんなで行けば安全だね。最近は魔物の遭遇率も下がっているし」
おや? シュタイナー氏が馬車の旅の最中に言っていたのとは違って、この周囲では魔物が減って平和なのか。
まあ大きな都市が近くにあると総じて魔物の被害は減るものだけどさ。
「良いと思うわよ」
レナさんの話では一泊二日で行って帰って来れる範囲の比較的安全な森なのだとか。
凶悪な魔物の目撃例も聞かず、リーサ達なら特に問題も無く行って帰って来れるとの話だ。
場所は……イストラから徒歩で行けるちょっと遠めの森だ。
ちなみにリーサは今、レナさんのお古の衣装や皮の胸当て、それと杖を練習用って事で貸してもらっている。
俺が装備を買ってあげようかと提案したらレナさんに入学祝いに買ってあげようと言われた。
入学祝いの杖……魔法学園故に日本に居た頃の映画が思い起こされる。
良い杖を買ってあげたい。
エアクリフォから貰った鱗はいつリーサの装備に使える時が来るだろうか。
高そうだし、腕の良い人と知り合ってから頼む事にしようかな。
「僕が同行するから安心してくださって良いですよ」
まあアルフレッドがいるなら大丈夫か。
彼の実力なら大抵の魔物はなんとかなる。
そうでなくても孤児達を逃がすだけの時間を稼ぐ事は出来るはずだ。
「わかった。じゃあリーサ、危ないと判断したら逃げるんだよ? 何があっても死なない事が一番大事なんだ。依頼を失敗したからといって、落ち込む必要は無い」
世の中には酷い依頼が数多く存在する。
勝手に人を受け子にして犯罪の片棒を担がせようとする依頼や事前情報とは異なる凶悪な魔物と戦わせたりする、なんて前の異世界じゃ日常茶判事であった事だし。
こんな依頼を失敗したからと言って、落ち込んだり後悔なんてしていられない。
何があっても生き残る事が重要なんだ。
……まあ、俺は一回サンダーソードを購入した際に奇襲を受けて死んでいる訳だけどさ。
その経験があるからこそリーサには言えるんだ。
「生きていれば機会はいくらだってある。無理は絶対にしないようにね。失敗しても良いんだよ」
「……」
なんかリーサが口を尖らせて不満そうにしている。
「俺達が信用できねーってのかー!」
孤児達も不満気だ。
「チドリさん、心配なのはわかりますが、そんな失敗する様な依頼じゃないんですから、優しく見送りましょうよ」
ううむ……ちょっと過保護過ぎて誤解されてしまっている気がする。
「そ、そうか。じゃあリーサ、がんばってね」
「……うん」
「明日の夜には帰って来るみたいだし、冒険の結果を教えて欲しい」
「行ってきます」
「いってきまーす!」
なんて感じでリーサはアルフレッドが引率をして孤児たちと一緒に冒険へと出かけて行った。
俺はリーサ達が冒険に行っている間に出来る事をと思って孤児院の補修をしたり、レナさんから文字を教わったりしていた。
ギルドの方の依頼も大分目を通して目を養って来たし、そろそろ俺も何らかの依頼を受けようかと思う。
リーサが帰ってくるまでは新居の選定は後回しで良いか。
一応、纏めておいておく程度に留めよう。
そんな翌日の朝……。
朝起きると部屋に飾っていたナイトグロウの花が一輪、花がそのまま落ちていた。
「おや……そろそろ加工した方が良いかな?」
夜の明かりに丁度良かったのだけど何らかの加工をした方が良い頃合いかと思った。
今夜リーサが帰ってきたら押し花にするかドライフラワーにするかハーバリウムにするか相談しよう。
あ、レナさんが調合に詳しかったから何かオシャレなモノにならないか相談するのも良いか。
なんて思いながらその日はリーサが帰って来るまでにイストラの町を軽く見て回るに留まった事しかしていなかった。
――その日の夜……リーサを含め、孤児達が帰って来なかった。
「幾らなんでも遅いのではないかのう?」
予定の時刻を過ぎても孤児院の子供達もアルフレッドもリーサも帰って来ない事でレナさんが研究中のシュタイナー氏に報告。
俺達は孤児院に集まってどうするかを話し合う事にした。
「帰るのが遅れている……では無いんですよね? あの子達、寄り道をよくするから……」
孤児院の修道女さんも淡い期待を抱くばかりにすがる様に言う。
「アルフレッドが一緒に居てそれがありえると思う?」
「リーサも寄り道を良しとする様な子じゃないしなぁ……」
俺が勝手に思い込んでいるだけかもしれないけれど、リーサが時間に遅れる様な事をするとはこれまでの出来事から考えてありえないと思う。
俺に頼らずにみんなと依頼をしたいって勇気を出して言った位なんだ。
そんなリーサが時間に遅れるなんてありえない。
「じゃあどうしたら……」
「門番に聞いてきたけど、アルフレッド達はまだ帰ってきていないわ。それと……ギルドの方でもザーヴェの森に行った者達が帰ってきていないって話が出ているわ」
「ふむ……どちらにしても探しに行くしかあるまい。とはいえ、夜の闇の中で探すのは骨が折れそうじゃな」
「がんばって探すしかないわ。大事が無いと良いのだけど……」
「当然、俺も行きますよ」
リーサの行方が知れないのは不安だし、居ても立っても居られない。
「私達が先に捜索に向かうからお爺ちゃんは人手を集めて欲しいわ」
「うむ……ではワシは人を集めるとしよう。狩人達から腕の良い者を集めるとしよう……それでじゃ、仮に子供達に何かあったとして、ありえるのは何だと思うかのう?」
リーサ達が帰って来ない原因の推測か。
「ワシの読みだと盗賊かガラの悪い冒険者に連れ去られた可能性が高いと思っておる」
「ですがあの子達もそこそこ戦えますし……アルフレッドもいるのに易々と捕まるとは……」
「人身売買を目的とした組織が幼い冒険者を捕えて奴隷として売る……ありえない話では無いですが……」
「この時期、学園への入学に有利に働く実績目当てに志望者が集まるからのう……」
「とにかく、今は犯人の特定も重要ですけどリーサ達の痕跡を探しに行くべきだと思います」
「そうじゃな。チドリ殿、レナと一緒に先に向かって欲しい。ワシも人を集めてから後を追う」
「はい。それじゃあ行きましょう」
「ええ」
と言う訳でシュタイナー氏に馬を貸して貰って俺はレナさんと一緒にシュタイナー氏が捜索隊を出すよりも早くリーサ達が向かった森へと出発した。
「はぁ……はぁ……急げ!」
そんな俺達とは反対に……馬に乗って町へと急いで駆けこんでいく人が俺達の行く道とは別の道から通り過ぎて行った。




