稽古
「どれくらいかは推し量る事は個人差があるので一概に言えませんが、当面の間は大丈夫なはずですよ。本当に凝りが酷くなったら言ってください。またやりますから」
「本当じゃな! 報酬は弾むぞ!」
「え、ええ……」
「よろしくお願いします」
執事の人と一緒にシュタイナー氏に予約っぽい感じで頼まれてしまった気がする。
俺はマッサージ師として勧誘されていたのだろうか、と脳裏に過るが、気にしない事にした。
風呂を上がったらシュタイナー氏と一緒に食堂に案内され、先に待機していたレナさんとリーサと一緒に食事をする事になった。
屋敷のコックが作った食事は豪華で今までの旅で食べていた物に比べてとても美味しい料理だった。
やはり知らない世界なんだなと思える様な変わった料理とかも何皿か出ていたけどおおむね美味しくはあったし。
日本から来た直後だと使用人の人達とか何時食べてるのかとか気になるけど、郷に居れば郷に従えって感じで流すのが俺の方針だ。
逆にリーサは仰々しい場所故に、食器の扱い方とかわからなくて凄く緊張しているようだった。
レナさんやシュタイナー氏がテーブルマナーを気にしないで良いと言ったけど気にしていたので俺が豪快に食べたりして見本を見せたら多少はリラックスして食べてくれた。
後は部屋に戻って……お?
貰ったナイトグロウが花瓶に入れられて淡い光を放っている。
ランプの光とは別の淡い光が綺麗で魅入ってしまうな。
「綺麗だね、リーサ」
夜の闇で光るナイトグロウを指差してリーサに言う。
「うん」
するとリーサはコクリと頷いてナイトグロウを見つめる。
しばらくは飾って……萎れる前に何か加工したら良いかな?
押し花やドライフラワーにするのが無難だけど綺麗という点だとハーバリウムも悪くない。
前の世界じゃ魔法薬としてハーバリウムで漬けている花とかあった。
摘んでも光る訳だから花弁の部分にその成分があるんだろう。
いつまで光っているのかにもよるけど、オシャレだと思う。
ランプとナイトグロウの明かりが照らす室内……窓の外を見るとイストラの町の明かりが見えて、なんとなくだけどホッとしてしまう。
人里で休むって野宿の旅の時とは違って心安らかになれるのが良い所だ。
治安の悪い場所だと別の意味で休めないけどさ……いつの世も魔物とかより人間の方が怖い時の方が多いしね。
「これからも色々と大変だけど、後少しで目処は立つから、がんばって行こうね」
「はい……もっと、魔法が使えるようになって色々と冒険したいです」
なんて感じで明日の楽しみを見出しながら俺達は就寝したのだった。
翌日。
俺達は新たに住む家の下見に向かった。
「今回、提供出来るのはこちらの家ですね」
そう言ってシュタイナー氏の紹介した業者の人が案内したのはかなり大きな家だった。
イストラの町でも日当たりの良い一等地、かなりの金持ちである貴族や商人が住む家の様だった。
何部屋あるのだろうか?
屋敷では無いけど大きいし、近隣は貴族の屋敷が立ちならんでいる。
「えーっと……」
俺が言葉を選んでいるとレナさんが間に入ってくれる。
「家賃を聞いても良いですか?」
「そうですね……こちらは買い取り型ではありますが、賃貸にした場合は……交渉次第ですが月、金貨30枚からと言ったところでしょう」
「申し訳ありませんが冒険者向けって事でそこまで大きな家じゃ無くて良いんですよ」
レナさんが困った様に眉を寄せて業者の人に説明をする。
すると業者も人も事情を察したのかペコペコと謝罪を始めた。
「そ、そうだったのですか! 申し訳ありません! 急いで見繕ってきます! 少々お待ちを!」
「まだ大丈夫ですから、そこまで焦らず良い物件を探してください。ね、チドリさん、リーサちゃん」
「ええ」
「ん」
なんて訳で業者の人は足早に会社の戻って行った様だった。
「本当にごめんなさい。お爺ちゃんからの依頼で情報の不備があったんだと思います」
シュタイナー氏の紹介だからこそ、あっちも張り切って金持ちを前提にした紹介をしちゃったんだろうな。
「良いですよ。そんな直ぐに決められるとは思ってませんでしたしね。じゃあこれからどうしましょうか」
「町の中を見て回るのも良いと思いますよ。気に入った地域があったらそこを重点的に探してもらえば良いですし」
「それも良いですね。じゃあ……町を見回ってから、そうですね。また孤児院に寄りましょうか?」
リーサには色々と刺激が欲しいと思うし、将来のクラスメイトが出来るかもしれないんだ。
何事も経験して楽しんでほしい。
「そうですね。入学に備えた魔法の練習も一緒に出来ますし」
と言う訳で俺達は町をぐるっと見た後、孤児院に顔を見せた。
それからリーサはレナさんと一緒に孤児院の子達と魔法の練習をしたりしている。
で、俺がこの間にギルドの方で依頼を見ると言うのも何か気不味い……。
「はぁッ!」
「おっと」
そんな訳で俺も孤児院の方にお邪魔してもらい、アルフレッドと剣の稽古をする事にした。
リーサも孤児院の子達と友達になった様で休憩時間で仲良く遊んでいる。
で、俺はアルフレッドと稽古中だ。
アルフレッドは兵士なんだったか。
腕前に関して言えばそこそこ良いのではないだろうか?
サンダーソードで電気が出ない様に意識をしながら俺はアルフレッドが振るう剣を受け流す。
「まだまだ! はああああ!」
アルフレッドが大きく腕を振り上げて斬りかかる。
「踏み込みが甘い!」
サッと軽く下がってアルフレッドの振り降ろしを避けてからそのまま隙を突いて顔に刺す直前で止める。
「う……まいりました。これで五連敗……チドリさんは恐ろしく腕が立ちますね」
「そこまでじゃないよ」
前の異世界だと俺の剣術の腕前って中堅程度だったし。
サンダーソードマスタリーに振ったお陰で腕が上がったのかもしれないが、体感ではそこまでの変化は無い。
どうもアルフレッドは身体能力の高さに振りまわされている様な気がしなくもない。
無茶が出来るからこそ、妙な動きで飛びかかって来てしまうと言うか……。
Lvとかが無い前の異世界の方がこの辺りの感覚は機敏なのかもしれないな。
「しかし……チドリさんは、見た事のない剣術の型をしていますね。どうも癖と言いますか、読みづらくって……」
そりゃあ異世界の剣術だからとしか言いようが無いしなぁ。
話しても信じて貰えるだろうか? うーん……ちょっと疑わしい。
別にエロッチに俺が異世界人ですと話してはいけないと言われていないし、リーサも知っているはずだしなぁ。
「アルフレッド兄ちゃんが手も足も出ないなんてすげーな」
「負けた所初めて見たかもしれない」
おや? アルフレッドは実力者だったのか?
「僕はそこまで強くは無いよ。お城の方ならもっと強い人が沢山いるからね」
「そうなんだー」
「そうだよ。例えばブラス隊長なら手も足も出ないさ」
「へー」
「とは言っても……チドリさんも隊長みたいに凄いですね」
「うーん……俺が強く感じるのは、知らない剣術なのもあるだろうけど、アルフレッドがまだ身体能力とLvに頼った戦いをしているからじゃないかな?」
それっぽい事を言っておこう。
なんとなく思った事でもある訳だし。
「隊長も前にそんな事を言ってましたね……」
どうやら似た様な事を言われた経験があるらしい。
そうしてアルフレッドが俺の方を見て尋ねる。
「チドリさんは兵士になる気はありませんか? そこまでの腕前があるのなら冒険者でいるよりも良いと思いますし、紹介しますよ?」
「えっと、まだ冒険者で居たいから今回はお断りさせて貰うよ」
俺にはサンダーソードとまだ見ぬ冒険がしたいからなぁ。
リーサの生活を考えたら兵士になるのも悪くは無いのかもしれないけどね。
逆に冒険者みたいに身軽だからこそリーサと合わせられる可能性もあるしさ。
これからの生活で困る様な事があれば頼ろうと思う。
「そうですか……いつでも歓迎するので、気が変わったら仰ってくださいね」
なんて感じで最近は孤児院の子達と仲良くしている。




