トーレル家の風呂
屋敷に到着した俺達。
「あ、お風呂の準備が整ったみたいですよ。チドリさん達は直ぐに入りますか?」
「シュタイナー氏やレナさんより先になんて入れませんよ」
「お爺ちゃんは持ち帰った品々の調査で後回しにするらしいですので気にしなくても良いですよ?」
「いえいえ、それならレナさんが先にどうぞ」
この場合、家督と言うかその家の順番を尊重するのが無難だ。
「客人を蔑ろにするのも失礼なんですけど……じゃあリーサちゃん、私と一緒に入ろうか?」
「……」
リーサが無言でこっちを見て来る。
「入って来てくれると助かるかな。俺はその後で良いからさ」
「……わかった。レナお姉ちゃんと一緒に行ってくる」
「それじゃあこっちよ」
って感じでリーサはレナさんに連れられて入浴に行ってしまった。
俺はリーサ達が入浴をしている間にサンダーソードのメンテナンスをした後、レナさんにもらった地図に目を通す。
総合ギルドで見た依頼で聞いた覚えのある地名にそれなりに当たりを付けてペンで覚えている文字で書く。
今の所は仮設でルビを振るしかないからなぁ。
大雑把だけどこれでしばらくは繋いで行くしかない。
シュタイナー氏の屋敷で数日厄介になった後はお金を稼いでどこかに住処を確保しなくては……。
その後する事は文字の勉強か……レナさん達に教わっているけど、どこかで金銭を払ってでも覚えないと。
……思えば手慣れたもんだな。
前の異世界でも似た感じで覚えたんだし。
「リーサと回れる範囲はどの程度なものかな」
前の世界の経験だとパーティーを組んでいないと厳しいって所も結構あった。
考えてみればリーサとだけ行動すると言うのもいずれ厳しくなるかもしれない。
何よりリーサは学園に行く予定だし……。
ちょっと見通しが甘いか?
まあ、この辺りはしっかりと気の許せる仲間を作ってがんばれば良い。
リーダーシップに関しては自信が無いからなぁ……。
いろんな意味で顔を広げないと始まらないな。
ううっ……リザードマンの彼等が居れば助かるんだが、残念ながら世界が異なるので彼等を頼りにする事は出来ない。
新たな街での生活か……。
なんて暗くなるのを客室の窓から結構長い間外を見ていると、リーサがレナさんと一緒に入浴を終えて帰って来た。
「ただいまー」
「さっぱりしたね」
「……うん」
振り返ってリーサを見ると……うわ、凄く高そうでオシャレな寝巻を着ている。
こんな寝巻き、異世界に来る前、地球に居た頃……アニメで見て以来だ。
ただ、なんかちょっと困りつつ疲れた顔をしている。
おそらくレナさんに着せ替えさせられたのかな?
こう言う時の台詞は……。
「素敵な寝巻だね。よく似合っているよ」
俺がそう言うとリーサは無言で俯いてしまった。
「……」
失礼だっただろうか?
寝巻きを褒められても嬉しくないか。
「ウフフ、リーサちゃんは元が良いから着せかえるのが凄く楽しかったわ」
「気持ちはわかりますし、こちらも良くして頂いて嬉しく思うのですけど……」
「ごめんなさいね。ただ、とても楽しかったわ」
「……ありがとうございます」
「いえいえ、明日も似合う服を見繕っておくわ」
どうやらリーサは当面の間レナさんの着せ替え人形にさせられてしまいそうだ。
リーサ的には困っているのかもしれないけれど、レナさんのこういう女の子らしい行動は助かる。
今までオシャレとかあまりした事が無かっただろうし、年頃の女の子の様にそういう楽しみを覚えるのも良い事だ。
いずれ気に入ったデザインの服とかあったら似た様な服を買ってあげようと思う。
「それじゃあ俺もお風呂に行きますね」
「ええ、良いお湯ですよ」
「……いってらっしゃい」
と言う訳で俺もシュタイナー氏の屋敷にある浴場へと案内される事になった。
どこの銭湯だって言う位、大きなお風呂だった。
しかも水深の浅い寝湯って奴まである。
寝湯の方にちょっとだけ段差が高めの円形の穴があるけど排水溝か?
装飾が凝った室内で、照明が焚かれている。
お風呂が豪華なのは金持ちだからなのか。
それともシュタイナー氏の個人的な趣向……というより肩凝り対策なのか。
「ふう……」
しかも頼めば使用人に背中を洗って貰えるらしい。
けど、丁重にお断りして自分の体を洗った。
革鎧は寝る時以外は付けっぱなしだけど、外すとやっぱり少し体が軽く感じる。
サンダーソードはいつでも呼べるので脱衣所に置いてきた。
……手を放すか非常に迷ったが、サンダーソードが錆びたら元も子もない。
いざとなったら呼べば良い、という安心感が俺の迷いを消してくれた。
とにかく、俺は体を洗って湯船に肩まで浸かる。
あー……なんか久しぶりの入浴に何か疲れが一気に抜ける様な気がしてきた。
まさに生きてるって感じだなぁ。
さすがはトーレル家の風呂だ。
中々にレベルが高い。
こんな豪勢な風呂に入ったのはいつ振りだろう?
まあ、金を払えば銭湯とか前の世界でもあったんだけどさ。
それとは異なる貴族の次元の浴場だ。
こんな広い風呂を一人占めしているのは非常に悪い気分だと思いつつ湯に浸る。
……やはり魔法でお湯を温めているのだろうか?
前の世界では沸かしていたけど……魔法だと効能とか良かったりするのかな?
好奇心は尽きないけれど、とりあえずゆっくりと浸かって行く。
「ふんふんふーん」
……シュタイナー氏が鼻歌交じりに浴場へやってきた。
持ち帰った品々の調査は終わったのだろうか?
老人の裸なんて別に見たくは無い。
ここでレナさんのサービスシーンを妄想するのはいろんな意味で失礼か。
リーサ? それは犯罪だ。
「あ、すみません。先に入浴してます」
立ち上がって急いで出ようとするとシュタイナー氏が手を前に出して制止した。
「気にせんで良い。ワシもチドリ殿が先に入っているのを承知で来たのでな。ゆっくり浸かってくれ」
「そうですか? それじゃあ遠慮なく……」
俺は湯船に浸かり直す。
「それじゃあワシも体を洗うとしよう」
シュタイナー氏はパッと何か魔法を使ってタオルを浮かせて体を洗い始める。
サラッと魔法を使っていて凄いな。
なんて思ってはいるとシュタイナー氏と一緒に執事っぽい人が待機しているのに気付いた。
……微妙に足を伸ばし辛いなぁ。
「ふー……さっぱりしたわい」
体の垢を落とし、髭も綺麗に洗ったシュタイナー氏がザブっと俺の入っている風呂に入ってくる。
「ワシは平気じゃが、少し熱いかの?」
「いえ。とても良いお湯加減ですよ」
「そうかそうか。気に入ってくれて嬉しく思うのう」
「調査の方はどうですか?」
「まだわからんのう。当面は掛りそうじゃ」
やはり休憩で風呂に入りに来たって所か。
「聞いた話だとレナと出かけてきたそうじゃな。どうじゃ? イストラの町は」
「賑やかで楽しそうな町ですね。学園も大きいですし……リーサが入れるか不安です」
「心配は無用じゃ。ワシが見る限り余裕で合格出来るじゃろう。というより、学園の試験制度の関係で不合格の方が難しいじゃろうな」
シュタイナー氏は楽しげに微笑みながらリラックスした様子で答える。
それからは軽い雑談をし……シュタイナー氏が湯船から移動して寝湯の方でうつ伏せに横になる。
あ、排水溝かと思った奴は呼吸用の穴なのか?
シュタイナー氏がそこでうつ伏せになると同時に待機していた執事っぽい人が腰掛けてシュタイナー氏の背に手を当てて揉み始めた。
「おや?」
専属のマッサージ師だったのか?
いや、執事だったよな?
その執事はシュタイナー氏の背を揉んだ所でハッと何か気付いた様な顔をした。
たぶん、シュタイナー氏の肩凝りが解消されている事に気付いたんだろう。
「うむ? わかったかの?」
「ええ、見違えるほどですね。確かに仰る通りです」
「じゃろー? これでお主の負担も軽くなるじゃろう」
「ええ……なんと素晴らしい腕前なのでしょう。納得出来ました」
執事の人、感動して泣いてる?
なんてやり取りをしながら執事がシュタイナー氏の背中を揉んで行く。
「おおう、いいのー」
「こっちも驚くほどですねー」
なんかシュタイナー氏と執事にしかわからないやり取りが繰り広げられている。
一体何に納得したのか知りたい様な知りたくない様な気がする。
いや、たぶん頑固な肩凝りが解消されている事なんだろうってのはわかるんだけどさ。
「チドリ殿はどうじゃ? コヤツのマッサージは癖になるぞー」
「いえ……結構です」
そんな勧誘されても俺に肩凝りは無いし、風呂に入って疲れも大分取れた。
「のうチドリ殿」
「なんですか?」
「この肩凝りの解消はいつまで持つのかのう?」
なんかシュタイナー氏が捨てられた子犬みたいな目で俺を見詰めて来る。
今まで肩に圧し掛かっていた凝りがいつ再発するのか不安でしょうがないって顔だ。
既に何度もされた質問だが……今回はどう返したものか。




