生贄の少女
「ん?」
突如俺の背後に大きな影が掛る。
まさか……また何者かが俺に襲撃をしようっていうのか!
今度こそ奪われてたまるか!
そう思ってバッと振り返ると……物凄く大きなタコの様な化け物が黒こげになって、今まさに倒れる直前だった。
「ぐぎ……」
バターンと倒れつつ、帯電した物が霧散していく。
……もしやこれは俺が雷となって着地した時の衝撃で落下地点に居た魔物にクリティカルヒットしてしまったという事で良いのか?
タコみたいな魔物に恐る恐る近づいて死体をサンダーソードで恐る恐る突きながら確認。
このタコ……足先が龍みたいな形をしているな。
異世界転移する前にやったモンスターをハンティングするゲームのボスにこんなのが居た様な気がする。
まあ、全部の足に龍みたいな頭を生やした一つ目のタコじゃなかったけど、足先が似ている。
ピクリとも動かずに絶命してしまっている様だ。
とりあえず辺りを確認……大きな滝のある沢みたいな所みたいだ。
山奥だってのは一目で分かる。
「あ……」
そこで、なんか祭壇みたいな所で腰掛けている幼い女の子と目が合った。
白装束に草冠を付けた……白い肌に薄青色の髪と青い綺麗な目をした美少女としか言いようのない子だ。
何かの儀式とかをしていそうな格好だけど……。
少女は、じーっと呆気に取られた様な表情でこちらを見ていた。
「えーっと……もしかして、余計な事をしてしまったかな?」
俺の言葉に少女はハッと我に返り、無表情で頭を横に振る。
「物語なんかで出て来るお姫様を助けてくれる英雄みたいな人って本当にいるのね……」
そう答えた。
どうやら着地の衝撃で余計な事をしてしまった訳ではないみたいだ。
大いに助かる。
ペットの巨大タコを殺された~~とかじゃないならひとまず安心だろう。
巨大タコをペットにしているのもどうかと思うけどさ。
「つまり君はこの魔物に襲われていたって事?」
「違う」
そうなのか?
どうやらそういったのとも違うらしい。
「私は生贄としてこの場所にいる神様への供物として捧げられていたの……」
う……襲われているよりも重たい事情が待っていた。
「そこに貴方が舞い降りて姿を現した魔物を倒してくれた……」
なるほど……ね。
エロッチも随分と酷い所に落してくれたものだとも思ったけれど、ついでに人助けをする所はやはりサンダーソードの加護の持ち主である神様だ。
神様らしく善行という事だろう。
「じゃあ信仰している神様を倒しちゃったって事は不味い状況になりそうだなぁ」
俺が居た方の異世界でもこういった状況が無い訳じゃない。
神様と信仰対象になってしまっている凶悪な魔物に生贄を捧げて怒りを鎮める、みたいな事を辺境の村では行われて居たりする。
倒して解決するなら良いけど、辺境の謎ルールで逆に怒られる事もあるんだ。
神様とは呼び難い、人間でも勝てる魔物を信仰する田舎って怖いね。
「……生贄を差し出さないと雨を降らせないって命じていた魔物だったらしいの……私が産まれた頃は良い神様だったらしいけど」
荒神って事かな?
うーん……。
なんて俺が若干汚れて見える沢を見ながらタコの魔物をどう処理するか悩んでいると……沢の滝壺辺りからキラキラと光りが漏れ出して、沢の水がどんどん透明化していく。
お? どうなっているんだ?
少女が恐る恐ると言った様子で俺の元に駆け寄って来る。
ここで拒否したら男が廃るってもんだ。
何が出て来ても対処できる様にサンダーソードを持って構えていると……水が完全に綺麗になると同時に滝壺から大きな龍の頭がニューっと出てきた。
「真の親玉だな!」
龍は俺達とタコを交互に見た後……。
「よくぞこの魔物を倒して我を解放してくれた。感謝する」
そう、俺に向かって喋ってきた。
まあ……喋る事の出来る高位の魔物が存在するのは知っていたけど、異世界に来た直後にいきなり遭遇するなんて驚きでしか無い。
しかし、いきなり感謝されてしまった。
これはどういう事だ?
「は、はあ……」
「まずは自己紹介から始めよう。我の名前は……水龍・エアクリフォ。貴公等は?」
「文月……千鳥。千鳥が名前だ」
「リーサ=エルイレア」
「む……」
龍が……リーサと名乗った少女の方を凝視している。
何をする気だ?
俺が守る様に前に立っていると視線を戻してくる。
「……ふむ、まあ良い。話を戻そう。よくぞ我を解放してくれた」
「解放? それはつまり……どう言う事だ?」
「どうやら貴公達も事情がわかっていないようだ。まず簡潔に説明するなら、我はこの地の守護獣……この地の汚れを浄化する役目を担っている存在なのだ」
「へー……」
としか言いようがない。
だって俺、この世界に来て十分も経っていないし。
理は世界毎に異なるだろうってのは最初の異世界召喚の時にイヤって程理解していたけどさ。
「じゃあ……生贄とかを求めたりはしないの?」
「それは我が封じられている間にその封印の上に胡坐を掻いていたこの魔物が仕出かした事。しかも水を汚し、雨を振り辛くしていたのは明確……これからは恵みの雨と豊かな土壌を近隣の地域に約束しよう」
リーサの話と照らし合わせるとどうやら善側の存在のようだ。
なら戦う理由もない。
人ではない種族が全て敵という訳ではないからな。
「我に生贄など求める理由が無い」
「じゃあ結果的に問題は解決したって事で……良さそうかな?」
あくまでこの水龍エアクリフォが言う事が事実だったらって事なんだけど。
「うむ……そうだな……どうやら貴公も何らかの神聖な加護を受けた武器を持っている。信用に値する人物だろう。まずは礼として……」
エアクリフォはタコの魔物に何やら魔法らしき物を施す。
するとタコの魔物が二つに裂けて水晶みたいな石が出て来る。
それが浮かび上がり俺の目の前に差し出される。
「コイツが内包していた我の魔力を十分に吸っていた魔石に、更に力を注いで進呈しよう」
「は、はあ……」
魔石ね。
こんなのがあるのか。
エロッチの方の異世界ではなかった代物だ。
ただ……魔宝石に似ていなくもない。
魔宝石とは、宝石とかにいろんな魔法を施して不思議な力を引き出す代物で、あっちの世界では希少品な挙句、様々な武具に装飾されていた奇跡の代物だ。
物凄く高いけどその分強力だったのを覚えている。
確かサンダーソードにもそういった魔宝石を埋め込む事が出来るスロットがあるんだったっけ。
今はいいか。
「内包された力は相当なものだ。然るべき場所で売れば一財産築けるはずだ」
「か、感謝する」
「気にするな。元々貴公が倒した魔物の物であるしな。貴公に権利がある。他にも礼はやりたい所だが……」
という所で俺はリーサの方に目を向ける。
エアクリフォも同様の様だ。
礼よりもまずは生贄となっていた少女をどうしたらいいかを聞くのが先か。
「じゃあ君も生贄にならずに元の村に……」
そう言おうとしたのだけどリーサの表情は暗い。
「……生贄として育てられていたから、あの村に戻っても私の居場所は無い……おばさん達が何をするかわからない」
なんとも世知辛い話である。
口減らしも兼ねてたのか……となると確かにどうなるかわからないなぁ。
「ふむ……お主の母は?」
「私が物心付く前に死んじゃったって……」
うわぁ……暗いな。しかも救いが無い。
身寄りが全くない女の子をどうしたら良いだろうか?
「なら……俺が君の居場所をどこかで見つけてあげようか?」
かと言ってここで悩んでいても始まらない。
このまま元の村に返したら今度は重労働とかさせられて消耗品として奴隷の如く酷使される未来が待っているだろう。
なら生贄として死んだ事にして、どこかへ旅立つのも悪くない選択だ。
俺だってこの子を安全な場所へ連れて行ける位の実力はあるつもりだ。
エロッチが生贄になっていた少女を救ったんだ。
サンダーソードの持ち主としてコレ位の事はしなくちゃいけないだろう。
「うん……」
「我が責任を持って何不自由の無い生活を保障しても良いぞ? この滝の奥には我の巣がある。衣食住を提供出来る」
エアクリフォが負けじと提案してくる。
水龍は水龍なりに生贄にされた少女の事を気にしている様だ。
「……」
リーサはエアクリフォの提案を聞いていたが俺の服の裾を掴んで放さない。
「……どうやら貴公と同行したいようだ。ここは我が引き下がるとしよう」
なし崩し的に俺が世話をする事が確定してしまった。
まだ俺自身の生活の保障なんてのも出来ずに居るのだけど……まあ、どうにかなるか。
むしろリーサの方がこの世界に詳しいだろう。
まあ、俺も十年冒険者をやって来たんだ。
異なる世界であろうとも上手く立ち回る事はきっと出来るはずだ。
女の子の一人くらい自立させられなくて何が冒険者か。