トーレル屋敷
そうしてシュタイナー氏はデスペインという魔物の行軍の跡を追い掛けた。
……結果で言えばそれは最悪の形で俺達に現実を叩きつけたのは言うまでも無い。
本来、立ち寄ろうとしていた村にそのままデスペインの行軍が横断し、村はほぼ壊滅。
辛うじて生き残った人達の証言も相まって、やはりデスペインの行軍で間違いなかったそうだ。
大人子供関係なく行方不明者が沢山出ているそうだ。
まだ犠牲者の埋葬作業をしている最中と言った感じで、村では陰惨な雰囲気が漂っている。
リーサも重たい空気を察して俯いてしまっていた。
リーサが元々いた村の雰囲気を思い出してしまったのだろう。
「シュタイナー氏と同行しなかったら俺達は今頃……」
改めて考えるとぞっとする。
イストラ行きの馬車はこの町を立ち寄ったはず。
「いや、その場合、話によるとワシらと別れた頃に行軍があったそうじゃから鉢合わせする事は無かったはずじゃ」
どちらにしても俺達は現場に遭遇する事は無いか……。
他の町などにも連絡は行き届いていたそうで、デスペインの行軍は村を横断してしばらくした所で途切れ、デスペインの力尽きた死体が無数に転がっていたとの話だった。
人手は十分集まっていたので俺達が手伝う必要は無いと言う事で移動する事になった。
それが……イストラに到着するまでの印象的な出来事だった。
「ほら、見えてきたわよ。リーサちゃん」
レナさんが馬車から身を乗り出してリーサに目的地を指差す。
俺も合わせて覗きこむと、レイジールの数倍はありそうな大きな町が見えてきた。
山を開拓して作ったのか、大きな砦にも見えなくは無い建物が無数に並ぶ大都市が広がっている。
おお……これは凄い。
前に居た異世界でもこのクラスの町となると数える位しか無いぞ。
「ここがイストラ……」
リーサが無表情だけどやや興奮した声音でポツリとつぶやく。
「大きい……」
「ええ、この辺りで一番大きい町だもの。いろんな物が集まって活気もあるし、お爺ちゃんの屋敷もある町よ」
シュタイナー氏がこの町でどれくらいの地位なのかはわからないけど、こりゃあ本気で凄い人と知り合ってしまったみたいだなぁ。
本来は話しかけるのすら失礼な相手だった可能性は高い。
それだけ気さくな人なのかもしれないな。
「やっと家に帰ってきた気がするわい」
当のシュタイナー氏は長旅から帰って来たって程度の認識らしく、俺達が若干緊張している事なんて全く気付いていない。
ともかく、シュタイナー氏のお陰で俺達はイストラの町にアッサリ入る事が出来、馬車に乗ったままシュタイナー氏の屋敷に招かれた。
街の中心近くにある結構大きな屋敷だった。
周囲の建物を見る限り貴族とか金持ちの家が多そうだ。
「お帰りなさいませ。シュタイナー様、レナ様」
「うむ、ただいま帰ったわい。何か変化はあったかの?」
なんて感じで執事やメイド等のお手伝いの方々が5人くらいお出迎えしてくれる。
使用人が居るとは、さすがは金持ち。
「特に大きな事はありませんでしたが学園での定例会議、近隣での魔物の問題などが報告されています。詳細はこちらに」
執事っぽい人がシュタイナー氏に向かって書類を手渡して来て、シュタイナー氏はその書類に目をやりながら屋敷の方へと歩いて行く。
俺達はどうしたら良いのだろうか?
「ああ、彼等はワシの客人じゃ。丁重に持て成してくれ……細かい事はレナ、任せたぞ」
「はい、お爺ちゃん」
レナさんがシュタイナー氏の指示を聞いて頷き、馬車を降りてから俺達に向かって微笑む。
「では……チドリ殿、リーサ殿、夕食時にまた話をしよう。今日はレナと一緒に自由にしていて欲しいのじゃ」
気さくな感じでシュタイナー氏は俺達にそう提案した。
「このイストラでの生活が安定するまで、ここを我が家だと思ってくれて良い」
「あ、はい。何から何までありがとうございます」
俺が礼を述べるとシュタイナー氏は微笑んで屋敷の中へと行ってしまった。
何だかんだ忙しい人なんだなぁ。
「とりあえず、いきなり街の案内もなんですし、荷物を部屋に置いてからでどうでしょうか?」
「そうですね」
ずっと馬車の移動だったから別の意味でちょっと疲れているし、一応持ってきた荷物を部屋に置いておきたいのは事実だ。
「あ、家にはお風呂もあるので夜にはさっぱりできますよ」
おお……風呂があるのかぁ。
まあ、あっちの世界でもお風呂はあったけどさ。
魔法のある世界だと風呂とかサウナとか自然と思い浮かぶらしく、清潔にする意味でも需要はそこそこ高い。
さすがに個人の家にあるって事は稀だけど、そこそこ規模がある町に行けば入浴出来たりするものだ。
「じゃあお言葉に甘えようかな」
何だかんだこれまでの旅でやっていたのはお湯を沸かして布で体を拭いたり、川とかで沐浴するくらいだったもんなぁ
さっぱりするって意味でも良いだろう。
「リーサもお風呂入りたいよな?」
「うん」
お風呂に入れるとか信じられない……なんて言いそうとか思ったけど、リーサは元々生贄の少女だった訳だから、清潔に扱われていたみたいだ。
入浴を自然な物と認識している。
「大きな屋敷……」
リーサがキョロキョロと屋敷を見渡している。
そんな様をレナさんがクスッと笑っている。
リーサは何だかんだ言って田舎の村の女の子って事なんだからいろんな物が初めてで、驚きの連続何だろう。
俺は……一応、前の異世界で城とかにも結構行った事があるので多少は慣れている。
「後でお屋敷の中を探検する?」
レナさんがいたずらっこみたいな表情でリーサに提案している。
「……えっと」
リーサもリアクションに困る表情をしているな。
元々大人しい子だから何か悪い事なんじゃないかって思ってしまうのかもしれない。
「うふふ、気にしなくて良いのよ。冒険をしているみたいで楽しいかなって私も小さい時に屋敷の中を歩き回ったんだから」
なんとなくわからなくもない。
こんなに大きいと宝物とか隠されていそうだよな。
「後でいろんな所を案内するわ。楽しみにね」
「はい……よろしくお願いします」
「じゃあ行きましょ。まずはチドリさんとリーサちゃんのお部屋に案内するわ」
なんて感じで俺達はレナさんとお手伝いの人と共に来客者用の寝室へと案内された。
室内は……豪華な印象を受ける壁紙が貼られ、絨毯まで敷かれている。
ベッドは柔らかく、かなり良い部屋なのが分かる。
リーサもベッドに腰掛けてその柔らかさに驚くくらいだ。
かなり良い生地が使われている。
……日本だったら特に不思議にも思いもしないだろうけれど、異世界だと日本の普通が相当良いに入る。
俺も前の異世界での生活を10年やっていたから慣れているけど、それでもここまで良いベッドに腰掛けると懐かしく思うなぁ。
そこで荷物を置いて、少し休憩をしているとレナさんがお茶を持って来て部屋に入ってきた。
「ベッドや部屋の様子はどうですか? 何かあったら言ってくださいね」
「凄く……よいですます」
なんかリーサが緊張して奇妙な事を言っている。
今更になってシュタイナー氏とレナさんが金持ちである事に気づいてどう接したら良いか迷っているみたいだ。
「そう緊張しないでいつも通りに相手をして欲しいわ」
「は、はい。です……」
リーサが助けを求めるように俺に視線を向けている。
ふむ……。
「リーサは可愛いからなぁ。レナさんと並んで立っていても違和感が無いから大丈夫だよ。自然体で相手をしてあげよう?」
なんて言うか、リーサに田舎娘って感じの芋臭さは無い。
美少女故なのか、あるいは生贄として生きてきた境遇か、そして結構良い品だと思われる水龍の腕輪の装飾も相まって、この様な場所でも浮いていない。
元々ここに来る前にレナさんが丁寧にリーサの髪を櫛で通していたし……。
「私が昔着ていた服を出して来ようかしら、リーサちゃんなら似合うと思うわ」
「……」
あ、リーサが若干頬を赤くしながら俺に助けを求める目を向けている。
無表情だけど最近、大分リーサの表情が分かる様になってきた。




