進路
「危なかったー……」
凄く危機一髪だった。
「どうにか危機は乗り越えられたかのう」
「その様ですが、予断は許せません。まずはダンジョンを出て安全を確認してからにしましょう」
「うむ……」
なんて感じで俺達はそのままダンジョンを出て調査団の拠点に戻ってきた。
「ふう……みんな、逃げ遅れた者はおらんか?」
シュタイナー氏が調査団の者達に状況を尋ねる。
幸いにして予兆らしき物を察した調査団の者達は早めに脱出をしたお陰で、特に致命的な怪我をする様な物はいなかったとの話だ。
魔物も消えてしまっていたそうだし、生き埋めになる危険性以外は脅威となるものはなかった様だ。
迷路の部分も出口までの道はわかりやすくマーキングされていたっぽい。
「い、一体何があったんですか?」
「うむ……どうやらここのダンジョンを維持するための仕掛けに守護者が配置されておってな。その守護者の猛攻を掻い潜りチドリ殿が魔術式を破壊したまでは良かったのじゃが……」
とシュタイナー氏は調査隊の者達に事情を説明した。
「ではもう魔物が湧きでて来る危険性は無いと言う事で良いのでしょうか?」
「現状ではそうじゃな。経過を観察するとして一応、調査は成功と見て良いじゃろう」
シュタイナー氏の判断に調査隊の者達の顔色が明るくなる。
そうだな。これで魔物が湧き出さなくなったなら目的は達成だろう。
まだ様子を見なきゃいけないって所なんだろうけど。
「ワシは今回見つけた魔術式の残骸を解析したいのじゃが……」
そう言ってシュタイナー氏がドサクサに持ってきた破片を取り出す。
「ここにある機材で出来るか試してみねばわからん。どちらにしてもみんな、今日はゆっくりと休んでくれ」
と言う訳で俺達はダンジョンの調査を終え、キャンプ地でゆっくりと休む事にしたのだった。
が、リーサが俯いてしまっている。
「リーサちゃん、どうしたの?」
「チドリさんの役に立てなかった……」
「それは私も同じよ。そんな気にしちゃダメよ。私達はお手伝いだった訳だし……これからよ」
「……」
レナさんがリーサを慰めようとしてくれているなぁ。
ここで俺が励まして良いのか激しく悩むけれど……うん。
俺はリーサの目線に合わせて屈んで微笑む。
「まだリーサは冒険者を始めたばかりなんだから、気にしなくて良いよ」
いきなり大活躍なんて、中々出来るものじゃない。
少しずつ経験を重ねる事で数値では表せない強さを出せるんだと俺は信じている。
「レナさんの言う通り、これからがんばって行けばいいんだ。そもそも、まだリーサに合った冒険は出来ていないじゃないか?」
新米冒険者であるリーサがいきなりシュタイナー氏が率いる調査隊と一緒にダンジョンに潜るとか……俺が前に居た異世界の方でも相当な腕前が無いと出来ない仕事だ。
失敗したって不思議じゃない。
「むしろ俺は……こうしてリーサが大した怪我も無く無事でいてくれた方が嬉しいよ。依頼の成功も失敗も大事だけど一番は怪我が無い事なんだからさ」
依頼を失敗したって致命的な事になる事は少ない。
それよりも怪我をしたり死んだりする方が大変なんだ。
この程度、幾らでも取り返せるさ。
俺はリーサの頭を撫でて励ます。
「俺はリーサを見捨てる様な事はしないから。出来る範囲でがんばってくれれば良いから」
「……はい」
わかってくれたのかリーサは素直に頷いてくれた。
「まあ」
なんかレナさんがそんな俺の励ましを茶化す様な顔をしている。
「とりあえず冒険が成功した事を喜びましょうね!」
「そうですね」
「うん」
まあ……残念な事と言ったら、あのドラゴンウォーリアーの魔石や素材を回収できなかった事くらいかな。
と言う訳で俺達は目標を達成した事を喜び、その日はゆっくりと休んだのだった。
正直ヘトヘトだ。やっぱり戦闘は見えない所で緊張を強いる。
サンダーソードを振るうだけで勝てた地上とは大違いだ。
とはいえ……さすがはサンダーソード、これが無ければ何度死んでいたか分かった物じゃない。
「やはり急場の設備では調べきれんかった……これは一旦屋敷に帰って調べねばならなそうじゃな」
翌日の朝、朝食を食べつつシュタイナー氏はダンジョンで持ち帰った破片の分析結果を教えてくれた。
「ただ……どのような仕組みなのかの概要だけは調べる事が出来た。やはりダンジョン内に居た魔物は魔法で作り出された仮初の生命じゃった様じゃ」
まあ、なんとなくそんな感じだと言われたら納得は出来る。
「随分と古代の技術で作られた代物じゃったのじゃろう。おそらくこの世界に元々存在するダンジョン等を完全模倣したくてあのような偽ダンジョンを作ったが何かしらの出来事で埋没してしまったのじゃろうて」
「要塞にするのに良さそうですよね。警備兵が自動で出現する様な物ですし」
「仕組み的にはそうなのじゃろう。一部参考にしたくもあるがのう」
「あのドラゴンウォーリアーは……その要の代物を守る為に配置されていたって所でしょうかね?」
「そこはワシも判断出来んが……現状から推測するにそうなんじゃろう。しかし、あの不死性を維持するのは相当な物だったじゃろう。考えられるのは大地に流れる魔力の流れが相当良い所だからこそ出来たのじゃろうな」
死ぬ前に回復させ続けるって感じだったんだろうなってのは想像に容易い。
この手の錬金術師ってやる事が凄いと感心させられる。
「ただ……可哀想なドラゴンでしたね」
埋没して俺達が来るまで石化していたって事だろうし、目覚めたら目覚めたで魔術式で死ぬ事も無く、守る為に戦わさせられるとか……。
「そうじゃな……ともかく調査は終了じゃ。チドリ殿達にはしっかりと報酬を払わねばならんな」
「ありがとうございます」
敵が敵だったし、シュタイナー氏ならそれなりの報酬を支払ってくれるだろう。
さっきさらっと屋敷という言葉が出てきたしさ。
「さて、イストラまで行くんじゃったな」
「ええ……ただ、この場で言うのも何なのですが、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「なんじゃ?」
「シュタイナー氏が教鞭に立つ学園は遠いのでしょうか?」
一応、色々と聞いておきたい事は山ほどある。
「イストラにあるリヴェル魔術学園がワシの在籍している場所じゃ。首都ラルダインの方では強い魔物が少なく、実戦を学び辛いのでな。冒険者も集まりやすいイストラに構えておるのじゃ」
何やら理由があるらしい。
「チドリ殿達には色々と助けてもらった件も含め、リーサ殿の才能を評価してワシが学園の入学の紹介状を記そうかの? 一応、近隣国を含めて高名な魔術学園じゃ」
「まぁ……とても良い話ですよ」
「幸い、入学募集の時期じゃしのタイミングは良いはずじゃ」
「良いですね。問題は学費ですけれど……金貨40枚で賄えますか?」
「え……」
レナさんが嬉しそうに口元に手を当てるのとは反対にリーサはちょっと困った様子で眉を寄せている。
「それだけあれば二年は学園で生活してあまりある生活が出来るじゃろう。ワシの援助もある。有望である事を証明出来ればそれだけで卒業まで十分じゃな」
「……学校って、私、そんなに頭良くない……」
「リーサ殿は利口じゃし真面目に魔法を覚えようとしておる。その年なら十分に追いつけるはずじゃ」
シュタイナー氏の説明にリーサは難色を示してる。
勉強は力なんだけどなぁ。
俺も異世界に来てそう言った事は痛いほど教わった。
「でも……学校に行ったらチドリさんと……会えなくなるんじゃ……」
「ああ、なるほど……そんな事を心配しておったのか」
「ふふ、そうよね。リーサちゃんはチドリさんと離れたくないのよね」
うーむ、そんな事を言われてしまうと凄く照れくさいなぁ。
かと言ってリーサの為にも学園に行って知識を蓄えて欲しいと言う気持ちはある。
そもそも金貨40枚はエロッチと水龍エアクリフォがリーサの為にくれた様な金銭だ。
「そこは寮ではなく、チドリ殿と一緒に家なり部屋なり借りて生活すれば良いのじゃよ。学園は冒険者業に関しても寛大での。実績と知識があればある程度どうにか出来るわい」
「冒険者と学生の両立をしている人もいるわね。あんまり冒険にばかりかまけていると良い冒険者になれても、良い魔術師として仕事には就けないって話もあるけどね」
「住む所が見つかるまではワシの屋敷に来れば良いじゃろう」
なんかシュタイナー氏の俺への優遇が気になる所だけど……良いか。
一応、出会ってからの出来事を考えると気に入ってくれていると思える点は散見するし。
リーサが渋る事に関しては……これは、アレだな。
俺の手伝いが出来るようになりたい、というのが今のリーサに取って何より優先したい事なんだろう。
だけど、それだけじゃないって事を俺は知ってほしい。
学園は……いろんな刺激が溢れている。
リーサにとって良い方向性になってくれるはずだ。
「リーサ、一応入学だけでもさせてもらって、色々な知識を身に付けるんだ。そうしてくれた方が、我流の俺が知らない事もわかる様になるから助かる。ダメかい?」
「……わかった。じゃあ……ちょっとがんばる」
「うん、それで良いよ。しっかりと学んで、リーサが立派になってくれると嬉しいな」
「……」
リーサは照れる様に若干頬を赤くして俯いてしまった。
今は俺を父親代わりにしてくれても良い。
いつか一人でも立てるようになるか、良い人を見つけて幸せな家庭を築いてほしい。
何だかんだあって俺達はまだギルドとかで基礎の基礎しか知らないんだしね。
リーサが勉強して色々と、俺に教えてくれた方が、結果的に良いはずだ。
なんて良い感じに話が纏まった所で俺の脳裏に疑問が浮かぶ。
レイジールの町からイストラへの馬車に乗って、そこで合流したキャラバンでシュタイナー氏達と知り合った訳だけど、目的地は途中で曲がったダンジョン、その後はイストラとなると、シュタイナー氏の調査隊の動きに疑問があるのだが……。
方向が逆ではないのか?
なんて思ってイストラへ向かう途中の馬車で尋ねた所、シュタイナー氏は複数の場所を調査に出る旅をしていたんだとか。
そう言えば最近見つかったって話だったっけ。
だから後回しになったって事だったのか……。
そんなこんなで俺達はイストラへと向かい、リーサが魔術学園に入学する方向で決定したのだった。




