講習
「いらっしゃいませー」
おや? 受付の人が変わっている。
まあ、アレから半日は経過しているから交代したのだろう。
つまりある程度ローテーションが出来ている組織だという事だ。
「あの、冒険者として依頼何かを受けたいのですが、その基礎から講習を受ける事って出来ますか?」
俺はリーサを暗に指差して尋ねる。
この辺りのルールって確認しないとわからない事も多い。
俺は元々この世界の住人じゃないんだしね。
「えー……」
受付の人が俺とリーサを交互に見ている。
お前が教えりゃ良いだろって顔だ。
ふむ……こう言う時に便利な言い方があったな。
肉体派の先輩冒険者とかが使っていた物を真似てみるか。
「俺は我流が酷くてね。あの子が冒険者に関して知りたいって言うからさ」
「なるほど、そう言う事でしたか。承知しました。まずはどの講習を受けますか?」
「基礎の基礎、最初からでお願いしたい」
「わかりました。では初級講習ですね。ですが……本日の講習は終わっております。明日ならば教官がいらっしゃいます。予約をしておきましょうか?」
「お願い」
「参加費は一人銅貨30枚となっております」
「俺も参加するよ」
さりげなく俺は受付の人に二人分の銅貨60枚を提出した。
ちなみに銀貨1枚は銅貨100枚の価値があるようだ。
更に銅貨も十枚銅貨ってのがある。十枚銅貨十枚で銀貨一枚だ。
「はい。では明日、指定の日時までに二階の一室へこの札を持って来訪をお願いいたします」
「わかった。ありがとう」
と言う訳で俺達は講習の予約をしてギルドを後にし、宿に戻った。
まあ夕方だもんな。
夜間講習なんてするはずもない。
「明日は講習を受けよう。そうすることで色々とわかる様になる」
「はい、楽しみです」
「リーサは冒険者になるとして……どんな冒険者になりたいかな?」
とりあえず方針を聞くのは悪くない。
「チドリさんは私がどんな冒険者になってもらったら助かりますか?」
この返事はちょっと危険か?
いや、大丈夫だと思うほか無いか。
「リーサが好きなのが一番だけど、リーサは女の子だからね。あまりブンブン武器を振りまわして戦うよりも、これまでの道で使っていた魔法に集中するのはどうかな?」
水龍の腕輪のお陰らしいけれどリーサは水の魔法を使う事が出来る。
出す水の量も調整が出来るので道中はかなり便利だった。
まあ、戦闘は俺がサンダーソードを振るだけでどうにかなっちゃったんだけどさ。
こう、リーサが剣を使うってのは俺の偏見が多分に混ざるけど、違和感がある。
「がんばってみせます」
「根を詰め過ぎない様にね。他にやりたい事が見つかるかもしれないんだから」
「はい」
と言う訳で買い出しを終えて俺達はそのまま宿で夕食をしてから……宿の人に桶にお湯を入れてもらって体を布で拭いて汚れを落としたのだった。
「さて……今日は町で休んだからそこまでむくんでいないとは思うけど、マッサージをしようか?」
「……」
リーサの表情が若干赤い。
恥ずかしいのかな?
「一人で出来るなら問題ないけど……」
「お願いします」
「じゃあ足を出して……お湯もあるし、足だけでも温まってからするとより効果的なんだ」
リーサの足を温めてから俺はマッサージを始める。
「んっ……ふぁっ……」
うーん、我慢する声がやっぱり色っぽい気がする。
別に欲情とかはしないけどさ……。
ちょっと力を入れ過ぎなのかなぁ……もうちょっと弱めにしておいた方が良いかもしれない。
「あっ……んくっ……」
少し力を弱めると反応が軽くなった。
これ位の強さで良さそうだな。
「んんっ……あふっ……」
う~ん、異世界であろうと男と女の子では筋肉からして違うか。
俺と違って筋肉も柔らかく、ぷにぷにとしている。
生贄にされる位だし、それ程活動的な性格という訳でもないから、運動慣れしていない感じだ。
しばらくは筋肉痛とかに悩まされるかもしれないな。
まあそういう物の為にマッサージがある訳だけど。
「こんな所かな」
「ありがとうございます」
そうしてマッサージを終える。
さて次は……とりあえず応急でしか出来ていなかったサンダーソードの手入れが出来るぞ。
俺は砥石でサンダーソードを軽く研いで油を数滴垂らして布で拭く。
今の所、刃こぼれとか汚れも無いけど、なんとなく安心してくるなぁ。
そうしてサンダーソードの手入れをしていると、ベッドに横になったリーサが俺を見てくる。
「どうしたの?」
「夜に外に出てお酒を飲みに行ったりしないの? 留守番は……します」
ああ、気を使っているのね。
やっぱりリーサは利発な子だな。
「別に無理して飲まなくても良いと思ってるよ。そこまで酒が好きって訳じゃないから」
冒険者ってのは往々にして刹那的で酒を飲む事を喜びにしている奴が多いし、異世界の男ってのも大体が酒好きだ。
ただ、元々日本の学生だった俺は冒険者になった後でもそこまで酒は好きではない。
そりゃあ付き合いとか情報を入手する意味で酒場で飲むのは悪い選択じゃないけれど、それにしたって基礎知識が無い所で、専門的な話題を耳にしても意味は無い。
まあ、冒険者経験から噂話とかを仕入れたりする手はあるけれど……。
初めて見知らぬ街で泊った宿で女の子を置いて行くなんて俺には出来ない。
何より街や宿屋が絶対に安全な場所なのはゲームの世界だけだ。
前に居た世界では人攫いをしている宿屋なんて話とか、死体が見つかったとか、割とよく聞く話だった。
けれど、リーサの気遣いを無下にするのも忍びない。
「それじゃあ明日、特に問題なく同じ様に夜になったら行かせてもらうかな」
「はい……」
この辺りはしっかりと理解してからの方が良い。
もちろん泥酔する気も無いし、情報収集目的で行くだけだけどね。
と言う訳で、昼間結構寝ていたけれどその日は早めに就寝したのだった。
翌朝。
長めに休んでいたからか、早朝には目が覚めてしまった俺とリーサは……まあ時間が来るまで軽く雑談みたいな話をしていた。
俺がサンダーソードを手にするまでの話をリーサは聞きたがったので、それまでの出来事を物語形式で話をするのは中々に頭で整理するのが大変だった。
なんせ10年もの歳月が掛った訳だし。
少し話をした程度じゃネタは尽きない。
それに些細な事でもリーサは興味を持ってくれているから、話しているこちらも嬉しくなる。
で、朝食を宿で取ってから俺達は待望のギルド内での講習を受けに行った。
総合ギルド内の二階にある教室に入る。
こう……長めの机と椅子が並ぶ……うん、教室って感じの部屋だ。
若干埃臭い気もする。
どこに座っても良さそうな感じだ。
なので俺とリーサは前の方の席に腰掛けて他の受講者と教官がやってくるのを待つ。
……
…………
………………
「誰も来ない……?」
リーサが待ち疲れたのか足を若干伸ばして俺に言う。
「まだ時間には少し早いからね……とはいえ、他に教習を受けに人が来る気配は無いのは……確かかも」
これで教官まで来なかったらクレームを入れなきゃいけない感じだな。
なんてしばらく待っていると、30代前半位の若干渋さが入ったくさりかたびらを着た男性が欠伸をしながら室内に入ってきた。
「ふわぁあああ……今朝、冒険者講習の初級を受講するってのはお前で良いのか?」
「はい」
「……はい」
一拍遅れてリーサが頷くのは良いとして、なんか男性は俺を見て来る。
え? お前も? って顔だ。
なんだよ、悪いか!
なんだろうか……留年した学生とかこんな感覚なんだろうか?
俺は生憎と15歳の時に異世界転移したので日本でも経験をした事は無いけどさ。
「……お前に教わる事があるのか? その顔と体格を見るに不要だと思うが?」
やっぱ俺の方に興味が向いてしまっているみたいだ。
なので当初からの予定通りリーサをネタにして聞く路線で答える。
「俺は我流が酷くてね。基礎を教わるのが重要だって事で参加させて貰っているだけさ」
「それなら別室で待ってりゃ良いものを……小額とは言っても金の無駄遣いだぞ」
生憎と俺にとっちゃ無駄じゃない。
「あはは……まあ、復習も兼ねて念の為ってね」
なので苦笑いで誤魔化す。
それから徐に昨日もらった札を教官の人に手渡した。
これで受講する事は決定した様な物だ。




