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梅見頃、唐突に現れた強引な接待

作者: よしたろう

 雪が溶けて春を知る。時は3月、梅見頃。


 僕は大倉山公園という、もし神戸に来たなら行くべきだと思うけれど、わざわざ観光なんかでは行かないであろう公園にやって来た。僕がこの公園を勧める理由は、その空気感の良さにある。その公園は図書館と文化ホールの裏にあり、野球場があり、1周640メートルの周回コースがあり、遊具広場があり、いろんな木々で緑溢れている。


 やけに明るい土曜日、普段テレビばかり眺めている僕は、夕暮れ時に散歩する。にわか春めいてきたちょっとだけ暖かい風に吹かれ、この空の向こうには素敵な夜が待っている予感がする。この場所にはいつだって良い予感が満ちている。でも、遊んだり見たりする特別な何かがある訳じゃないから、ここにいるのはだいたいウオーキングの人や犬の散歩の人だ。


 そして僕は対話する。実際に声を出して話すというのではない。この場所に生まれ潜んでいる僕の記憶や思い出を紐解きながら歩くって事だ。僕や共に過ごした彼や彼女の息遣い、流した汗、笑い声、足音。僕や共に過ごした彼や彼女の歩く姿、走る姿、座る姿、回る姿。それから、そこにあったベンチ、ビール、遊具、回るカメラ。


 特に思い出すのは、20年前に僕が高校生だった頃だ。図書館に勉強しに来て、男子校だったから他に勉強しに来ている女子を最高に意識しているけれど、僕たちには声をかけるなんて出来なかったから、それが出来ている見ず知らずの野郎に憤ったり、女子を2人も連れている見ず知らずの野郎にもっと憤ってみたり。そんな僕らのやる事と言ったら、参考書の全ページの端っこに黄色の蛍光ペンを塗って光る参考書を作ったり、鉄の丸い回るだけの遊具で回ってから歩くという競技をしてみたり。予備校に通っている友達のやたら「せつない」と繰り返す片思いの話しを聞いたり、「バスストップ」とかいうただ追いかけっこするだけの映画を撮影してみたり。近くにある「もっこす」というラーメン屋で、ニンニクとニラ唐辛子を大量に入れたり、三位一体のハーモニーとか言いながらたくあんと麺をチャーシューでくるんで食べてみたり。


 僕はiPodでフリッパーズギターの「カメラトーク」を聞きながら、ベンチに座り、梅を見ながらビールを飲んでいた。映画のように過去たちのシーンは巡る。


 すると、知らんオッサンが近付いて来るのが分かった。そしたら、通り過ぎるものと思っていたら声をかけてきて、僕の隣りに座るではないか。年の頃は60過ぎくらいだろうか、ネズミ色のジャンパー、ネズミ色のスウェットのズボンを着て、紫のよく分からないキャップをかぶり、あまり清潔ではなくみずぼらしい印象だ。人がせっかく良い気分でビールを飲んでいるというのに、なんなんだこのオッサンは?


 こんな時、イカサマな言葉を吐いて、煙に巻いて逃げ出せれば良いのだろうけれど、僕はそんなふうには出来なかった。こうして隣りに座られてしまったらもうどうしようもない。誰がどう見たって、僕は1人でビールを飲んでいるだけだから、少しはオッサンに付き合うしかないだろう。僕はイヤホンを外した。


 そうするとオッサンは、持っていた白いビニール袋からなにやらタッパーを取り出し開けた。


「これ、自家製いかなごやねん。ほら食べてみ」


 オッサンはそう言って、僕に箸を渡したが、それは割り箸ではなく、くすんだ赤色の箸だった。今、僕が震えているのは、寒さだけのせいじゃないかもしれない。


 カバンではなく白いビニール袋、売ってるいかなごではなく自家製いかなご、割り箸ではなくくすんだ赤色の箸、綺麗なお姉さんではなくみすぼらしいオッサン、全てに「なんか嫌だなぁ」と思わせる何かが含まれており、圧倒的抵抗感を放つ。そういうのが割と平気な僕でも、オッサンの自家製いかなごは食べたくはない。でも、こうしてタッパーが開かれてしまった以上、もうしょうがない、食べるしかない。そして僕は、悲劇の主人公になったみたいにこの世界を嘆く。


 神戸市民は、なんだって3月になったら馬鹿みたいにどいつもこいつも自家製いかなごを作るんだ?


 まあ、作るのは良い、全然構いやしない。しかし奴らは大量に作ったそれを誰かに振る舞い、近所に配り、さらには宅急便で遠くに送りやがるんだ。そしてそのひとつの情景が、今だ。


「どや?」


 オッサンが真顔で聞いてきた。


「うまいっスねえ」


 僕はそう応える。味なんか良く分からない。しかし他にどう言えというのだろう。まさかくどくどと、それぞれのアイテム全てに抵抗感が含まれているだなんて言えやしない。


 それからオッサンは、別の白いビニール袋からちょっとだけ色の剥げたピンク色の水筒自を取り出し僕に見せた。


「さて、これには何が入っているでしょう?」


 知るか、なんだそのクソみたいなクイズ。


「いやあ、なんでしょうねえ」


 僕は言う。大人は本当に思っている事を簡単に言ったりはしないから。


「答えは自家製キンカン酒でした。家で漬けとんねんけどな、ほら飲み」


 またもや自家製か。オッサンは淡々と言いながら、プラスチックの剥がれかかった熊のイラストがある薄ピンク色したマグカップにキンカン酒を入れ、僕に差し出した。


「ありがとうございます」


 しょうがないから受け取る。するとオッサンは、もう1つプラスチックの薄黄色のマグカップを出し、そこにキンカン酒を注いだ。どうして2つもコップを持っているのだろう?どうやら、始めから誰かと飲むつもりだったようだ。


「他にも自家製プルーン酒とか自家製ニンニク酒もあんねんけどな」


 オッサンはキンカン酒を飲みながら自慢気に解説してくれた。


「ニンニクもあるんスか」


 僕は言う。全然興味はないけれどしょうがない。そして他に水筒はないかオッサンの白いビニール袋を見つめる。だって、もしニンニク酒が入った水筒がありでもしたら大変じゃないか。ニンニクは大好きだけれど、オッサンの自家製ニンニク酒は決して飲みたくないから。


 それからオッサンは身の上話を始めた。中学生の時から日本酒の菊正宗が好きで飲んでいたらしいのだけれど、8年前から糖尿病ということもあり、体を気遣って焼酎とウィスキーしか飲めなくなったらしい。


「中学生から飲んでるんスか」


 僕は言う。全然興味はないけれどしょうがない。


 さらにオッサンは身の上話しを続けた。なんでも年は62歳で、3年前に女房と別れてしまったらしい。娘は30歳で結婚しているのだけれどあまり会えず、孫の顔もしばらく見ていないらしい。


 そんな話しをして30分くらいした頃。


「邪魔したら悪いから行くわ、グッバイ」


 唐突にそう言い残して、オッサンは去って行った。なんか急にどっか行ったなあと、僕がにわか呆然としていたら、別の知らんオッサンの歌声がどこからともなく聞こえてきた。


 何かヤバい。ともかくこの場を去ろう。僕はとっとと公園から立ち去る事にした。夜がすっかり夕暮れを襲い、いろんな物を見えにくくしている。僕は暗い夜に痛い程目を閉じた。


 素敵な夜が待っている予感?


 ハハハハハハ!


 





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