7話
「そういえば、クリスは服を買わないの?」
やる気になったといっても、まだお湯すら沸いていない状態ではどうしょうもなく、僕は鍋に火を掛けながら、何とはなしに以前から気になっていた事をクリスに問いかけてみる。
「服? 何故? 貴方には関係の無い事でしょう?」
そんな僕の問いかけに、クリスはドライヤーのスイッチを切りながら淡々と答える。
クリスが持っている服は今着ている部屋着と似ているものが二点、それとセーラー服が同じく二点。
それしか持っていない。
数日前に、普通の私服は持っていないのか? と聞いてみたら、
『普通? 私は人からこの服が私と同じ年頃の女の子が着る服で、こっちの世界では正装と聞いたのだけれど? 何か間違っているのかしら?』
と、セーラー服に身を包んだクリスが答えた。
まぁ、確かにクラスメイトの女子とかは休日でも学校の制服で外出したりするから、間違ってはいないとは思うけれど、僕としては綺麗なクリスにはどんな服でも似合うだろうから、色々な服を着たクリスを見てみたいから残念で仕方がない。
ついでに色々な服で罵って貰えると大変ありがたい。
「いや、その通りなんだけれど、何となく気になって。クリスならどんな服でも似合うだろうしね」
何て僕が冗談交じりに本音を告げると、クリスはつまらなそうに、
「貴方にお世辞を言われてもねぇ」
何て言うと、徐にリモコンを手にして、テレビのスイッチを入れた。
う~ん。本当の事なんだけれどなぁ。
そんなクリスを見て、僕はそう思いながら、調理を再開した。
「ねぇ? 私からも一つ、聞いていいかしら?」
鍋にパスタを投入していると、あまり興味が無さそうにクリスが言ってくる。
「え? うん、僕に答えられる事なら何でも聞いて」
そんなクリスに僕は鍋に注意しながら、言葉を返す。
「貴方、今日『も』死にそうになったわよね?」
今日『も』とクリスが言ったように、僕はクリスがお仕事(え~っとモンスター退治?)にほぼ毎回付いていって、気持ちよく死にかけている。
「ああ、うん。ごめんね、いつも足を引っ張ちゃって」
「本当にその通りよ。貴方は私の仕事を増やしているだけだわ」
僕が苦笑いを浮かべながら謝罪するのをばっさりと切り捨てるクリス――僕はそんなクリスが大好きです。
「何をへらへらと笑っているのよ、気持ち悪い」
そんな僕の内心が顔に出てしまっていたのだろう、クリスが目をキッと細めて、無意識にへらへらと笑っているらしい僕を睨みつけてくる。
――でもクリスさん、それは逆効果です。
「ああ、ごめん」
等と口では謝りながらも僕は自分でも分かるくらいに睨まれて顔をへらつかせる。
「……本当に気持ち悪いわね」
すると、クリスが本気でにやついている僕を不気味そうに見る。
ダメだ。この表情はダメだ。このままでは今後、クリスと口がきけなくなる可能性が高い。僕が話しかけてもクリスは無視――つまりは放置プレイだね。やっほ~い!!
いやいや、僕よ。そうなったら確かに始めのうちはそれで気持ちよくなってしまうだろう、だけどな、僕――放置プレイというものは、最終的には構ってもらえる。というのが大前提なんだ。
最後まで構ってもらえないのは放置プレイとは呼べない――そんなのはただの放置でしかないよ。
そう思って、僕は必死に、にやけ顔を引っ込めると、意図的にキリッとした顔を作ってみせる。不意にステンレス製の鍋にそんな僕の顔が映りこんで、思わず笑いそうになってしまうがここは我慢だ。
「まぁ、いいわ。貴方が気持ち悪いのはデフォルトだし、気持ち悪いものにいちいち、気持ち悪いと言っていたらきりがないしね」
僕が自分の顔に笑わないようにぐっと堪えていると、ため息混じりにクリスがそんな事を言ってくる。
「そうね、貴方は例えるならば、ゴキブリと同じね。見ただけで『うわっ、ゴキブリ。気持ち悪い』というレベルね」
その例えがクリスは気に入ったのか、しきりにうんうんと頷く。
あっ、噂をすれば影っていうけれど、さっきシンクの下に潜り込んだあの黒い物体はその例のお方では? 話とは関係無いけれど、最近のあの方はやたらめったら飛ぼうと羽を広げない? 昔より堪え性がなくなったと思うのは僕だけ? 昔はこう、羽は最後の手段だっ! みたいな頑ななイメージがあったのになぁ。
「まぁ、貴方は前にも言ったけれど、ゴキブリ以下だから。そうね、例えるなら『げっ』の一言ね。『げっ、~だ』の~だと名前を呼ぶ事すら憚れるほどの気持ち悪さね」
う~ん、嫌いな人に道端でたまたま、偶然に会っちゃった時に思うようなものかな? でも、それは気持ち悪くはないのか。
……でも、この場合、クリスの言っている『げっ』と嫌いな人にあったときの『げっ』に明確な違いはあるのかな?
それにしても、本当にクリスは気持ちのいいくらいに僕を罵倒してくれるね。