6話
人生、山あれば谷あり。
何て言うけれど、本当にその通りだなと僕は思う。
あれから僕は徹底的に渦から生まれた手に、肌を擦り合わせるとキュッキュと音が鳴るくらいまで体中を綺麗にされて、その間、ずっとクリスに観察されるなんていう辱めを受けて、もう死にたいとか思ったんですが。
――早速、前言撤回させていただきます。はい。
人間生きていればいい事あるよ、本当。
え? 何があったかって?
そりゃ、あれですよ。僕とクリスは今、一つ屋根の下で暮らしていて、しかも、叔父と叔母はお仕事で長期出張中。
一つ屋根の下で年頃の男女が二人っきり。
きゃっきゃ、うふふな展開があってもなんら可笑しく無いですよ。
それで、まぁ、今もクリスがシャワーを浴びているわけですよ。
もうね、これだけで大体伝わると思うんだけれどね。
女の子、シャワー、二人っきり、一つ屋根の下、変態の僕。これら単語が導き出す答えなんて一つしかないじゃないですか。
そう、定番の覗き――を防止するためにクリスから椅子に縛りつけられる僕。
しかも、あれですよ、オプションで目隠しと耳栓付き。これで気持ちよくならないドMはいないよ。
そりゃ、僕だってドMとはいえ男の子。クリスのシャワーが覗きたくないといえば嘘になるし、脱衣所に進入して、クリスの脱ぎたてほやほやのパンツをくんか、くんかしたくないかと言われれば――したいに決まっているよ。
覗きやくんか、くんかがばれたら間違いなくクリスはお仕置きしてくれるだろうから、一度に二度美味しいしね。一粒で二度美味しい? みたいな?
だけれど、二兎を追う者は一兎をも得ずっていうし、縛って頂けるだけありがたいと思わないとダメなのかもね。
まぁ、しかし、気持ちいい事には違いないんだけれど、流石に一週間も毎日同じように縛られて、ちょっとマンネリだなぁ。
「ねぇ」
何て思っていたら、そんなクリスの声ともに乱暴に目隠しと耳栓が外される。
すると、目の前にシャワーを浴び終えて、頬が少しピンク色に染まっているクリスが不機嫌そうに僕を見つめていた。
いつもはキラキラと輝く金色の髪の毛がしっとりと濡れていて、クリスとの距離が近いからだろう、僕の鼻先にその髪の毛が少しだけ掛かる。
その髪の毛から香るシャンプーの匂いに僕は思わずクラクラとしてしまう。クリスに言われて値段の高いやつを買ってきたのだが、値段が高いと香りも違ってくるのだろうか。
「お腹が減ったわ。何か作りなさい」
そう言って、クリスがぱちんと指を鳴らす。
すると、今まで僕を拘束していたロープが解ける……マンネリ化していたとはいえ、やはり拘束を解かれるのは名残惜しい。
そんなクリスは先ほどまでのセーラー服を着替えて、今はジーンズにTシャツ一枚というラフな格好になっている。
「え~っと、何かリクエストとかある?」
僕は名残惜しみながらも、大きく体を伸ばして、固まってしまった関節をバキバキと鳴らしてほぐしながらクリスに問いかける。
食事は僕が作っている。というより家事全般は僕がやっている。クリスは当然自分で出来ると自称しているけれど、やっているのを見たことが無い。
まぁ、一番やりたい家事である、洗濯(特に下着)は僕にさせてくれないけれど。
「そうね……」
僕に問いかけられたクリスは暫く、両腕を組んで悩んでから、
「麺類……麺類がいいわ」
とそっけなく答えると、ソファーに腰を下ろして、ドライヤーを手にする。
「麺類ねぇ」
そんなクリスに僕は頷きながら、確かパスタがあったはず、と思い出しながら台所へと向かう。
台所、と言っても、僕の家はいわゆるダイニングキッチンで、リビングから丸見えになっている。
台所には記憶どおりにパスタがあり、その隣には即席のトマトソースも揃っていた。
「クリスはトマトとか大丈夫?」
まだ一緒に住んで一週間、クリスの好き嫌いを完璧に把握していない僕は髪の毛を乾かしているクリスに問いかける。
この一週間で分かった事といえば、クリスの世界と僕の世界で「えっ? こんなのを食べるの?」みたいな、大きな食文化の違いは無いって事くらい。
「トマト? 子どもじゃないんだから――ダメに決まっているでしょ?」
すると、クリスはそんなの当たり前でしょ? といった表情で僕に返してくる。
「そっか」
クリスはトマトが嫌い。と僕は脳内にメモをしてから冷蔵庫を開ける。
「え~っと、辛いものは大丈夫?」
僕はそろそろ空になりそうな冷蔵庫の中身から、どうやらペペロンチーノなら作れそうだと判断すると、再びクリスに問いかける。
「ええ、平気よ――というより早く作りなさい」
そう言って、キッと僕を睨みつけてくるクリスに僕は少しだけ気持ちよくなってしまう。
「了解」
僕はそんなクリスの視線をご褒美に貰い、俄然やる気になって、鼻歌交じりに調理に取り掛かる。