5話
「んっく、あっあ、んっぐ」
僕はそんなクリスに必死に、
「ありがとうございます」
と言おうとするけれど、口が塞がれていて、僕の口からはそんな言葉になっていない言葉と、はぁ~はぁ~という吐息しか出てこない。
「全く、ここまで貴方を神社から転がして運んできてあげて、更には替えの下着まで持ってきてあげた優しい私にお礼が無いってどういう事?」
神社。というのは、僕の家から徒歩十五分くらいのところにある、神社と言っていいのか? と思ってしまうくらいに、小さな神社。
小さい頃によく遊んだ場所で、つまりは先ほどモンスターさんたちときゃっきゃ、うふふした場所である。
大昔の古墳らしいのだけれど、今は手入れをする人もいないし、何かお墓的なものがある訳でもなく、傍から見たら鬱蒼とした小高い丘にしか見えない。
そんな小高い丘の入り口にぼろぼろの鳥居が立っているものだから、ちょっとしたホラーで、あまり人は寄り付かない。
その頂上には古びた小さな祠が立っていて、クリス曰く、その祠がどうやらクリスの世界とこの世界との出入り口になっているらしい。
何かクリスは境界線とか言っている。
それがいつの頃かは分からないけれど、何でも神話とかおとぎ話に出てくるレベルの大昔の伝説的な王様が作ったと言われているらしい。
言い伝えでは、そこから侵略してきた悪魔を撃退した王様が二度と悪魔が侵略してこれないように作ったらしい。
……でもさ、境界線の出口が僕達の世界に通じているって事は悪魔とかじゃなくて、こちらの世界の人って事じゃないのかな? その辺、どうなんだろう? もしかして僕達の世界以外の異世界とも繋がっていたりするのかな?
ともあれ、その空間を監視、管理出来る魔法を使える人が昔から王家の中から誰か一人だけ生まれるらしく、その人が王や女王になって国を治める。
ちなみに今は女王らしい。なんか響きが僕好みだよね。
空間内に入るには王や女王の許可が必要らしく、許可が無い人や物が空間内に侵入すると、強制的に排除される仕組み……だった、らしい。
と言うのも、王や女王が世代を重ねる事に空間を支配する能力が弱くなっていって、今の女王では空間内の監視が精々らしい。
それでも境界線に何かあったら一大事、壊れでもしたら悪魔が再び侵略してくるかもしれない。と、空間内に何か異変を発見する度に、女王は騎士団に命じて様子を見に行かせていたらしいんだけれど、最近、その頻度が尋常じゃない位に増えたらしい。
で、綿密に調査をした結果、空間に小さな穴が空いている事が発覚した。
もっとも、穴が空いたって言ってもかなり小さめで成人男性がほふく前進でようやく通れる位の小さな穴。
まぁ、今じゃ結構大きめの穴に成長しちゃったらしいんだけれど。
それ位の小さな穴、というかそもそも穴が空いたなら塞げば良いだけじゃないのとクリスに聞いたら、どうやらこの空間を新しく作ったり、補修出来る人はいないらしい。
歴代の王や女王もその例外じゃなくて、王や女王に出来るのは空間の管理だけ、空間内であればそれなりの事が出来るけれど、その空間自体をどうこうする事は出来ないらしい。
王都はその境界線と同じ空間魔法? ですっぽりと覆いかぶさっているから王都内では女王に敵う存在、それこそ強力なモンスターでさえいない。クリスの世界で一番安全な場所みたい。
ちなみに、境界線は王都からかなり離れた僻地にあるみたい。モンスター達がうようよしていて行くだけで相当危険らしい。
そういえば、良く出てくる騎士団っていうのは、簡単にいうとこっちの世界の自衛隊や軍隊みたいなものらしい。話を聞くとどうやら警察みたいな組織も別に存在しているみたいだよ。
で、更に調査を進めると、信じられない事にどうやらその空いた穴の原因は人の手によるものらしいという事が分かった。
王族以外にも、空間に干渉、しかも空間内じゃなくて空間そのものに干渉出来る人がいるはずが無いと最初は鼻で笑って、頑なに調査報告を信じなかったお偉方だったけれど、徐々にその穴が大きくなっていって、最後には信じるしかなくなり、ようやく重い腰を上げて、事態の収拾に動き出したらしい。
で、万が一の可能性とはいえ、空いてしまった穴がこちらの世界と繋がっていやしないかと危惧してクリスがこっちの世界に送り込まれたらしい。
その結果、まだこっちの世界まで影響は及んではいない。まぁ完全にこっちとあっちの世界が繋がっちゃっていたら、モンスターさん達がぞろぞろとこっちの世界を闊歩して今頃大騒ぎになっているだろうしね。
で、空間に穴を開けた人物を捕まえるまで、クリスはこちらの世界から空いた穴から侵入してくるモンスターの対処とこっちの世界の境界線への出入り口の監視を命令されたらしい。
その時に女王から何故か、極秘に名指しで現地人である僕に協力を仰ぐように言われ、クリスは僕を拉致して下僕にしたらしい。
なんて、一体誰に説明しているのだろうと自問自答してしまうような事を考えていると、僕は水圧と口に突っ込まれたトランクによって窒息寸前。
「しかも、転がって汚れた貴方を親切に洗ってあげている私って女神じゃないかしら? ――あら?」
クリスがそう言った瞬間に、ボンッっという音と共にホースから流れ出ていた水がぴたっと止まった。
それから、ドンドンとまるで乱暴に扉を叩いているような音が聞こえてきて、どうやらホースが蛇口から抜けてしまったらしいと僕は理解した。
「たく、面倒ね。これしきの水量も耐えられないの? 持ち主と同様に使えないわね」
クリスはそう毒づくと、手にしたホースを放り投げて、ぱちんと指を鳴らす。
すると、いっぱいになった子ども用プールの中心、つまり僕を中心にして、轟々と激しい音を立てて渦を巻き始めた。
渦の中心に立っているからだろうか? まるで荒れ狂う海のように激しく渦を巻いて波立っているのに、僕自身がくるくると回りだす気配は無く、かなり残念である。
「もう面倒だから、後はそれに任せるわ。体の隅々まで綺麗にしちゃって」
にこにこと両手で頬杖をついたクリスがそう言った、刹那。
渦から水で出来た人間の手がにょきっと生えて、子ども用プールの近くにまとめて置かれているお風呂キットに伸びて、そこからシャンプーを手にして、僕の頭を洗い始める。
その洗い方の乱暴な事、乱暴な事。まるで僕の頭皮と髪の毛に恨みでもあるのかと思ってしまうくらいに、力強く洗ってくれる為、僕の視界が上下左右、でたらめに動き回る。
全く、あまりに気持ちいい洗い方に思わず吐息が漏れちゃったよ。
シャンプーの次はリンス、洗顔、ときて、終に残すは体だけとなったところで、渦から生まれた手が僕のダメージを受けすぎたホットパンツになってしまったジーンズに伸びて――ビリビリと音を立てながら破ってしまい、僕はトランクス一丁になってしまう。
今まででもトランクス一枚とさほど変わらない露出度だったけれど、本当にトランクス一丁になると少し恥ずかしい。誰もいないならまだしも、目の前にはクリスがいる。
でも、ドMだから見られて嬉しいだろうって?
――残念ながら僕に露出癖は無いんだよ。
自分の裸を見られて何が嬉しいのか僕には分からないよ。
だけど、渦から生まれた手は僕のホットパンツになったジーンズを破っただけじゃ物足りないみたいで、トランクスにまでその手を伸ばしてきた。
「ん~っ! ん~っ!」
だから僕は必死に身をくねらせたね、蛇のようにくねくねと必死に抵抗したね。
「驚きね。貴方に羞恥心なんて上等なものが存在していたの?」
そんな僕を見て、クリスが目を見開いて驚いている。何か僕と会ってから一番驚いているような気がする。
そんなクリスを見ていた僕のくねりが若干弱まったのを渦から生まれた手は見逃さず、トランクスのゴム部分をがっちりと掴むと、ずりずりと下げ始めた。
「ん~っ! ――んごがっ!?」
僕はそれに対して、えっちな事を考えてもいないのに必死に前かがみになって、抵抗したものだから顔面をプールに溜まった水に漬けてしまう。
「んぐっ!?」
だけど僕のそんな抵抗も虚しく、渦から生まれた手は前かがみになった僕ごと持ち上げるようにトランクスを脱がしに掛かる。
それでも僕は脱がされまいとして、必死に身を縮こまらせる――その結果、僕は前かがみのままお尻だけを露出させてしまう。
ビキビキとトランクスが悲鳴を上げているのが分かる。きっと今、渦から生まれた手がトランクスを手放せば、僕のお尻はトランクスのゴムで小気味いい音を立てるに違いない。
「ねぇ? 何でそんなに恥ずかしがっているの? いつもここで体を洗っているでしょ?」
頭上からクリスのそんな問いかけが聞こえる。クリスから僕のお尻は丸見えだろうけれど、クリスはいつもと同じ口調。
確かにクリスが来てから僕は毎晩この蔵に眠っていた子ども用プールを引っ張り出して、お風呂代わりにしている訳だけれど、その時はきちんと水着を着ているし、大事な部分を洗うときだって水着の中に手を突っ込んで洗っているから、外で全裸になることなんてまず無い。
しかも僕の家はぐるりと塀で囲まれているから、通行の人に僕の入浴シーンを見られる事も無い。
流石に訪問されれば丸見えだろうけれど、この一週間、僕の入浴時間に訪問してきた人はいない。 そもそも人が訪問してくるような時間は避けているしね。
「まぁ、貴方の羞恥心なんてどうでも良いわ。とっととやっちゃって」
クリスがそう言うと、渦から生まれた手がトランクスを引っ張る力を強めて、もう限界とばかりにトランクスがビリビリと悲鳴を上げて破ける。
僕はその音を聞いて、せめて大事な部分は隠さねばと思い、更に身を縮めて水中にダイブする。
その結果、僕は全身を沈めてしまったが、どうにかこうにか最後の砦はクリスから隠せてほっと安堵した。
「――んごが!?」
が、それも束の間。
水中に沈んだ僕を渦から生まれた手は救い上げて、僕がさっき暴れたせいだろうか、いつの間にか先ほどより一本増えた手で、僕の縮まった体を真っ直ぐに伸ばす。
当然、そんな事をされればクリスから僕の大事な部分は丸見えな訳で――
「ごがぁ~~!?」
僕は思わず悲鳴を上げる。
耳が一瞬で真っ赤に染まったのが分かる、顔から火が出てしまうくらいに熱い。
「へぇ~。兄様以外の人のを見るのは初めてだけれど」
そんな僕なんて気にもせずに、クリスは普通の表情で、じ~っと僕の大事なものを観察すると、
「――兄様のほうがずっと大きいわね」
満面の笑顔でそんな感想を漏らした……もう死んでしまいたいです。