4話
じりじりと肌が焼けるような暑さで僕は目を覚ました。
ゆっくりと開けた瞼に、夏特有の強い日差しが飛び込んできた。
僕は思わず目を細めて、あまりに強い日差しに、反射的に手で目を隠そうとして気が付く。
――あれ? 両手が動かせない。
「あら、目が覚めたの?」
頭上から残念そうなクリスの声が聞こえて、僕は顔を上げようとしたけれど、両手が使えなくて上手くいかず、ごろんと横に転がってしまう。
「もう少し寝ていても良いのよ?」
まだはっきりとしない頭にクリスの優しい声が聞こえる。
まるで、母親のような、妹のような、姉のような、恋人のような、優しくて、暖かくて、心地の良い声。
僕はそんなクリスの声を聞いて、何故か安心して、目覚め始めていた意識を再び手放そうと、すっと全身の力を抜く。
「ふふふ、いい子ね」
僕に向けられるクリスのそんな台詞を聞いて、昔、まだ健在だった頃の母親の姿が瞼の裏に浮かび上がる。
僕の家族は今から五年ほど前に全員亡くなっている。
よくある不幸な交通事故だった……僕だけが生き残った。
僕は一日で父親と、母親と、妹を亡くした。
家族を亡くした僕は母親の弟夫妻、つまり叔父夫妻に引き取られた。
子どものいない叔父夫婦は僕を本当の子どものように可愛がってくれた。
だけど、やっぱり、小さかった頃の僕は、母親の最後の言葉とは反対に家族がいなくなったことが悲しくて、悲しくて、毎日、毎日、泣いて過ごした。
胸が苦しくて、目を擦りすぎて目も目元も真っ赤、鼻も擦りすぎて真っ赤か、時折すする鼻水で鼻の奥がつんっと痛んだ。
……あれ?
なんか、最後のほうだけ違くない? いや、確かに、鼻をかみすぎで痛かったのは覚えているんだけれど。
ていうか、なんか息苦しくない? ついでに鼻の奥も気持ちよくない? 具体的にいうと、鼻で水を飲んでしまったような感じ。
こんなに息苦しいんじゃ、おちおち寝てもいられないと思って、半分以上手放した意識を少しだけ引き寄せて、瞼を開く。
……すると、目の前でたゆたう水が視界に入った。ついでに左目にも物理的に水が入る。
「……っぷあ!?」
僕は反射的に飛び起き――ようとしたけれど、体が上手く動かせず、失敗して強かに顔の左半分を打ちつける。
――再び視界に入る水。
だけど水位は低く、寝転がった僕の顔の半分にも届いていない。
とりあえず、溺れる心配は無さそうだと判断すると、上手く動かせない両手足に四苦八苦しながらも、上半身だけを起こす。
すると、目に飛び込んできたのは見慣れた一軒家。
……え~っと……僕の家?
そこから目を付近に向けると、そこにはロープで拘束された僕の両手足、更にその近くにはホースが見えた。
ホースからはドバドバと結構な勢いで水が流れ出ている。
そんなホースから流れ出た水が青く染まった地面に溜まっていく。
「あら? 目を覚ましちゃったの?」
僕が徐々に増していく水かさを呆然と見つめていると、家のガラス戸が開いて、クリスが現れた。
「全く、寝ていないさいって言ったでしょ? 永遠に」
それは僕に死ねと?
まだはっきりとしない頭の中で僕はクリスにつっこみをいれる。
「嬉しそうな顔しちゃって、全く、本当に貴方は気持ちが悪いわね」
嬉しそう? 気持ち悪い? クリスは何を言っているんだろう? 全く、手足を拘束されて、罵られるのが嬉しい人なんて――いるじゃん。
ていうか、僕じゃん。
「何なら溺れてみる? その子ども用のプールで」
ゆっくりと、金色をした髪の毛をきらきらと太陽光で輝かせながら僕に近づいてきたクリスはそう言って、徐にホースを手にする。
ああ、そういえば、この風景に見覚えがあるなぁ。とか思ったら、これ、家の庭に設置されている子ども用のプールっていう名の僕専用のお風呂じゃん。
「ていうか、溺れなさい」
ようやく頭がはっきりしてきたと思ったら、クリスがつまらなそうに僕の顔目掛けて、ホースから流れてくる水を向けてきた。
しかも、ホースの先っぽを潰して。
ホースの先っぽを潰すなんてきっと誰でもやった事があると思うから、直ぐに想像できるよね? あの水圧って意外と侮れないんだ。
現に僕はその水圧で口を責められて息が出来ないしね。
「――くっふ」
普通の人だったらきっと、
「ちょっ、やめろよ~」
みたいな事を言いつつ、笑いながら両手で水圧を防ぐと思うんだけれど、ほら、僕ってドMじゃない?
だから僕は笑顔で自ら水圧にキスを求めるように顔を突き出したよ――そもそも、両手が拘束されているしね、ご丁寧な事に後ろ手で。
「何? その、物欲しそうな顔は――気持ち悪い」
そんな僕を見て、クリスは引いてしまったんだろうか。僕の顔に掛かる水圧が無くなってしまう。
水圧が無くなり、晴れてきた視界ではクリスがセーラー服のまま、ホース片手に仁王立ちをしていて、そのクリスの直ぐ近くには何やら男物の下着がぷかぷかと空中で浮いている。っていうか、あれは僕のトランクスだ。
「ほら、優しいクリスさんが貴方に替えの下着を持ってきてあげたわよ。感謝しなさい」
そうクリスが言うが早いか、僕に向かってトランクスが物凄いスピードで迫ってきて、
「――こっふ」
半開きだった口に無理やりピットイン――そして、ホースからの水圧攻撃の再開。再び僕の視界が歪む。
水圧攻撃だけでも十分に息苦しいのに、更に口を自分のトランクスで塞がれて、僕は全くと言っていいほど息が出来なくなる。
「あら? 貴方の汚い替えの下着を嫌々だけれど、持ってきてあげたのに、貴方は私にお礼の一つも言えないのかしら?」
歪んだ視界の先でクリスが腰を屈めると、にやにやと笑いながら頬杖をつく。