砂上の楼閣が終わるとき
夜、テレビではゴールデンタイムと呼ばれる時間帯にそれは起きた。
信じられないと誰もが思いながら映画を見ている気分でもあった。
ニューステロップで速報を流し、野球中継も二時間ドラマもニュースも全部同じ内容を放送した。
『番組の途中ですが、ニュースを放送いたします』
『野球中継の途中ですが、今入りましたニュースです』
『それではお天気をお知らせします。テンテン君・・・ニュースです』
『えぇ見えますでしょうか。先ほどまで煌々とネオンが街を覆っていたのですが、今は静まり返っています』
『警察署前からの中継です』
『容疑者を乗せた車が今、目の前を通過しました』
『逮捕されるときには不敵な笑みを浮かべていたということです』
『容疑者の息子は依然として行方が分からないということです』
『本日はコメンテーターの方々にも後ほどお聞きしたいと思います』
『警察署前に中継の記者がいます。呼んでみましょう』
※※※
「いいか、突入の合図があるまで待機だぞ」
「はい」
防弾チョッキを着た警察官や特殊急襲部隊が不気味な静けさを持つビルを取り囲んでいた。
ビルに人気はほとんどなく訓練か何かと勘違いしそうなくらい何もなかった。
緊張感だけが辺りを支配し、時間だけが過ぎていた。
いつもなら情報が飛び交う無線も何も告げない。
「合図、まだですかね?」
「上は無傷で確保したいんだろうよ」
緊急配備が設置され半径五百メートルに民間人はいないように避難している。
先発隊として何人かが突入ルートの確保に動いていた。
その合図がなかなかこないから痺れを切らしかけている状態だ。
そして、その合図が来ないまま終結した。
先発隊が犯人を無傷で確保したからだ。
これで前代未聞の大捕物は終結した。
報道規制が解除されると民法の放送局は一斉に流した。
警察との緊張感のあるやり取りから全てだ。
ただ、犯人の顔はどのテレビにも一切映っていなかった。
そして、名前も。
※※※
『昨日、暗黒街のトップが逮捕されました。通称・摩天楼と呼ばれており、本名や性別、年齢については明らかになっていません。また息子と思しき人物の行方は依然として掴めていません』
昼のワイドショーは昨夜逮捕された摩天楼のことを繰り返し放送していた。
経済学の権威や犯罪学の権威、警察関連のOBなどがコメンテーターとして駆り出され勝手な批評を流している。
ラジオも同じことを放送し、放送局と視聴者の間に格差が生じていた。
逃亡を続けている息子が逮捕されるまで同じことを流すだろう。
捕まった犯人が黙秘を続け、警察の質問に何一つ答えないのも変わり映えしないニュースを作り出していた。
暗黒街は警察によって封鎖されており中の状況を伝えることはできないし、犯人の為人を知る者へのインタビューも叶わない。
犯罪が起きて、犯人が捕まれば、近隣住民に話を聞く。
そんな人には見えなかった、とか。
いつもおかしなことを言っていた、とか。
ワイドショー好みの返答が使われる。
それすらできないため静まり返った暗黒街の空撮映像と護送のときの映像だけを流すしかなかった。
たった数時間で放送がマンネリ化し誰もが普段の生活に戻ろうとしたときだった。
『・・・たった今、暗黒街のトップの息子と思しき人物が逮捕されました』
誰もが手を止めた瞬間だった。
そんな一瞬の静寂が時を支配したが、安堵とともに時は動き出し日常へと動き出した。
「思ったより早かったな」
「何言ってんだ。兄ちゃん、悪いことしたんなら早く捕まらないといけないぜ」
「そうか、ご馳走様。お代おいとくよ」
「おお、毎度あり」
古びた大衆食堂の店内で青年は独り言ちた。
耳聡く聞きつけた店主がさりげなく相槌を入れる。
青年は誰も通らないような路地に入り、暗黒街へと足を向ける。
警察が封鎖していることを知っていて向かった。
暗黒街は高層ビル群の一角の総称で正確な場所を指していない。
ビル一棟だけという人も居れば、地下に知られていないビル群だと言う人も居る。
入口は地上にあるとも地下にあるとも言われている。
「・・・摩天楼を逮捕できた。感謝する」
「感謝される理由はない」
行き止まりで誰も入らない路地裏で警察官と思しき男と犯罪者にしか見えない男が話をしていた。
つっけんどんに返す男は警察官として長年追い求めていた摩天楼の逮捕に喜ぶ様子はなかった。
「何が気に入らない?摩天楼とその息子を逮捕できた。なぜ喜ばない?」
「喜べるか。表向きの逮捕で終わるほど簡単じゃねぇだろうが」
「それでも摩天楼は終わった」
「俺はお前を逮捕する」
「楽しみにしているよ」
※※※
さて、何から話したら良いですか?
えっ?潔すぎる?そう言われましてもね
だって警察に捕まったんですよ。嘘偽りなく話すのがルールでしょ?
何を企んでいる?って言われても困りますね。すべて本心ですよ
摩天楼の息子として知っていることは全部話しますよ
実は言うと、あの人への意趣返しです。黙秘しているんでしょ?
あの人って?あの人はあの人ですよ。俺の父親と言われている摩天楼です
父親をあの人って呼ぶのはおかしい?おかしいと言われてもですね
血の繋がりはありますけど父親らしいことはしてもらってませんしね
それならあの人と呼ぶのは尚更おかしい?
それは刑事さんの考えでしょう?俺はあの人のことをあの人としか思えないからあの人と呼んでいるだけです
それに俺は息子の役割を与えられただけですし
役割とはどういうことだって?そのままの意味ですよ
そうですね。昔話ですけど摩天楼の父親が暗黒街を牛耳っていたときですけどね
仲間の裏切りにあって暗殺されてしまったそうなんですよ
それを見ていた摩天楼は絶対に裏切らない駒を手にすることを史上の命題として精力的に動きました
自分の手駒にできて野心のない女性との間に子供を作ることにしたんですよ
あと、子供の能力を多様化するために色々な女性と関係を持ったんです
そんな不誠実だ?
愛はないのか?
無かったと思いますよ
もし技術的に可能なら試験管の中で培養させるつもりだったようですし
子供を何だと思っている?
それは摩天楼に言ってください
俺は、俺たちは摩天楼に作られただけですから
俺が生ませたわけじゃないですから
続けて良いですか?
そんなこんなで生まれた多くの子供は摩天楼が用意した教育プログラムを受けて息子としての資質に長けた者を後継者にしただけです
役割というのはそういうことですよ
他には暗殺を仕込んでみたり表社会で働かせたり自分の手駒にしていましたよ
俺は息子としての資質があったから後継者になっただけで親子の情というものはありませんよ
子供たちの所在は?
聞かれても分かりませんよ
何人も子供がいるっていうのは後継者になったときに俺の次の者を作るための方法として教えられただけです
自分以外の子供が誰かは絶対に教えるなが口癖でしたね
遺伝子検査でもすれば分かるでしょうけど意味ないですし
どうしてかって
簡単なことですよ
摩天楼が後継者を俺だと指名したからです
あとで自分が血縁だと分かっても血筋で跡を継がせるつもりのない摩天楼ですから無理です
摩天楼が欲しかったのは自分を裏切らない自分の描いた未来の通りに動く手駒です
そんな手駒は都合よく転がっていない
なら作れば良い。でも他人の子供を誘拐すれば摩天楼でも面倒なことになる
その点は自分の子供ならどんなことをしても他人に指図される謂れはない
都合よく教育できるから自分の子供を作っただけで血筋は重要でないんですよ
お分かりいただけましたか?
狂っている?そう言われましてもね
摩天楼にとっては妙案だっただけのこと
大切なのは摩天楼が摩天楼であり続けること
知ってます?摩天楼は自分が死んだあとのことも指示していたんですよ
俺が後継者を作ったら自殺しろとかあの組織は壊滅しろとか表会社を作っておけとか
本当に俺たちは手駒なんだなと思いましたよ
こんなに策を弄したのに手駒に裏切られるとは摩天楼も誤算でしたでしょうね
何で知っているのか?
彼は摩天楼の命令で暗殺を請け負っていたんですけどね
あるときに摩天楼に言われたんですよ
人を殺すしか能の無い男だが謀反を起こすほどの知能は無いから安心しろと
まさか本人を目の前にして言われるとは思わなかったですけどね
その言葉からですよ
あの男が摩天楼を裏切ったのは
驚きもしなかったですね
裏切るという言葉も正確じゃないですね
初めから摩天楼に忠誠を誓っていたわけではなかったですから
暗殺者は心を持つな
肉親の情は捨てろ
仕える者からの言葉だけで動け
完全な機械にしたかったみたいですね
機械は不適切な表現?そう言われましてもね。だって摩天楼が考える役割を熟すロボットが欲しいだけで自発的に考える人間は不要なわけですし
俺ですか?俺は自発的に行動してる?違いますよ。俺は摩天楼の息子という立場ならするであろう言動を選んでいるだけで自分の意志ではないですよ
まぁ自我の成り立ちを議論しても哲学的になるだけですからね。俺は摩天楼の望む息子の行動をしてきただけですよ
摩天楼の望む役割を演じられない役者は殺されてきましたから
自分の子供を?刑事さんは肉親というものを重要視していますけど摩天楼にとって家族や肉親というものは重要じゃないんですよ
いい加減に自分の持つ常識とやらで物事を判断するのは止めてもらいたい。疲れましたよ
摩天楼にとって大切なのは自分であって、自分のためならどんなものも利用する。分かってもらえましたか?
まぁ分かっているような顔をしていませんけど、俺としては分かってもらう必要もない
全部話しますけど、いちいち常識から外れていると説教されても俺としては事実を話しているだけで、今までいた世界が俺の全てであり常識なんですよね
それとも摩天楼の影響力を怖がって今の今まで何もしなかった警察が今更、俺たちに犯罪はダメだと説くつもりですか?
俺が、いや俺たちが生まれてから一度も警察が暗黒街に来たことはない。俺たちを助けるつもりも助ける術も持たないのに都合が良くなれば手を差し伸べる
違う?違わないでしょう。おいしいところだけ持っていく。ずいぶん卑怯なやり方だと思いますよ
あれ?怒りました?でも事実でしょう。俺たちは暗黒街で生まれて暗黒街で育った。そんな人間が暗黒街から外の世界に逃げるなんてこと思いつくと思いますか?
暗黒街しか知らない者が暗黒街は間違っているなんて誰が思いますか?
暗黒街に所属したという事実だけで三つの子供ですら捕まるような世界に誰が逃げますか?
所詮、俺たちとは相容れない存在なんですよ。どんなに言葉を取り繕っても俺たちを生まれただけで犯罪者として扱う以上は暗黒街は無くならない
話が逸れましたね。何の話でしたっけ?あぁ摩天楼の息子の役割でしたね
息子としての役割は終わったので好きにしますよ。俺は摩天楼の息子という役だったので摩天楼が捕まった以上、必要ないでしょう
それに暗殺者として摩天楼に仕えていたアイツは摩天楼を殺した
命を取っていないだけで摩天楼を暗黒街のトップの座から下した
摩天楼に取っては死よりも辛いことでしょうね
刑を終えても生涯監視が付く。そうなれば暗黒街で返り咲くこともできない
アイツは暗殺者として摩天楼に仕えていた
だから暗殺者として摩天楼が仕えるに値するか値踏みしていた。そして、摩天楼は仕えるに値しないと判断し警察に売った
育ててもらった恩はどうした?だから肉親の情を捨てろと摩天楼に命じられていたからですよ
捨てる以前に持ってなかったと思いますけどね
俺たちは摩天楼を父親だと思っていませんよ。遺伝子提供者です
あと母親のことも同じです。そうでしょう。絵本を読み聞かせてもらったことも添い寝してもらったこともないですからね
最初に教えてもらったことはナイフで人を殺す方法ですよ。ナイフを投げて動く的に当てる
虐待だとか非道だとか言わないでくださいよ。それは表社会のルールであって暗黒街では普通のことですから
俺が間違っているみたいに聞こえるので反論しないでくださいね。それと暗黒街では俺はマトモな方ですよ
そんなことはない?いやいや会話ができる時点でマトモですよ。出会ってすぐに殺し合いを始める奴もいますから
マトモじゃない?だから刑事さんの常識を持ち込むの止めてくれません?俺は別に話さなくても良いですよ
話すのが犯罪者の義務?なら俺は何の罪を犯したんでしょうね。教えてくださいよ
暗黒街にいたというだけで問題?でも俺のせいじゃないですよ。俺を暗黒街で生んだ女のせいでしょ?
まさか刑事さんは首も座っていない乳飲み子がハイハイでもして暗黒街に入ったと言うんですか?
そうは言っていない?暗黒街に入ることが犯罪だから犯罪と分かった時点で出るべきだった?
俺は入っていませんよ。自分の意志で入っていません。暗黒街に産み落とされただけです
もっとちゃんとした罪で裁いてくださいよ。盗みをしたとか人を殺したとか
暗黒街への不法侵入?だから俺は産み落とされただけで入ったという認識はないですよ
入るというのは、縄張りから縄張りに移動することでしょう。俺は最初から暗黒街しか足を付けたことないですからね
もう少し話の通じる刑事さんに代わってください
あと暗黒街の住人は笑って人を殺せますよ。俺も素手で殺せます。驚きましたか?
はったり?なら試してみますか?別に俺は刑事さんを殺すことに躊躇いはないですから
これで罪が重くなる?刑務所に入ることもそこで生涯を終えることも大したことじゃないですから
表社会の人はそれで抑止できるでしょうけど暗黒街の人間は無理ですよ。人を殺すことは目の前を飛んできた蚊を殺すことと変わりませんから
人と蚊は違う?そりゃ生き物としては哺乳類と昆虫ですから違うでしょうけど、殺すという動作においては同じですよ
人には魂がある?昆虫にもありますよ。一寸の虫にも五分の魂と言うじゃないですか
むしろ虫は平気で殺すのに人を殺すのは躊躇うという心理が理解できないんですよね
動物も群れの中で足手纏いだと思ったら殺すし見捨てる。どんな人でも受け入れるという人がおかしいんですよ
そんなことない?足手纏いでも助けてもらえるのは赤子くらいですよ
刑事さんと話をしていると疲れますね。これなら何も言わずに聞くだけの神父の方がマシですよ
神を信じるのか?信じますよ。死ねば善人も罪人も全て神の許によって赦される
神は受け入れるだけで助けてはくれませんけど下手な偽善よりも救いがあります
偽善の何が悪い?偽善は悪くないと思いますよ。俺が嫌いなのは偽善だと自覚せずに善意を振り撒く人間です
そう丁度、刑事さんのような人間ですよ。言葉では罪を償えとか人を殺すのは間違っているとか言いながら助けの手を差し伸べることをしない
だってそうでしょう。暗黒街にいることが罪だと言うなら手遅れになる前に連れ出してくれなかったんです?
言い訳できませんよね。暗黒街のトップを捕まえるために都合の良いときだけ利用して誰も救わないんですから
本当に疲れました。殺す価値も無いくらいの人間を相手にするほど辛いものはないですね
あとは黙秘しても良いですか?何だか俺が犯罪者みたいじゃないですか
犯罪者に違いない?ならさっきから言っているでしょ。罪を教えてくださいよ
あぁ暗黒街に入ったはナシですよ。俺は最初に自分の意志で入ったわけじゃないですから
人を殺した?誰を殺したか教えてください。確か表社会では自白だけでは罪に問えないんですよね
そんなことは調べれば分かる?すごいこと言いますね。俺がいつ、どこで、だれを、どんなふうに、殺したか知らないのに分かるって
え?さっさと話せ?話すわけないじゃないですか。だいたい死体も綺麗に無いですよ
死体遺棄に死体隠蔽?と言われても困るんですよね。俺は殺せるけど殺したことは無いので
どういうことか?簡単な話ですよ。死なない程度に傷つけたんです。これなら傷害罪ですよね
そのあとに逃げたら殺人未遂?でも傷ついた人を知らない人が攫って行ったので俺には知る術が無いんですよ
追いかけろ?無茶言いますね。相手は車ですよ。走って車に追いつける人がいるなら見てみたいです
まぁ俺は止めを差したことはないので人を殺したことは無いんですよ
屁理屈を言うな?でも本当のことですしね。それに命令すれば人殺しをする子飼いの手駒がいるのに自分の手を汚す必要が何処にあります?
なら殺人教唆?でも命令できたんですけど命令したことも無いですよ
いい加減に本当のことを話せ?最初から最後まで本当のことしか話してませんよ。おかしなことを言いますね
それで俺の罪は何ですか?
摩天楼の共犯?でも俺は摩天楼を唆したことはありませんし、反対に摩天楼に命令されていた立場なんですけどね
それなら警察に助けを求めれば良かった?二十四時間監視されている状況でどうやって助けを求めるんです?
やりようはいくらでもあった?そのやりようを詳しく聞きたいんですよ。摩天楼の教育の中に外部への助けの求め方はありませんでしたし
俺は摩天楼がしてきたことを話すことはできますけど、自分の罪は何も話せませんよ
ただ見ていただけです。摩天楼がすることを息子という立ち位置で見ていただけです
犯罪を目撃することは罪ですかね
罪に問えない?漸く分かって貰えましたか。それよりも摩天楼の情報を売った暗殺者のアイツを捕まえたらどうですか?
捕まえることはできない?司法取引で罪が無くなった?
フフ、ハハハハハハハハハ、俺のことは犯罪者で、アイツは一般人。ずいぶんな扱いですね
同じ父親から教育されたのにアイツは外に連絡する術を持っていた?それはそうでしょう
何もおかしなことは無いですよ。暗殺者だからといって暗黒街でだけ仕事をするわけではないですから
摩天楼の命令で摩天楼にとって邪魔な表社会の人間も殺しますから。外の世界を知っていると思いますよ
俺は電車の乗り方も切符の買い方も信号の意味も知らないですからね
子供の頃に教わるはず?下手に外の世界に興味を持って脱走されたら困るから教えないんですよ
アイツも外に出ることになって初めて教えられたはずですよ
あと俺たちには名前が無いんですよ。理由?簡単なことです。名は体を表すという諺があることから摩天楼は名前で性格が決まることを恐れたんですよ
だからアイデンティティーというものを持っていない。自分が何者かということを自問自答することはない
俺は摩天楼の息子役、アイツは摩天楼お抱えの暗殺者役
可哀想とか思いました?親の愛情を与えられなかったと同情しますか?
でも外の世界でも子供に愛情を注がずに捨てる親もいますし、殺す親だっている
少なくとも衣食住は保障されてましたからね。餓死させられた子供もいるくらいです
むしろ彼らが親の都合で殺されなければならない理由を知りたいですね
表社会は慈愛に満ちて平和だと教えられたくらいですから
少なくとも摩天楼は本人の資質を加味して出来ないことを無理にさせることは無かったですよ
俺の話すことは以上ですよ。他に聞きたいことはありますか?
これから取り調べ?今までのは何だったんです?まぁ良いですよ
摩天楼がしたことを全て話せ?良いですよ。でも摩天楼がしたことは証拠が残ってませんよ
探せばある?無茶だと思いますけどね。だって血痕が見つかっても暗黒街では当たり前のことですし、身分を証明するものは持っていませんし
戸籍を辿る?暗黒街にいるような人間が戸籍なんて持ってると思います?生まれた子の出生届なんて出しませんよ
表社会から隔離されたところに身を寄せたいから暗黒街に流れ着くのに
表社会と関わらずにいた奴はいない?暗黒街は刑事さんが思っている以上に奥が深いんですよ
そんなことない?いつか必ず潰す?無理ですよ
だいたい摩天楼を捕まえて罪に問うことはできても俺はできないですし、アイツは刑事さんたちの手によって罪が消えていますからね
そろそろお迎えが来ますかね
迎えは迎えですよ。おかしなことを言いますね
※※※
「お迎えに上がりました。若」
「てめぇ、公安のくせに何してやがる」
「確かに身分は公安ですが、もともとは暗黒街の出身で若に仕える者です。スパイですよ」
「摩天楼は?」
「ご安心ください。恙なく終わっています」
「何をしやがった」
「簡単なことですよ。摩天楼は刑事に追及されるのが嫌で取り調べのスキを突いて自殺しただけのこと」
「そんなことをしてタダで済むと思ってんのか」
「暗黒街はただのスラム街じゃない。表社会の闇という闇を抱えている影なんです」
迎えとして来た男は最後に言い、拳銃で撃ち殺した。
面倒な刑事を。
凶悪犯を追っているときに銃弾を浴びて死亡。
家族には殉職として伝えられる。
自分が撃たれるとは思っていない刑事は驚きのまま息を引き取った。
人が死んだ様子を見ても何一つ感情を動かすことなく、男二人は部屋を出た。
「これからどうしますか?若」
「アイツと合流して暗黒街に戻るよ」
「良いのですか?暗黒街を守っても暗黒街の意味を忘れた表の人間が土足で踏み込んで来ますよ」
「構わないよ。暗黒街は影だ。影の中に何があるかは見えないものだからね」
「かしこまりました」
※※※
懐かしいことを思い出したよ。何かって?
昔に摩天楼と呼ばれる男が居てね。そいつの息子だったころのことだよ
思い出話をするつもりはない?まぁ聞きなよ。そいつはね、実の息子の手によって警察に売られたんだ
そして自殺したことになった。殺されたんだけどね
何でって。警察にとって都合の悪い情報を山ほど抱えていたからさ
その情報とは何かって?暗黒街は元々、犯罪者を押し込めるための町だったんだ
不思議かい?犯罪者を刑務所で抱えるにはお金がかかるだろ?だから衣食住も全部自分たちでさせて生涯を終えさせようと考えたのさ
廃村となった地区に集めて何をしても良い。田畑を耕すも人を騙すも全て自由意志だ
そんなことをすれば崩壊する?それが目的だよ。犯罪者が自分で崩壊していくことを望んだんだ
だけど中にはグループを作って生活を維持しようとした連中がいた
どんどん入ってくる犯罪者で毎日が地獄だった。そこで何をしても良いけど、最低限のことは維持するという暗黙のルールができた
生きていくために必要なものを自分たちで調達したんだ。幸いにも周りに村があったからな。家畜を盗んで自分たちで増やした
周りの村は警察に盗難届を出したが、犯罪者だけを集めた町は国の中でもトップシークレット扱いだから罪は無かったことにされた
犯罪者たちが欲しいのは生きていくための糧だからな。人に危害を加えることは本意では無かった
そんな風に時が流れて周りの限界集落も廃村となっていった。増えていく犯罪者は周りを飲み込んで大きくなった
中には特殊技能を持つ者も居たからな。ただの田舎暮らしから発展をしていった
広がるにつれて普通の町の側にまで来た
そうなると隠し通せない。でも公にはできない。国が方針に迷っているうちに普通の町がゆっくりと侵食されていった
普通の人は知らないうちに町から引っ越していくんですよ。言い方が悪いですね。自分の意思でです。何となく居心地が悪く感じて引っ越すんです
そうやって普通の人がいなくなると代わりに住み始め、勢力を拡大していく
近くのパン屋から始まり刑務所の中にいるはずの犯罪者たちが表社会でひっそりと働き出した
それを恐れた国は自治権を渡す代わりに町を大きくしないことを約束させた
と言っても口約束で守られるはずもなかった。国は後の暗黒街となるあの区域を封鎖するために特別管理区域とした
病原体でも撒いたのか?そんなことじゃない。病原体なら死者が出ないのはおかしいし特効薬の開発をしなければいけない
一般人が間違っても入らないようにするために国は暗黒街の下には未発見だった核燃料の元が見つかったことになった
発掘をすれば日本は非核三原則を掲げている以上は採掘できない
原子力発電所の燃料にできるが実際は存在しないから採掘できない
だけど一般人に採掘されても困るし企業に乗り込んで来られても困る
そこで特別管理区域の住人を用意した
暗黒街から外に出ないことを条件に国の管轄から外したんだ
これが表向きの理由で、核燃料が埋まっていると言われて掘りに行く一般人はいない
わざわざ国に睨まれたい企業もない
多少、他国が干渉してきたが、国家資源のためという理由で拒否した
偵察のために他国の人間が入り込んだが暗黒街の住人に殺された
そして暗黒街が定着すると同時に全国の刑務所から終身刑や死刑囚が送り込まれた
軽犯罪者は面会者がいるし、刑期を終える者が大半だからな。これで全国の刑務所の予算が削減された
暗黒街の住人の全てが成り立ちを知っているわけじゃない。暗黒街で生まれて死んでいった連中も多い
摩天楼は日陰の自分たちを日向に押し上げようとして殺された
今回、警察の人間が暗黒街のトップである俺を逮捕したところで暗黒街は無くならない
なぜ話したのか?簡単なことだよ。俺を逮捕した君は生まれも育ちも表だけれども根底に流れる思想は暗黒街の住人である俺たちと同じだ
否定しないということは自覚があるわけだね。俺の跡を継げそうな人間がいなくて困っていたんだ
暗黒街は今も昔も罪を犯した者たちの受け皿だ。そして罪を償い更生はできないけれど一般人に危害を加えたいわけじゃない
そんな狭間で苦しむ者の最後の砦だ。だから行き場のない者たちは暗黒街を守ろうとするよ
暗黒街から出ることは死を意味する。一歩でも出ることは許されない
あぁでも摩天楼の子供で表社会に出た者が何人かいるね。五才やそこらで表社会に出たからね
記憶なんて持ってないだろうし、それに生まれた場所が暗黒街だっただけで本人が選んだわけじゃないからね
これくらいは許されても良いでしょう。少し喋り過ぎたかな?そろそろお迎えが来るかな?
最期に言い残していたよ。暗黒街は無くならない。そして歴史は繰り返す
年寄りには長丁場は堪えるね。他に聞きたいことはあるかな?
※※※
一発の銃声が響いた。
暗黒街のトップに長年君臨していた者としてはあっけない最期だった。
「・・・終わったのか?」
「警視庁長官」
「・・・行くのか?」
「はい、被疑者の自殺を防ぐことができなかった責をとって辞職します」
「そうか、受理しよう」
一発だけ発射された拳銃と警察手帳と手錠を置いて男は部屋を出た。
歴代の警察官僚には暗黒街の意味を伝えられる。
そして、一定の間隔で暗黒街のトップを逮捕し、自殺させる。
新しく君臨するトップが生まれる。
※※※
「今でも夢に見るよ」
「何がデスカ?」
「暗黒街に入った日のことを」
「そんなに刺激的な日だったデスカ?」
「あぁいきなり殺されそうになったからね」
「暗黒街の人は皆、血の気多いね。出会った者は皆、敵」
「自分が息をするように人を殺せるとは思わなかったよ」
「確かに、外の人にしてはスゴイと思ったよ。でもあれから殺し過ぎね」
「そうかな?」
「そうね。暗黒街の住人が半分になってしまった」
「それくらいが丁度いい人数だと思うけど?摩天楼の時代に増やし過ぎたんだよ」
「摩天楼のことは知らないけど、表社会に殴り込みに行こうとしていたのは知っているよ」
「暗黒街は暗黒街のままでいなければいけない」
「でもね。たった五年で半分にしてしまうとはね。末恐ろしいね」
「そうかな?暗黒街の中の武器の流通を制限しただけだよ」
「武器はもっとも大切ね。相手が良い武器を持っていれば奪う。そのときに命も奪っていなければ自分が危ない。よく考えられているね」
「これで制限する必要は無いからね。解除するよ」
「また人が死ぬね」
「人が死んでも暗黒街には新しい人が来るよ。光と影はバランスよく成り立つものだからね」