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領主が鉄の女になるまで、そしてそれから

騎士の苦い悔恨

 スカイラーク家の三男、デンター=スカイラークは凡庸な男だった。相続に関われない貴族にありがちな騎士へと進路を定めた際にも、面接官に些細な瑕疵ばかりを気に掛け大局を見失うと評価された。

 それは決まりきった台詞であり、上位の席は次男以上で埋まっていることを遠回しに伝える言葉だ。言い換えると、デンターには序列を覆す才がないと宣告されたのに等しい。

 芸術家になれば成功したんじゃないか。地図に情報を書き込むデンターは、いつも力自慢の騎士仲間にそう侮蔑の笑みを浮かべられる。戦場に出る貴族は庶民出の騎士に目の敵にされ易いと悟るまでがいやに長かった。

 結果を出せないデンターは腹の中に怒りを溜めていた。彼等の常識通りせめて次男でなければ将軍にはなれやしないし、試合形式ならば生え抜き相手にデンターは勝機を掴めないだろうが、デンターは前線とは言え指揮官なのだ。

 故あって、王族や次期領主が受ける分不相応な教育を受けたデンターは政治に明るい。軍事目標と政治的弱点を密接に結び付けた地図は彼の数少ない評価の対象だ。けれども、地図に赤線を引いて切り取った土地の実は椅子に座った方々に悉く果汁を吸われるのみ。

 赤線の赤は紛うことなき血だ。死にたくない。己を部下を生かし、ひたすらに駆け抜けた歳月はデンターを強靭な男に造り変えていった。

 散りばめられた不安は臨機応変な作戦に練り上げられ、執拗な安全策は堅実な軍略に昇華された。些細な瑕疵を護り包む勇壮なる防人になれたのだ。

 生還者デンター。陳腐な二つ名を冠に載せられ、折り合いの悪かった騎士に認められたときデンターは不意に虚しさを抱いて涙を流す。

 「レイン・・・・・・」

 立身出世して想い人を娶りたいと願った昔。少年の夢物語は消えて現実がのしかかった日を思い出した。

 所詮、デンターは冷や飯食いの三男坊で彼女は次期領主。三男坊は甘い恋愛小説のような王子様にはなれない。刻み込む痛みは彼に赦されざる過ちを犯させた。

 デンターが政略での婚約破棄を痴情の縺れに書き換えたせいで、王と婚約者を手玉に取ろうとした悪女になったレインは年増呼ばわりされる年齢になっても未だ独り身だ。

  団長は泣くのではなくて、女を泣かせる男だと誤解していました。付き合いの長い部下が茶化しても溢れる涙は涸れない。

 「私が女を泣かせる?そうか、あの日レインは泣いていた」

 最後になるのだと、しっかり記憶したレインの顔は涙に濡れている。間違いなく泣いていた。・・・・・・なんだこの違和感は。あのレインが泣く?たかが男と別れたぐらいで?有り得ない。別れる段階でレインは捨てる立場に立つ、要らないものは切り捨てる。あいつは捨てた男など不敵な笑みで威圧する女だ。

 「気付いていたと言うのか」

 レインは全部分かった上で、私の心情を理解し泣いていたのだとしたら。

 馬鹿だよデンター。馬鹿。言葉の意味がまるで変わってしまうではないか。

 「好きな女がいる。私、デンター=スカイラークは君、レイン=ココスとの婚約を反古にする」

 触発されて自分の言葉をも復唱する。ああ、私は彼女に嘘を吐けなかった。好きな女が出来たと口にしていれば、今になって大の男が照れるような羽目に陥らなかったのに。

 レインが私を惜しんでくれたのが嬉しい。芽生えた感情の飾らない表現にこそばゆさを覚えて頭を掻きむしった。恥ずかしくて死ねる。だってあのレインが、レインが私を。

 「誰より大切な女を卑劣な手で陥れた。女は私を馬鹿だと詰って泣いた。これはどういうことだろうな」

 答えは求めていない。あの生まれながらの女領主が、不必要な悪評を甘受しているという事実がすべてだ。

 レイン。今一度顔を見に行って良いだろうか。曇って澱んだ空が似合いの後ろ向きな願いだった。デンター=スカイラークは大手を振って想い人と叫びたい女へ、建前では旧知の友として、かつての婚約者に謝罪に行く決意を固めた。



デンター「レインレインレインレインレインレインレイン」

レイン「馬鹿だよデンター。馬鹿」


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