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行旅に添えるガーニッシュ  作者: 萱津
・ 旅の一幕 
6/17

フレンチ・コネクション

今回は主君、ルカの視点。

今度の街はカップル向けの観光名所が多いらしい。だからなんだというわけでもないけれど。

ここしばらく晴れの日が続き街にたどり着くまではどこもかしこも灼けており、なかなかにしんどい思いをして歩いてきたのに、宿を決めて翌朝さあ名所を周ろうかという段になって大粒の雨が降り始めた。


しょうがないので私たちは宿に併設されている酒場で朝から飲んだくれている。

当初の予定、隣国の知人にほとぼりが冷めるまで匿ってもらう――というのを思い切り無視して行方をくらました筈の私たちであったが、先日父の放った優秀な刺客は見事てきとうに歩き回っていた私たちを発見した。

父の刺客は試すかのように私に襲いかかり、エドに返り討ちにされると父からの仕送りをくれた。

もし刺客をいなし切れていなければ無理やりにでも連れ帰る予定だったがあっさり成し遂げたのでこれなら旅歩きをさせても大丈夫だろう、ということらしい。


そんなわけで資金の心配がきれいさっぱりなくなり懐に余裕があるので雨の日を寝潰すのではなく酔い潰すことにした。


とはいえ本当に酔いつぶれてしまうのもしんどいので私は甘く濃い酒をゆっくりと舐めるように楽しむことにした。

私が大好きな杏子の酒、といっても果実を漬け込んだものではなく核を利用したもの。それからブランデー。ふたつの琥珀色を合わせたものに澄んだ氷を落とした。

氷のせいで値段が跳ね上がったから上がった分の値段きっちり楽しもうと思う。


杏仁のアーモンドのような香りとブランデーの華やかな香りに騙されることなかれ、酒の酒割り、けっこうキツイ。

けれどゆらゆら氷を回しているとだんだんと水が溶けだして徐々に口当たりもまろやかに軽くなっていく。


食事があまり好きじゃなかったから代わりに甘い酒を飲むのが昔から好きだった。だが彼と、エドと旅する中でそんなことも言ってられなくなり、むしろ食事が好きになり始めていた。

食事に合う様な酒はまだあまり詳しくない。


そのエドは別卓で見知らぬ男たちと大いに盛り上がっていた。私は大人数と会話するのが苦手なので早々にカウンターに引っ込んでひとり酒を舐めている。

意識したことは無かったが私は元の身分相応な話し方をすることが多いらしく大衆との会話は慣れていない。

そもそも飲みの席の経験が少ない。

立食では酔うほど飲まないし、父はあまり帰ってこないうえに母は泣き上戸どころか泣き下戸なので自宅ではひとりで晩酌していた。それと同じようなものか、今は朝だけれども。



なんとなくつまらない気持ちでカウンターにだらしなく凭れ、氷をぐーるぐーるとやっている。そんな私の気持ちを察したわけではないだろうけど、エドがこちらにやってきた。


「あの、向こうで名前を聞かれてんだけどどこまで答えていいものか。ありふれた名前だし構わねえとは思うんだが一応確認しとこうと思いまして」


「そのまま言ってしまってもいいと思うよ。偽名が必要なのは私だけだから。といっても仰々しすぎるからってだけだし。」


彼は元々庶民の生まれでいわゆる成り上がりだった。名前だって少し古いがその分ポピュラーなものだ。

一方私の名前は近い名ならメジャーだがあんまり聞いたことはない。家名なんかいったら一発で青い血を疑われる仰々しいモノだ。

長いし。

だから名前の愛称と家名の一部で誤魔化している。


「わかった。そういや俺の家名っていまどうなってるんですか。」


微妙な質問だ。おそらく、


「うーん、いまは無いんだろうな。」


エドは貴族の養子として王都に来るときに以前の名は無くしているが、その貴族もスキャンダルで縁を切ってしまっているから名乗ることができない。

とはいえ私も偽名もどきを使っている身。

彼は犯罪者でもないし旅先での名前なんて好きに名乗ってしまってかまわないのだ。


「私が使っているのはどう?フルニエ=アウメニアクムのフルニエの方。」

この家名、たどっていくと杏子になる。

私がとりわけ杏子の酒を気に入ってる理由のひとつだ。

ただ、私が杏子であるのはともかく、はじめにこの名を賜った人物。つまり私の父にこの名を授けた感性はちょっと理解しがたい。

父はいつも眉間に皺を刻んでいるような厳しい顔と性格の持ち主だから。

甘くて丸くて、しかも果物だなんて!

でも、ああ、エドワード・フルニエ、いい響きじゃないか。

それに名を重ねたら若い夫婦にでもみえないだろうか、なんてね。こっそり浮かれてたり


「いや、それだけは何があってもごめんですね。やっぱり実家のにしときますよ。」

浮かれてたり……。

ちょっと恥ずかしくて冗談交じりに言ったのに、エドは急に真顔できっぱりと断って元の席に戻って行ってしまった。

茶化して言ったからダメージがないかといえばそうでもなく、むしろ酔って浮かれてたぶん、少しだけ落ち込んだ。



「やだなぁ、私は母のように泣き上戸でもないのに。」


酒がまわっているからって些細なことで感傷的になり過ぎてよくない。

おまけにせっかくの氷が気づいたら跡形もなくなっていた。これじゃあさすがに薄すぎて美味しくない。

氷を入れたのが失敗になってしまった。

腹が立って一気に煽ったら、氷が解けきったとはいえまだまだ酒は強くて、心地よい酔いを一段すっ飛ばしたところまできてしまった。最悪だ。





昼前だけど、晩酌の時みたいに酔いが眠気を連れてきたからおかわりは頼まずに階上の部屋に戻ることにした。


ふて寝ではない。断じて。


ふて寝です(笑)

敗因はいらいらによる氷のまわしすぎ


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