はじめての野宿
小川と茂み、向こうには林。
後ろの魔法使いサマは歩きにくそうな木の靴で、みるからにへばっている。
この調子じゃ、どうやら野宿をするハメになりそうだ。後ろの方にとってはおそらくはじめてだし、まだ日はあるがこんな状態でこの方が生い茂る木々の間を抜けられるとは思えない。近くに水源がある場所というのは好都合だ。天候も暫くは荒れそうに無い。
本来なら前の町で休んでおけば野宿なんてしなくても良かったのだが、忠言したところで不興を買ったら嫌だなあとそのまま進んでしまった。だがここ迄の道程を省みるにしんどそうなのはあからさまに伝わってくるが意外と弱音や俺に対する不満は聞こえて来なかった。これは俺の失敗だったかもしれない。
本日はもう休む、と伝えたら珍しくずっと無表情だったのがわかりやすく緩んだのはちょっと笑えた。いつもあいまいに微笑んでいるせいでお上品な方々は考えが読みにくいと思っていたが、その分こういった表情を見たときは面白い。
俺には貴い方の機嫌を損ねて危うい事になった前科があるので、気紛れでとても気軽に人の首を飛ばせる天上の方の気を損ねまいと神経を張り詰めていたがこの方は高い場所の方にしては気性が荒くない質であるらしい。あいまいに微笑んでいる裏でどんなことをしているのやらと勝手に恐れていたが、この方の場合ほんとうにあいまいに微笑んでいるだけだった。この方の父上は苛烈極まりないことで有名だが。それとも既に高き方ではないというのは建て前ではないのだろうか。
そういえば前述の俺の窮地を救ったのはこの方であったし遠く高き塔から俺を見つめるその眼差しは何時だって穏やかで、穏やかで……穏やかだったよな?
いや、とても熱かったような気もする。俺があの塔を見るたびこちらを見ていた気がする。表情なんて正直わからない距離だったからおそろしかったかもしれない。
俺がそんな風に目の前の方の様子を伺っているとその人は鞄からいそいそと長パンを取り出して齧りついた。しかし日が経ったパンは固くカリカリと鼠の如く小さな欠片を歯で削りだして頑張っている。
こうしてみると雅さの欠片もないから少しは親しみが持てるかもしれない、いや、むりか。これだから白パンしか食べたことのない方は、というような感想が先に浮かんでくる。
パンは諦めて塩漬け肉を取り出すと、なんとそのままかじった。で、噎せた。本当に何も知らないのだな。堪らず俺が噴き出すと、睨まれた。ほんとうに、今日は珍しい顔ばかり見る。なんとなく得した気分だ。
「ああ、すいませんね。そんなに腹が減ってたとは。おっと、空腹でいらっしゃったとは。んん?」
そういうつもりは無かったがなんとなく嫌味っぽくなってしまった。以前もこれで窮地に陥ったのに懲りない舌だ。こうやってちょくちょくボロがでるが、そういやこの人は俺の立場をわかっていてあの時ひきうけたんだから少しは理解していただけるとありがたいな。
「別に。早く食事を終えて寝てしまおうかと思ったのだけど……おまえ、話しにくいなら無理に言葉を飾らなくてもいいよ。ここはあの国じゃないし私もあの国の人間じゃない。」
ありがたい申し出だがそれを真に受けていいのかどうかもう少し見極めさせていただいてからにしよう。あとで無礼者とか言われても困る。
「そのままじゃ食べにくいでしょう、少し時間を下さったらなんか作りますよ。せめて調理したら貴方もちゃんと食べられるでしょうから。そうだ、火を起こしといてくださいよ。」
火打の道具はあれどこの何も知らない人がちゃんと焚火にまでするのはなかなかに時間がかかるであろう事を見越してのお願いであった。その間に林から食べれそうな野草を見繕って水を汲みに行こう。周りに危険なものは見当たらないし互いに声の届く範囲なら問題ないだろう。
どれそろそろ火が起きなくて半泣きかな?というところで手を貸してやるかと戻ってみれば明らかに少な過ぎる燃料の枝に煌煌と火が灯されていた。そういえばこの人は魔法使いだった。人間の魔法使いってのはクソの役にも立たないくらいの奇跡しか起こせないと聞いていたのだが。可愛げのない。
鍋にみつけた根菜を薄く削ぎ落としてから塩漬け肉をブチ込み味をみる。少し塩気が多くなるように整えてから固くなったパンを崩してスープに溶かす。即席シチューだ。我ながら上出来だとは思ったが貴い方には馴染みがないようで木匙を握りしめて固まっていた。そして意を決してひとくち。
「まずい…………。」
流石に少し頭にきた。この先この人の希望通り旅を続けるのならこれくらいで文句を言われては困る。肉なんか塩漬けとはいえ良いものであるし俺からしたら美味いのだこれは。
「まずい。」
二度目。しかし言葉に反して匙を動かす手は止まっていない。この人はあまり食うたちでは無かったはずだからいくら空腹だったとは言え矛盾しているし先ほど空腹ではないと言っていた。照れ隠し、なのだろうか。だとしたらやはり、可愛げがある。かもしれない。
意地の張りどころがわけわからんが。結局おかわりまでして頂いたのでよしとしようじゃないか。
テントや寝袋は持ち物にない。この時期外套を体に巻けばすこし肌寒いがなんとかなるしまだそこまで本格的な支度のいる野営はする気がない。今回はあくまでイレギュラーな野宿だしこの辺りは危うい物もない。
物盗りがでるような場所ではないし魔法で灯された火があれば獣も大丈夫だろう。寝ずの番をして火の面倒を見る必要はないらしい。噂と違って便利じゃないか、魔法。
同行者と引っ付いて眠れば暖かくて丁度いいだろうがあいにく俺にはこの方を湯たんぽにする勇気は無いし年の割に性別の割に随分愛らしい姿をしているとは言え野郎臭いのはごめんだ。
とおもっていたが向こうからひっついてきた。突き放す勇気はない。野郎臭さを想像して夕闇の中一瞬顔を顰めかけたがなぜか香水も暫く使ってないのに甘ったるい香りがした。逆に俺の体臭が気になった。
今日のいろいろで少し距離が物理的に近づいて思ったが甘い体臭だなんてやっぱり住む世界が違う人なのかもしれない。
これから仲良くなります。
態度がキッツイ理由はそのうち