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行旅に添えるガーニッシュ  作者: 萱津
・ 白亜の街にて
16/17

庭園の主

 意図に従う、と口に出して話していたのがその誰かの耳にどこからか入ったのだろうか。


 これまで気づきにくい程度に行く手を阻んでいた蠢く白い壁が露骨な動きをみせるようになった。

いまも突然壁がゆがんで建物の隙間に路地が現れた。迷いなく妙な道を歩くルカに先導され……るのは護衛としてどうかと思い、先にその道へ入った。



 開けた道は、奇妙だった。

 道に沿う建物がすべて道に背を向けている。この道に面した入口を持つ建物は一軒もなかった。それどころか窓もほとんどない。


「ここは本来道ではないのかもね。建物の接する部分を無理やり道にみえるように押し開いたみたいだ」

 

ぽつりとつぶやかれた言葉に後ろのルカを振り返るとその背後にもまた奇妙な現象をみる。


「そのことを隠す気も無くなったみたいですね。」


 ルカの背後には来た道があってその奥には元々いた路地が見えるはずであったが、すでに道は無く不自然な角度で癒着したような建物があるばかりであった。もう少し進んだらもうちょっとマシな角度で元の形に戻るのだろう。


 そうして開かれたり閉じたりする道を進んでいくと何となく行かせたい方向がわかってきた。

 前方に緑の垣根が見えてくる。あれは最近人口過密になり家々の間が狭まったここでは珍しい広大な庭をもつ、この街で一番古い建物。この都市を治める市長の住まう邸宅だ。

都市とはいえこの街は何処の王族の支配も受けていない。物流の要としてこの街これひとつで独立している。つまりこの先に住む人間は小さな国の王に匹敵する。


「この大邸宅に先触れなしで入れますかね。」


 見上げるように大きな門は、基本的には街の壁と似たような白い素材であったが、作り上げるのにどれほどの手間と時間をかけたのか想像もつかないほど精緻なレリーフが彫り込まれていた。大まかな図案としては波を象形化したような模様を中心に、船に乗った人々や大きな荷物を積載した荷車などがあちらこちらに描かれている。この街の発展に関する逸話がモチーフなようだ。


「招待状も出さないくせに無理矢理招いているのは向こうだもの。入れないこともないだろう。たぶんこの現象の元凶は向かう先に待ち構えているだろうし。もしかしたら門もあの白亜の壁みたいにまがったり伸びたりするのかしら」


 近づいてくる壮麗な門構えにも臆することなく、ルカは歩いて行く。

 そういえば王城にあった門の方が大きかったか。公爵家の別邸にある門もなかなかに壮大だった。なにせメインモチーフが竜なので迫力がある。


「そんなおかしな門だったら、門番が、要らなくなっちまうだろうな。ああ、でも、居ますね。門番。」


 彫像のように動かないし彫像のような白い門に同化する真っ白なコートを着た、門兵が2人立っていた。斧槍についた見栄えのするタッセルが風に煽られてようやく気付くほど存在感が希薄だ。軍事施設でもないのにそこまで規律正しくする必要があるかと思えると様な微動だにしなさっぷりだが、よくよく見てみれば顔までずいぶん色白で見分けがつかない。


ある程度まで近づくと、これまで微動だにしなかった門番2人の首がずいぶん勢いをつけて同時にこちらを向く。

動作のキレが良すぎていっそ機械人形のような動きで門番が脇に退き、内側から重そうな門が開いていく。


 現れたのはこれまた真っ白な美少女であった。この華奢な少女があの重そうな門をひとりで開いたというのもおかしいから何かしらのからくり仕掛けでもあるのだろう。


「どうぞ、こちらへ。」


 言いながらも少女は俺たちの反応を待たず、さっさと踵を返して行ってしまう。


「では、行こうか。あれは別に私たちを軽んじているわけではないよ。たぶん。」


 少女もまた、門番たちと同じくキレがありすぎていっそ固く見える歩みであった。その動きは兵士ならともかく華奢な少女である故に門番たち以上に不自然に映る。

 そのまま真っ直ぐ玄関に歩いて行くのかと思いきや扉の前でぐるりち90度方向転換し、そのまま屋敷を周りこむ形となった。


 そうしてたどり着いたのはこの館のシンボルともいえる、広大な庭園であった。

 庭園の一角、噴水を臨む無人の東屋にたどり着くと、そこに茶会の準備がしてあるのが目に入る。ここで俺たちを招いた人間との会談があるのだろうか。

 だが少女は東屋を無視して噴水に近づくと、そのままじゃぶじゃぶと水の中を歩いて行ってしまう。

 そのまま噴水の中央に据えられた彫刻に座すと、そのまま彫像の一部になってしまった。少女は彫像であった。白いわけだ。門番も彫像だったのだろうか。

 彫像と化した少女を眺めていると突如声が響いた


《こちらへ――》


 その声は頭の中から、いや、街中から響いているようにも聞こえる。男にも女にも老人にも子供にも聞こえる。訳の分らない感じにあちこちから様々な風に聞こえるのでこちらと言っても、


「どっちだよ……」


 思わずつぶやくときちんと耳に響く応えがあった。


「おっと、間違えた。こちらへどうぞ」


いつの間にか東屋に真っ白な人物がたたずんでいた。やっぱり肌も髪も瞳も唇も大理石のように白く、纏っている衣服もたっぷりとした襞のある布としか言えないような彫刻にありがちなアレだ。


「また彫像か?」


「いいえ、私はこれら彫像達とこの白亜の壁の創造主。そしてこの街の管理者。そしてここの庭師。そして――ダンジョンマスターです。」

真っ白な男、たぶん声からして男だ。は両手を広げ大仰なしぐさでそう言い放った。



「…………は?ダンジョン?地下牢?」

なぜ地下室の主が庭師なんだ?というか偉そうに言うセリフなのか?



「なっ………!迷宮だよ迷宮!こちらの大陸には未だ我が一族は進出していないとは聞いていたが本当に知らないのか?ダンジョンを?仮にもそなた達は旅人なのでしょう

!?」


「なんで旅人と地下室の主が関係あんだよ……」

真っ白な男、旅人、彫刻、地下牢、そして迷宮。意味が分からない。俺が困っているとルカが口を開いた。


「なるほどね。あちらの迷宮についての話なら聞いているよ少しエドに説明してもいいかな?」


「ふむ。そうですね、頼みます。私にはその男がどこまで理解していないかわからないので貴方から説明する方がいいでしょう。そのあとで私が補足いたします。」


白い男がつけたす。


「では。南大陸では旅人達は一般に冒険者と呼ばれているらしい。魔力に満ち満ちた洞穴や森林、遺跡、つまりは迷宮を、パーティを組んで探索し貴重な品物を持ち帰って生活する職業の人々の事だ。簡単に言うとあちらの大陸の方が魔力が不安定で変なものがたくさんあるって話。」


「ふうん。じゃあその変な物の親玉みたいなのがコイツってことか?」


「いや、だいぶ違う……違うが人間の認識としては正しいのでしょう。我らは管理者であって主ではない。迷宮族は迷宮を生み出し、訪れる者の魔力を吸って迷宮に餌を配置し、迷宮を育てる者。」

白いのが口をはさむ。


「冒険者を釣って食い殺して餌作ってまた冒険者釣って食い殺す者?」

俺は揶揄交じりにまとめた。


「人間にダンジョンと呼ばれる迷宮を運営している迷宮族に限って言えばそうだがそれは一部だ。迷宮を畑にして只管動植物を殖やして農場の様なものにしてる者もいれば人間と一緒になって運営している経営者みたいな者もいる」

白い男は淡々と返す。


「アンタは後者か?」


「この街の政は人間の市長が行っている。私は大好きな白い壁を増やして捏ねて建物を作っているだけだ。勝手に人間が住み着いた。私と人間の関係はそこまで深くは無い。」


「なるほど、そうやって壁こねくり回して俺たちの邪魔をしたのか、アンタがどうやって俺たちの邪魔をしたかはわかった。だが、なんで俺たちの邪魔をしたかはわからねえな」


「ルーティカ、聡い貴方ならばもう理解できているのではないですか?」


「ええ?私?ええと、私に関係があって見知らぬ人でそれに人間じゃない……となると、もしや祖父絡みの?」


「その通り。私を産んだものを生み出したもの。2代前……人間でいうところの祖父にあたる存在は貴方の父親の父親、つまりこちらもまた祖父である人物と同じモノです。要するに貴方と私ははとこなんです。」


「なんで親戚だと邪魔するんだよ」


「親戚だから、というより祖父の強大な力を受け継いだ貴方の魔力を長いこと搾取したかった。というのが実際の理由です。まあ親戚に自分の街を自慢したい気持ちもありましたが。居心地の良い邸宅でしたでしょう?ですが気づかれてしまった以上もう引き止めたりは致しません。あなた方の機嫌を損ねて、せっかく気に入って戴いている私の白い街を傷つけたくはありませんから。お詫びに良い船を手配いたしましょう。南に飽きたらまらこの街に戻ってきてくださいね。良き棲家を整えて待っています。ええ、私たち、ダンジョンだなんだというより棲家を整えることが一番得意ですから」


一息に言い終えるとそこで終いとばかりに白い男は手を打ち鳴らした。噴水に成ったのとは別の彫像の少女が現れ、それ以上の質問は受け付けないとばかりに白い男の姿が掻き消える。

少女に土産物の入った紙袋を押し付けられ、あれよあれよという間に門から追い出された。


「なんなんだ急に!」


「話し疲れたのではないかな、饒舌に喋っていたけど普段人間と積極的に交流はしていないみたいだから。向こうの要件、説明と挨拶と謝罪が終わったから終わりってことじゃない?」


「勿体付けて出てきたくせに可笑しな野郎だ。あの説明じゃ俺には未だわからない事があるぞ、貴方とアイツの祖父とか。アイツが人外で貴方と祖父が同じで魔力が強くて、っておかしくねえか?貴方の血脈は国が保証してるっていうのに、まるで貴方が人外の血みたいじゃないか。けれど貴方の家系図は何代も前までしっかりしている」


「そのことについては、準備ができたらきっと話すから、もう少し待っていて欲しい。名目上は縁を切られて追放されたとはいえ、完全に繋がりが断たれたわけではないから。迷惑を掛けたくない人達がいるんだ。お前は、私の血筋が怪しかったら私に使えるのをやめるか?」


「まさか。俺からしたら貴方の祖父、つまり貴方の4分の1がどこの誰とも知れなかったとしても貴方が遥かに貴い存在であることは変わりない。それに貴方にすら見捨てられたら俺は野犬になるしかない」


「そこまでいうのなら、今は暫し口を噤んでいてほしい。頼むよ。」


そういって微笑む姿がはいつにもまして儚げであった。演技かもしれないとは思ったが今の俺にとってさして重要な情報でもない。第一説明されても複雑な貴族の血縁についてなど理解できない可能性もある。


「じゃあ忘れるので、なんかうまいもん奢って下さいよ」


「お前の給金の出所を考えると訳の分らない話になる気がするのだけれども……、まあいいか、お前好みの甘い物を探しておくよ」


「甘い物……ですか?」


「うん?気づいていないのか。お前けっこうな甘味好きだと思うよ」


先ほどの儚げな様子からは一転、ルカは楽しそうに笑むと坂道を楽しそうに駆けて行った。



次回 船出

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