メシマズ新妻ごっこ
誤字脱字など気づいたらお手数ですがご報告ください。
なんとなしに決めてしまった目的地ではあったがついに辿り着いてしまった。
ここは世界の中心にしてありとあらゆるものが集まるといわれている白亜の港町だ。白い粘土を焼き固めて作られた壁が立ち並ぶから白亜の港と呼ばれているのであって街の名前としてはきちんとしたものがあるのだが皆、白亜とだけ呼ぶ街だ。
海岸からは段々状の斜面になっていてどのエリアからでも大抵日当たりも見晴らしもいい。
おおまかに商業区と居住区に分かれていて、商業区付近は道幅もひろく着岸した船によって運ばれてきた積荷が馬車や荷車に乗って北大陸中に広がっていく。商人たちが滞在するための施設も多く存在するがあまり一般旅行者には解放されていない。ここで降ろされた積荷の一部は居住区の観光街で買うこともできる。
一方の居住区は細い階段が連なっていて、なおかつ多くの建物が密集しているので車輪のあるモノには不向きだ。居住区の中でもさらに区画がわかれていて別荘街と観光街がある。
観光街には旅行者向けの宿や、新鮮な海産物、船で運ばれてきた雑多な香辛料を用いた露店や料亭が立ち並ぶ。アクセサリーなどの土産物なんかもこのあたりで買うことが出来る。
外国の高価な品、たとえば宝飾品なんかを扱う店や希少な香辛料を使う料亭などの富裕層向けの価格帯である店はあからさまにそういうオーラを出しているが一般旅行者も金さえあれば入れないこともない。
だが別荘街ではそうもいかない。別荘街は明確に王侯貴族向けのエリアとそうでない部分に分かれているが、高い壁で区切られているので迷い込む心配はない。噂では向こうにはプライベートビーチなんかも付属しているらしい。
ここは年中気候も温暖であらゆるものが世界中から集まる。短期間でこの街を味わい尽くすのは無理だ。
とりあえずの目的地がここだったので次が決まっておらず少し長く滞在することに決めた。宿をまわって交渉を重ねていると俺たちが裕福そうに見えたのか別荘の購入を勧められた。
つい先日独居老人が孤独死した物件が格安で売りに出されているらしい。場所は別荘街の貴族区手前あたりだ。前住人が死んだ部屋ということで縁起が悪いので短期間でもいいから住んでみてほしいといわれた。俺たちが住んだ後ならもう少し高値で売れそうだからその差額がどうとか、つまり俺たちが買った時の値段から売るときの値段を引けば宿に長く滞在するよりも安くなるという話だった。
ちょうど、同じ場所に滞在するにあたって手持ちの金が多すぎるから街の金融機関に預けようかという話をルカとしていたのだが、信用できる機関をさがしたり手続きの面倒くささを考えると現金を建物に変えてしまうのもなかなかいいのではないかという話になり購入が決まった。
上層にあり少々階段の上り下りが多いがふたりともここまで歩いて旅をして来た身であるしまだまだ若いつもりなので問題にならない。
俺はいまさら顔も見たことのない人間の死なんかどうだっていいし、ルカも魔法使いサマとしてここには何も(い)無いという見立てを出してくださった。
とりあえず旅の持ち物であった携帯食を処分する方向で決まり、ここでの食材や料理を楽しむのは明日から、ということになった。
先日覚えた料理の腕を活かしたいとのことなので食事の支度はルカに任せ俺は新居の掃除を始めた。
遺体が腐って溶けたらしいあたりは臭いこそしないが石の床にそれらしきシミが残っていたので削り取って庭先に捨てた。きちんとした道具を使わなかったから少し目が粗いが、気になるようなら絨毯でも買って来よう。
古くなって香りの飛び始めた香辛料もすべて使い切ってしまおうという魂胆なのかずいぶんと複雑でスパイシーな香りが漂ってきた。
死体があった部分以外はある程度清掃がなされていたらしく掃除という面では俺はあまりやることがなかった。
食事を済ませたらあとは寝るだけなので寝室の様子を見たらシングルベッドが一つしかなかった。独居老人だったというので当たり前か。
宿の都合でなのかいらぬ勘違いでなのかダブルベッドに同衾したこともあったがこれはちょっといただけない。
同衾するときは意外にも関係を迫ってきたりはしない。そこだけは安心だ。だけれども自分にそういう気持ちを抱いているとわかっている相手と寝るのは少し恐ろしい。
居間の方にソファがあったから従者の俺がそちらで眠ればいいだろう。
家具もいろいろと買い揃えなければいけなさそうだ。もしかしたらこの買い物、全然安くついてないのかもしれない。
ほかにこの家の設備として、石の浴槽があった。
この街の上層は湧水が豊富でうちの庭からも沸いている。水を贅沢に使って日常的に湯船を使うことができる街なのだ。
使い方としてはこの浴槽に水を張ったあと、よく焼いた石をほうりこんで温度を調整して使う。燃料が高いからあまり使ってる家は無いが。それに暑い日に石がやけるまで火を焚きっぱなしにしておくのもつらい。
もう一つの方法として朝のうちに水を大量に汲んでおいて、昼間日差しが強い時間に浴槽に真っ黒な蓋をして中の水をよく温め、夕方浴槽の水が冷え切るまえに、手桶で汲んで浴びるという入浴方法がもある。こちらの方が一般的だ。
けれど暑い日に熱い風呂というのもなかなかにいいものだ。うちの魔法使いサマも熱い風呂が好きだから頼めばこの時期でも熱い風呂を用意してくださるだろう。
せっかくの魔法使いを便利に使わない手は無い。世間の魔法使いがどんなだかは知らないが。
同じ理由、燃料の問題で自炊する家も意外に少ない。下層に行けば安い屋台がいくらでもある。自宅の調理設備を使う必要なんて全くない。雨が続く日なんかは調理台のお世話になるらしいが。
けれどご主人様がせっかくおぼえたての料理の腕を振るいたいというのだから今日は構わない。
おそらく毎食手料理というわけにもいかないだろうし、屋台を利用する機会も今後いくらでもあるだろう。
暇をもてあました俺があらかた新居の設備を見回り終わると食事が出来上がったと声がかかった。
新居で覚えたての手料理をふるまってくれる美人新妻。とかだったら最高なのに、非常に惜しい。けれどあの人が女だったら二人旅なんて到底できないのでそんなIFは夢のまた夢だ。
相変わらずいろどりだけは妙に派手な料理だった。今回は主に雑多な香辛料のせいで見た目が派手だ。
けれど以前のロールキャベツで料理が下手ではないことが証明されているのでこれはどんな味がするのだろうか……。
「がはっ……!」
俺は吐いた。
スパイスに覆い隠されていたはずの、先ほどの掃除の際みかけた前住人の死に様を思い起こさせるような強烈な酸味とえぐみと苦みと刺激臭!!
できあがった料理は、見た目はいいし香辛料でよくわからなかったが腐っていた!
「ご、ごめんなさい、この食材あまり好きじゃないから味見しなかったんだ。美味しくないとは思ったがこんなものなのかと。本当に申し訳ない……。」
温暖なこの街の付近の気候でたどり着くまでに腐っていたらしい。世界の中心とまで言われるこの街は周囲もそれなりに栄えていたためほとんど野宿せず宿の料理を食べていたので気が付かなかった。
こんなものを美味しくないで済ませるなんて主人の偏った舌はまだまだ矯正の余地がありそうだ。
結局俺たちは下層の観光街まで飯を食いに行くことになった。
以前、友人が旅行の際、宿を格安でネット予約してくれ、いざ当日ホテルの扉を開いたらツインではなくダブルで絶句。という事件がありました。そりゃ安いわ……。
カップル向けだったのでしょうね、確認、大事。




