バーサス
帰る為に始めたこのゲーム。
結局帰り方が分からず、たまたま出会った女性プレイヤーのユーリに尋ねるが相手が悪く簡単には教えてもらえなかった。
おまけにめんどくさそうなウザい男性プレイヤーのパオまで現れ、最終的には帰る為にユーリと戦うことになる始末。
果たして主人公トーマvsユーリの決着は?
これまでのやり取りを察するにそれぞれ相手に色々と強い思いがあるらしい。
揃ってトーマを怒鳴った後に口を開いたのはユーリだった。
「とりあえずパオは黙ってて、私こいつに戦い方を教える代わりにvpもらうところなの。」
「なんと! ユーリちゃん直々に指導してもらえるとは、君は幸せ者だね!☆ミ」
間髪入れずにユーリがパオを罵倒したのは言うまでも無かった。
一方のパオは決めポーズがさっきと微妙に違う、どうやら複数ある様だ。
また漫才が始まったがこのままだと日が暮れてしまいそうなので意を決して間に入る。
「あ、あのさぁ……そのpvpってどうやってやるんだ?」
「あっ、そうだ忘れてた。じゃあ折角だからレイドにしてもらおうかな?ステータス画面開いたまま私の方見て?」
言われたままユーリの方を見ると頭の上に【Target】と書かれたアイコンが表示された。
「おぉー、視覚で感知してるのか? やっぱりスゲーなこれ! 」
「そのまま『レイドバーサス、ターゲットユーリ』って言って。」
「れ、レイドバーサス、ターゲットユーリ……?」
「わざわざレイドにしてポイント増やすとは流石ユーリちゃん!☆ミ」
そんな事言うと怒られるのに、と思ったがユーリはガン無視を決め込んでいた。
固い意思を持った女性は怖い……
するとユーリのアイコンが変化しメッセージが表示された。
【ユーリにレイドバーサスを挑みますか?】
【yes】【no】
「何か選択肢が出たけどどーすんのこれ?」
「2回早めに瞬きして。」
パチパチっと瞬きをすると半透明だったステータス画面が一気に赤く染まった。
耳に障るけたたましい警告音と共にイヴの声が聞こえる。
『レイドバーサスを開始します。』
「え!? 何だこれ! 画面が変わった! 」
目の前に広がった新たな画面にはトーマとユーリの名前、上段中央には30minと書かれている。
一般的な格闘ゲームのような画面だ。
「うぉぉぉ! これ、スゲー! 」
見慣れない光景を目の当たりにし驚くばかりだった。
「よーし、じゃあ始めるわよ。簡単に説明だけしてあげる。後はやりながら覚えてね。」
この後ユーリから少しだけバーサスの説明があった。
verbの世界ではプレイヤーvsプレイヤーが主流で勝つとバーサスポイントという物が貯まるらしい。
頭・胴・背中・腕・脚への物理的な攻撃がヒットするとポイントとなり3ポイント先取で勝利になる。
アンプルの能力は一度使うと5分間使えなくなる。
相手のアンプル能力の詳細については公開されず、ステータス画面にアンプル名だけ表示される。
過去にバーサスをした事があるアンプルについては表示されるらしいが初戦なので名前だけしか分からなかった。
「ちなみに私のアンプルは【聴く】よ。トーマのアンプルは……【代える】? うわ、相手した事ないやつだ。」
「その聴くってヤツを使うとどうなるんだ? 」
「ん、内緒。」
「うわ、ケチ!」
「誰がケチよ!教えない代わりに1ポイントだけあげるわ、手を広げて【ソード】か【ランス】か【シールド】って言えば武器が出るはずよ。」
言われた通りに右手をパーに広げてみる。
「じゃあ、【ソード】!」
そう言うと右手が光り、手にはシンプルな剣が現れた。
「おぉ! スゲー! 何かこういうの憧れてたんだよ! かっこいいー!」
興奮しながら剣を振り回してみたが妙に軽い。
「……これ、何か軽いけど剣じゃないの? 」
「剣よ、ただこの世界はステータス差を無くす為に武器がかなり軽いの。だからほら。」
そう言ってユーリは槍を取り出し、殺陣の様に物凄い勢いで振り回した。
「……ね? 女の私でも簡単に扱える。ちなみに斬撃でも刺突でも身体に当たれば同じ衝撃しか受けないの」
そこまで、リアルじゃなくてよかったと胸を撫で下ろす。
「試しにちょっと当たってみる? 腕出して」
そう言いながら前進してくるユーリに左腕を出すと槍でコツンっと叩かれた。
その瞬間、腕に平手で叩かれたかの様な衝撃がビリっと走った。
「いだっ!痛いぞこれ! 」
それに合わせてイヴがアナウンスしてくれた。
『ユーリ、腕へのダメージにて1ポイント先取。』
「えぇ!? 今のポイントなの!? 1ポイントくれるんじゃなかったのかよ!」
そう言うとユーリは無邪気に笑っていた。
「アッハッハッゴメンゴメン、それダメージだからポイントになっちゃったね。」
「なんと言う不意打ち! 流石ユーリちゃんセコいね!☆ミ」
パオは相変わらずダサいポーズでユーリを賞賛していた、この時ばかりはもっとやれ! と思ってしまった。
「うるさい! 黙っててって言ったでしょ! さて、じゃあそろそろアンプル使ってみる?」
するとユーリは左の掌強く握る。
そのままゆっくり広げると掌に小さな光が生まれた。
その光はユーリの付近を飛び回り、身体に当たったかと思うと消えた。
「さ、いいわよ。ちょっとその剣で殴りかかって来て。」
「……怪しい、けどやられっぱなしはつまんないからな! 行くぞっ!」
声と同時に駆け出す。
一歩、二歩と進んでもユーリは全く動く素振りは見せなかった。
剣を振りかぶり袈裟斬りを仕掛けた時、ユーリの耳が僅かに光った気がした。
ーーしかし、これは当たる。
そう確信し剣を振り下ろした瞬間、ユーリはスッと身体を左へ逸らし渾身の斬撃を回避した。
「なっ、よけっ…」
まさか避けられるとは思わなかったトーマの身体は勢い余ってそのままユーリの後方へと流れた。
「残念でした〜、ほいっ。」
ユーリは身体を開き、そのまま槍でトーマの背中を小突く。
あっと思った瞬間、トーマの背中に電撃が走った。
「いっだぁぁぁあ!!」
振り抜けた剣のスピードと背中の衝撃が重なり勢い良く地に身体を擦った。
『ユーリ、背部へのダメージにて1ポイント。合計2ポイント。』
こんなにも酷い有様なのにイヴの声は相変わらずだった。
「はーい、コレでマッチポイントだよー?このままじゃトーマ負けちゃうよー? 」
ユーリはニヤニヤしながらトーマの尻に話しかけた。
「うっ、くそぉぉお!ムカつく! 」
トーマは顔に付いた土を払い、立ち上がりながら歯を食いしばる。
「おいユーリ!今の何だよ! 絶対当たると思ったのに……何したんだよ! 」
「だからー、アンプル使うって言ったじゃん。」
「……それは分かるよ! そうじゃなくて!その、耳が光って……何で避けられたんだ?」
この世界をまだ知らないトーマにはさっぱり理解出来なかった。
ふふんっとユーリは腕組みをして自慢気な顔をしている。
すると後ろからコホンッと咳払いが聞こえた。
「ユーリちゃんの能力は【聴く】だよ!自分が指定した相手の声を聴けるのさ!口に出さなくても心の声も聴けちゃうなんて流石がユーリちゃん!☆ミ」
悪びれる様子もなくそう言い放ったのは相変わらずの決めポーズがダサいパオだった。
「何を勝手に教えてるの! あーもう最低っ! 」
さっきまでの顔は消えユーリは憤慨していた。
「ほぉー! すげー! そんな事出来るのか! 事前にどんな攻撃が来るのか分かったから避けられたのか……」
「そうよ、いいでしょ? まぁでも、素人のトーマが相手ならあんなテレフォンパンチ当たらないけどね〜♪」
鼻歌混じりの完全上から目線のコメントとドヤ顔がトーマの苛立ちを加速させた。
「くぅぅう! ムカつく!! 次はそうはいかないからな! アンプル使ったら5分再使用出来ないんだろ? 」
「…そうね、使えないわ。」
ユーリはトーマに背を向けそのまま駆け出し、続けて言った。
「だから私は5分経つまで逃げまーす!」
「えぇ!? 何だよそれ!! 」
トーマの言葉は虚しくもユーリには届かずあっという間に姿が見えなくなった。
横にいたパオを見ると相変わらずの顔でにやけていた。
「…流石ユーリちゃん! 卑怯だね! ☆ミ」
元々ムカつくポーズだったが今のポーズが今日一番ムカつくポーズだった。