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ニューゲーム

夏休みだからといい気になり、時間をたっぷり費やして遂にラスボスを倒した主人公。


感傷に浸っているのも束の間、突然鳴り出すスマホ。


受信したメールは彼が大好きなゲームの世界に誘うメールでした。


先程世界を救った勇者自身の運命はこの先どうなるのか。


そして勇者が選ぶ適性とは…


女性の声はやがて消え、ホログラム映像からのーージジジッという音が部屋に木霊している。


数秒の沈黙が流れた後、先に口を開いたのは呆気に取られ勇者だった。


「え? 何そのバーなんとかって……と言うかここどこっ!? 」


辺りは一面白い壁、いくら見渡したところで何も変わらない。


つい先程まで勇者だったその男はRPGによくいる村人Aと言っても過言ではなかった。


「えー!? これ、ちょっ……さっきメール見たら……あっ! てかゲーム……あっ! まだセーブしてねぇ!」


口から漏れる言葉よりも少し早く彼の脳は記憶を整理する。


そして、彼の脳が最終的には弾き出した言葉はーー






ーーこれは無理ゲー








もう為す術は無く、只々落胆するしかなかった。


しょうがないよと自分を慰め、心の平穏をなんとか取り戻す。



ゲーム好きが功を奏した。



無理ゲーだと考えると思いの外立ち直るのは早かった。


そして意を決し、ホログラムに向って喋りかける。



「……あのー、ここはどこですか? 」


相手は立体映像なのにも関わらず、顔色を伺う様な顔をしている。


さしずめ解像度を伺う、といったところか。



すると高解像度の女性は口元の映像変化させ、答えた。


『ここは選択の間です。 さぁ、貴方のVerb amplをお選び下さい。』


「ちょっと待った! ここが選択の間って事は分かったけどあなたは誰なんですか? というか何で俺はこんな所にいるの? 」


『私はverbの案内人、イヴと申します。 あなたはverbの世界にいらっしゃったプレイヤーです。 』


「案内人……俺がプレイヤーって事はやっぱりゲームの世界なのか…… その、バーなんとかって何? 」


『verbです。 ではまずverbについてご説明致します。』



ーー説明は至極簡単で分かりやすいものだった。


イヴが言っている事は要するにこうだ。



この世界はverb【ヴァーブ】と呼ばれるゲームの中。


verbとはvirtual emotion reinforcement battleの略。


日本語にすると【仮想感情強化型戦闘】といった感じだと思う。


この世界におけるプレイヤーはライフポイント・フィジカル・スピード等の能力差は無い。


その代わりにプレイヤーは最初にverb amplヴァーブアンプルという能力を選択出来るらしい。


その能力の種類はverbの和訳である【動詞】に由来した物。


そしてイヴが俺に提示してくれたアンプルは【進む】【代える】の2つだった。



「なるほど……ところで、仕様は分かったからこのゲームまた今度でもいい? 帰ってゲームのプレミアムエンディング見たいんだよね。」


そう言いながら男はスマホを手に取ったが液晶は真っ黒で何も表示されていない。


「あーあ、携帯の電源も切れてる。 どうやったら帰れるんだ? 」


男は呆れ顔でイヴに問いかけた。


『verbからの退出であればヴァーブアンプリファーの青いボタンを押して下さい。』


「ん? アンプリファー? 何それ? 」


『現実世界で政府期間から配布されているはずです。 お持ちでは無いのであれば個人IDをご申告下さい。』


「持ってないと言うか、知らない……」



ーーおかしい。


そもそも突然こんな状況に立たされた時点で普通ではないが、イヴから聞いた現実の話は自分が知っている世界ではなかった。


「おい、何だよ世界政府って……そんな話聞いた事ねぇよ。 」


たった一言で頭に不安の種を植えつけられた。



「どういう事をだよ! 帰れないって事か? そもそも世界政府って何なんだよ!」


不安を隠すように荒げた声は恐怖心に負け、震えていた。



ーー俺が知ってる現実の話じゃない。


今日まで自分が体験し、自分以外の人間も共有してきた事実。


その事実とは違う話を現実として突き付けられた。


自分が知っている現実世界の中で言われたのであれば聞く耳は持たない。



だが今回は違う。



ここは自分が知らない場所、当たり前のように言われた事は自分が知らない事。


つまり状況的には【自分が異端である】という事になる。


男が狼狽しているとイヴは様子を察する事なく質問に応えた。



『かしこまりました、では世界政府についてご説明致します。』


そう言うと新たに世界地図のホログラムが現れた。



『2034年現在、南極大陸を除く6大大陸にそれぞれ大陸政府という機関が設けられー


ーちょっと待った! 2034年!? 今2014年だろ!?」


男は目を見開き、イヴの方へ顔を向けた。


『現在、世界標準時刻で2034年8月9日14時25分です。』


「え? それは流石にないだろ、だってさっきまで2014年だったんだぞ? 」


あまりにも現実味の無い話を受け止め切れず、乾いた笑いがこみ上げた。


しかし非情にもイヴは機械的に応えた。


『特にシステムエラー等は検出されませんでした。 時刻は間違いございません。』



「……へ? だって、え? 」


もう話の内容が自分の常識とかけ離れ過ぎている為、問答すら成立しなくなっていた。




ーーどれくらいの時間が経っただろう。



暫くの沈黙が流れ、自分が何とか出来る世界ではない事を知った。


俯いたまま男は呟く。


「イヴ……俺は元の世界に帰れるのか?」


『個人IDをご申告下さい、もしご存知ないのであればゲーム内でご確認下さい。』


「ゲーム内で確認出来るのか!?」


顔を起こし思わず歩み寄った。


『はい、ステータス画面に表示されます。』


「それ最初から言ってくれよぉ〜……」


男は今まで抱えていた不安を溜息と一緒に吐き出し、その場に座り込んだ。



力が抜け安堵感に包まれたのも束の間、イヴの声が空気を変えた。


『ゲームを開始されますか? 』


そう、ステータス画面を確認するという事はゲームに参加するという事だ。


うなだれている暇はない。


そうと決まったら今出来る事は少しでも情報を手に入れる事しかなかった。


「……よしイヴ、この世界の現実とゲームの事を教えてくれ。 」


『はい、かしこまりました。』



ーーそう言ってイヴは変わらない調子で説明を始めた。




この世界は男から見て未来の世界。


2034年では子供のうちに適性判断をし、長所を伸ばす為に適性別の教育をするそうだ。


その適性はVeritable bentヴァリタブルベントと呼ばれ本当の適性という意味だとイヴは言った。


進学に併せて教育も専門的な内容になり、将来的には適性に合った職業に就ける世の中になっているらしい。


適性の恩恵を受け様々なジャンルの技術が進歩し、その適性を活かしたゲームとしてverbが開発された。


verbの中では現実世界で政府から配布される適性情報が記録されたアンプリファーを使い、verb amplの候補能力を査定する。


男の場合、アンプリファーを所持していない状態だが選択肢が出てきたらしい。


そこはイヴにも分からないようだった。



「ふーん、なるほどね。 このアンプルって他にもあるのか?」


30分程経過しただろうか。


男はこの世界を理解し、気付けばゲームの内容を聞くことに集中していた。


ゲームに参加してステータス画面を見れば帰れるはずだがゲーム好きの悪い所だ。



『はい、ございます。 しかし選べるアンプルはそのプレイヤー毎で変わります。 』


「ほー、どんなのがあるんだ?」


『ゲーム進行中に現れる他のプレイヤーの能力をご参照下さい。 』


「教えてくれないって事かな、まぁいいか。」


男は頭を掻きながら口を尖らせた。


「……進むと代えるか、んー。 能力がみんな同じなら代えるの方が有利かなー? 」


『基本的にverbの世界では能力の優劣がほぼありません。その代わりに自分が選択した能力を活かす為の発想力により、戦闘に大きく差が発生します。』


「ほほー、例えば?」


『それはゲームの優位性に触れる内容の為お伝え出来ません。 』


「ちぇ、ちょっとくらい教えてくれてもいいじゃん……」


口を尖らせ男は小さな溜息をつき、ゆっくりと目を閉じた。


「……さて。」


そう呟いて深く考え込み始めた。


いつもゲームで行き詰まった時の癖がこんな時にも出ていた。



ーー数分の沈黙が流れた。




ーーやがて男はゆっくりと、大きく息を吸い込む。



ーーそして一瞬、息を止めて目を開き決意を吐き出した。




「よしっ! イヴ、【代える】だ。」



『かしこまりました。それではフィールドへ転送を開始します。』



その決意を合図にイヴと男を囲んでいた壁は細分化され、虹色に輝き展開した。


「ウソ!? これホログラムだったの!? スゲー! 」


男はこの部屋に来た時と同じ様に辺りを見渡した。



『……転送の準備が出来ました。貴方のアンプルは【代える】です。 必ずやこの世界を救って下さい…… 』


「イヴ、色々教えてくれてありがとう。」


めまぐるしく変化するホログラムに照らされたイヴの顔は微笑んでいるように見えた。


『ご武運をお祈りしております。』



辺り一面が複数の光で溢れ、目を瞑る瞬間に聞こえたのは相変わらず電子的な女性の声だった。



『ようこそverbの世界へ、それではゲームを開始します。』


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