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短編集

告解

作者: みっけ

 告解――――その言葉の意味は知っております。

 きっと、この言葉は私のこれから行う行為にふさわしくはない言葉なのでしょう。

 なんと恥知らずな、そう罵られてもかまいません。ああいえ、慌てないでください、そうされても仕方のないことを口にするのは私のほうなのですから。

 それでも、あなたには聞いていただきたい、そう思って私はここに参りました。どうか、小娘の世迷いごとをお聞きください。

 最初の出会いはただただ、事件の始まりでしかなかったのでしょう。

 偶然とも必然ともとれる、ただの不運。

 今では国内で、ニュースに耳を傾けたことのある人なら、新聞を読んだことのある人なら、だれもが知っている私たちの出会い。

 そんな出会いから始まる物語はいつも悲しみと恐怖を秘めています。

 私を見て涙を流す方も腫物として扱う方も、たくさんの方と出会いました。それでもそれはけして、『私たちの真実』ではないのです。真実は一つではないと私はこのたび知ることになりました。皮肉なことに渡しは物語の結末を知ることで真実の変わり様を知ってしまったのです。

 いえ、これではまるで私だけの特別のよう。こんな物語の始まりはほかにもたくさんあるのでしょう。そうして、結末も一つではなかったのでしょう。

 子供だからこそ目の見えない私には気づくことなどできなかったのですが。




 ただ美しいものを取りたい写真家は、ある少女に目を付けました。

 けして美しいわけではない、その少女に目を付けた理由を私は知ることができませんでした。それでもその男は少女を手に入れようと考えたのです。

 少女はただ物語を紡ぐことを愛しておりました。彼女の目には世界がとても退屈で、つまらない平凡でしかなくて、彼女が心躍らせる冒険も涙を誘う悲恋も心を締め付ける恋愛もすべて文字の中にしかないと思って居ました。

 だからこそ少女は目を覚ました時、衝撃を受けました。

 そこはただの廃墟でした。崩れかけた廃墟、廃墟と化す前はどんな姿をしていたのか、想像することすら放棄されたその場所に差し込む光に少女は確かに(物語)を感じ取ったのです。

 男が少女に対して働いた行為はただの誘拐事件です。許されることではない、男も少女もそれを理解していました。

 ただ、男は少女を写真の中に閉じ込めました。連れてきてすぐの、目を覚まさない少女を映したその写真は廃墟と相まって生気を感じさせない、それでいて神々しさすら感じさせるものでした。

 男は少女に写真の被写体になることを求めました。

 少女は男に己の物語の利き手を、読み手を求めました。

 閉じられた空間で、二人はお互いに最高の理解者を手に入れたのです。

 拙い言葉でつづられた物語を男は必ず最後まで読み、褒め称え、辛辣な言葉で意見を言葉にしました。

 男に言われるがままに少女はその廃墟でカメラの前に立ち続けました。

 非現実的な風景の中にたたずむ娘の写真。少女はそれが自分ではないもののように思いました。それほど幻想的で、非現実的で、少女が考えていたつまらない平凡な世界とかけ離れていたのです。

 男は写真を現像することなくデータとして保管していました。小さな記録媒体の中には少女以外にもたくさんの美しい写真が大切に保管されていて少女はその写真を物語にすることを覚えました。

 自分では到底見るのことのできない世界。それはすぐ隣にあるものです。

 雨を嫌う人がいるそばで雨に感謝する人がいる、それが世界というものなのですから。

 少女はその感動を、衝動を文字として昇華し続けました。次第に洗練されていく少女の文章に男は幸せを感じていたようでした。

 写真を撮られる時以外の少女はとても自由でした。

 己の思いを文字にして、または廃墟の中を探索して。

 少女の誘拐が大きく報道される前までは近くの店に買い物に行くことも許されていました。

 男の付き添いがあってのことでしたが少女にとっては悪いことではありません。

 または一つの石を置いてこの石について男と語り合うこともありました。

 この石はどんな生まれ方をしたのか、なぜ灰色と呼べる色をしているのか、本当にこれは灰の色なのか、男と少女の子の遊びを少女はとても気に入っていました。

 こんなことを口にしては叱られても仕方のない話ですが、今現在のほうが多くの束縛を受けた窮屈な生活を押し付けられているのです。ほかの人々がそうであるように、またはそれ以上に。

 廃墟は時に病院となり、学校となり、レジスタンスのアジトになりました。時に滅びた国の城となり、砦となりました。

 それは同時に少女にとっての城でもあり砦でもありました。

 幻想的にさすこむ光。ガラスのつけられていない窓であっただろう場所から見える緑。夜は月と星の光に包まれて目を閉じるのです。

 男は少女の体調にとても気を使っておりました。被写体に倒れられては困るからという理由だったのかもしれませんが、少女が廃墟に住むことを嫌うことがなかったのはそのおかげだったのでしょう。少女は、そう、とても幸せだったのです。

 男は少女をとても大切にしていました。たくさんの思い出を、知っている物語を、写真を撮りに行った場所についてを、少女に教えてくれました。

 そこはこの世界に残された最後の楽園。

 少女は男の話に耳を傾け、緑を見つめ、水を跳ねさせ、光の中踊りました。

 時には一緒に落書きをしたり、料理をすることもありました。少女より男のほうが料理は得意であったので、少し少女は拗ねたようでした。

 不思議と、家が恋しいとは思いませんでした。元々少女は家を透いてはいなかったからということもあったのでしょうが、『家族』よりも男のほうがちゃんと温度を持っているのです。

 家庭より仕事を優先する父親、父親からの関心を失わないために己のことばかり気にする母親、家の中に少女の居場所なんてありませんでした。

 少女が生まれたのは母親が父親を、今は父親であるその男を手に入れるためでした。

 それが適った今、母親にとって少女などどうでもよい存在だったのです。

 だれもいない家に帰り、冷凍食品を夕食として口に入れる。

 たった一人の食卓、ひとりぼっちの家。

 そんな場所に比べて男との空間はとても暖かなものでした。

 料理を失敗しても男はそれを口にしてくれ、そしておいしいというのです。成功すればほめてくれるのです。

 何より、自分の感情を言葉にして伝える相手がいるのです。どうして、こんな素敵な場所を自ら手放すことができるのでしょう。

 男もまた、ずっと一人でした。

 写真を撮り続けて、たった一人で旅を続けていた男が肌身離さず持っているロケットペンダントには誰の写真も入っていないのです。それを、少女は悲しいと思いました。

 少女は男に二人の写真を撮ろうと提案しました。それは勇気を振り絞った、少女の行動でした。男にとって写真は芸術品であり、もしかすると思い出の写真という考えを理解してもらえないかもしれない、そう思ったのです。

 そんな少女の怯えは杞憂でしかありませんでした。少女が勇気を振り絞った次の日、男と少女は二人の写真を撮りました。それを、そのペンダントに大事にしまいました。

 ある日少女は廃墟の中で二つの指輪を拾いました。

 正確に言えば指輪なんかではない、キーホルダーなどをつなぐただの鉄の輪だったのでしょうが少女にはとても神聖なもののように感じました。

 二人ではめようと提案する少女に男は苦笑しました。

 「貴女がもし大人になった時に同じ言葉を私に伝えてくれたら、今度は本物の指輪を貴女の指にはめましょう」

 男はそう言って微笑みました。拾ったリングは、結局少女には大きく男には小さすぎて二人ではめるという少女の願いはかないませんでしたが、それでも少女はうれしかったのです。絶対だからと何度も指切りをしました。

 ええ、少女は、私は幸せでした。たとえそれが口約束でも、彼との間にできた大切なつながり、約束。

それを喜ぶ私を見つめる彼の柔らかな表情を忘れることは、決してないでしょう。




 男と少女、二人の時間は長いようで短く、短いようで長いものでした。

 その間に二人とも誕生日を迎えてささやかなお祝いをすることができたのはきっと、誰にも祝福されない二人への、だれかの慈悲なのかもしれません。

 そう、それは幸せでした。その時間は、幸せでした。だれがどんな名前で汚そうとも、二人にとってはそれは幸せな時間でした。

 理解してほしい、なんてことを思ってはいません。押し付けるつもりはありません。

 ただ、聞いてくださるだけでいいのです。

 そしてあなたも忘れないでください。

 幸せとは長く続かないもので、その終わりは必ず来るということを。

 奇跡のような出会いをした二人の幕切れは突然で、あっけないものでした。

 ここにいなさいと告げる男に少女はいやだと首を横に振りました。

 「ここで別れれば二人とも助かるでしょう。それがいいのです」

 きっと、それはまやかしかもしれません。たとえ人質が助かったとして、犯人を追うことをやめるものでしょうか。

 いえ、男の言葉は正しかったのかもしれません。二人一緒にいるよりも、安全だったのかもしれません。

 どちらにしろ少女は首を縦に振ることが正しいと頭では理解していました。

 それでも、首を横に振り男にしがみついてしまったのです。

 「連れて行ってください、私は、あなたと一緒にいたいのです」

 少女は頼みました。困った顔をした男に、同じ気持ちを押し殺す男に、自分を大切にしているが故の言葉をくれた男に。

 最後には男は少女を連れて行くことに同意してしまいました。

 男と少女は同じなのです。居場所などもとから持たないのです。だから、別れることほどの苦痛を受けるくらいならと思考を麻痺させてしまったのでしょう。

 二人はお互いの手を握り、二人の砦でありしろ出会った場所から出ていきました。

 止まれ、と。そう叫ぶ声を背後に聞きながらも走りました。

  走って、走って、走って。

 後ろの男たちから、現実から、すべてから逃げようとしました。

 無駄な抵抗。二人が逃げ切ることができるはずもありませんでした。

 少女は自分を助けに来たのだといいながら銃を構える男たちに恐怖しか覚えていませんでした。いったいどこに銃を向けられて安心する人がいるのでしょうね。

 震える少女の手を強く握り大丈夫だと笑う男の微笑みの方が何倍も少女を安心させました。

 ただ、同時に不安にもさせました。彼はこういったのです。

 「大丈夫、貴女だけは守ってみせるから」

 とても力強い言葉でした。とても強い決意の言葉でした。それを聞いた少女は、しかし、背筋が寒くなるのを感じました。

 どうして貴女だけはというのでしょう。どうして、そんな微笑みを浮かべるのでしょう。

 自分について何も言わないまま、男は少女の手を引いては知りました。

 彼はすべてわかっていました。己の罪の重さ、男たちのこと、そして、自分の気持ち。

 優しく微笑んだ男は絶対に少女が男たちの銃の射線上にならぬ様かばいながら走り、懐に手を入れました。これをと少女に何かを渡そうとしました。

 その動きを危険だと判断した男たちのうちの一人が、ついに引き金を引いたのです。

 銃というものはその威力や重さに反して、軽い、乾いた音がするのですね。まるで人の命の様に。

 人の命は重いと大人は口をそろえて言っているのに、大切だというのに、あんなにあっけなく簡単に失われるのです。

 急所のすぐそばにあたったその銃弾は彼の体内に残りました。男は確かに少女への誓いを守ったのです。少女を、守り切ったのです。

 助からない傷。助からない命。

 男は泣きじゃくる少女にそっと、ペンダントを手渡しました。彼が大切にしていた、二人の写真の入ったペンダント。

 連れて行ってくださいと少女は男にすがりました。一人はもう嫌です。彼がいない世界に居場所など存在しないのです。

 それでも男は、彼はそれを許してくれなかった。嘘吐きと詰っても、嫌いだと叫んでも。

 少女は今でも後悔しているのです。意味のない、届かないからこそ後悔というのでしょうね。彼のことを嫌うはずもないのに、彼もわかってるからこそ微笑んでいて。

 男たちは、警官たちは危険だからと少女を男から引き離そうとしました。

 それを振り払おうと暴れる少女を止めたのは、彼でした。

 「あの人たちの言うとおりに」

 そう大切な人に言われてしまっては、そうして血の塊を吐き出す男を見てしまっては、少女は抵抗もできなくなってしまいました。

 警官たちにつかまったまま、少女はずっと男を見つめていました。

 男の命が尽きるまで、忘れてたまるものかと、目をそらすものかと、その男の一生の終わりを、その目に。

 死ぬその最期の一瞬までも。それこそが少女にできる唯一のことでした。

 このまま世界が終わればいいのに。私のこの心臓が止まればいいのにと願いはしたものの、彼が守ったものを己の手で壊すことだけはどうしてもできませんでした。

 少女は病院へ、男は、どこかわからない場所へ運ばれました。

 久しぶりに対面した両親は涙を流し、私の無事を喜んでいました。

 母は今までの行いを恥じ、悔い改めたと縋り付きました。

 父は今まで疎かにしすぎたと家族の絆の大切さを泣きながら語りました。

 二人は変わったのでしょう。少女が変わったように。

 全て男のおかげ。それでも二人の口からは男に対する憎悪の言葉しか、憤怒の言葉しか出てこないのです。

 その言葉を聞きたくないと暴れ、両親に暴言を吐いた少女はたいそうご立派な病名をつけられ、精神のお医者さんに引き渡されました。

 世間では悪魔と呼ばれた男をかばうのはなんとか症候群という病気なのだそうです。

 そういう事態はこれまでもあったのだそうです。

 少女の幼くもまっすぐな恋は、病気なのです。

 少女は自分が正気に戻ったと理解してもらうためカウンセリングを受け、大人たちに従順になりました。男への悪意に対しても激しく反応しなくなりました。

 ようやく安心した両親と医者へ、男はどうなったのかと尋ねました。

 最初は教えてくれませんでしたがようやく教えてもらえた時、彼はもう灰になっていました。

 家族もいない犯罪者。墓などありません。

 もし残っているのならばと少女はその灰を引き取りたい旨を両親に告げました。

 まだ錯乱しているのではと心配する二人にはたとえどんな悪人であっても自分を殺さず生かしてくれたことへの感謝、そして安らかに眠る権利があるのだと訴え、頼みました。

 何故かその言葉を聞いた大人たちは少女を健気な優しい子だと、悪を憎まぬ天使のようだと口々に褒め称えていましたね。知らないということはうらやましいことです。

 物事の本質さえ見なければ、そのような反応ができるのですから。

 そうして、少女は――――私は彼とここに来たのです。

 私の用をご理解いただけたでしょうか?




 そう言って黒い長袖のワンピースに黒いタイツ、黒い靴、黒い髪飾りとまるで喪服姿のような少女は微笑んだ。

 それはけして、年齢が二桁に達したばかりの子供の見せるものではなく、彼女がまさしく女なのだと、人と恋の一生を知ってしまった女なのだと納得させるだけのものがあった。

 「私は幸せでした。彼もそうだった、私はそう信じています」

 伏せた目で告げられた言葉は私の心に深く突き刺さった。

 私も彼女の言うニュースを信じている人間だったからだ。

 連日テレビで騒がれるニュースを信じ、少女をかわいそうな被害者だと、男を恐ろしい加害者だと思っていた。

 男が射殺されたというニュースに対して少女が助かってよかったと思ってしまったのだ。聖職者である私すら。聖職者である立場を忘れて。

 愚かな大人の一人なのだと気付かされた私は少女に頭を下げるほかなかった。ほかのことなどできるものか。

 「私もほかの大人たちと同じです。ニュースを真実だと思っていた愚か者です」

 私の言葉に少女はとんでもないと微笑む。

 それはすべてを許す聖母マリアを思わせる笑みだった。

 「いいえ、いいえ。あなたは少なくともそのことに気づいてくださいました。私の話を聞いたうえで、私たちを否定しないでくれた。だからこそ、私はあなたを信じられるのです」

 そういって少女は大切そうに抱えていた小さな壺を私に委ねた。

 けして落とさぬよう慎重に受け取ると、彼女とその愛した相手のために黙祷を捧げる。

 「神の御許へは行けぬかもしれませんが、それでも彼のために祈りましょう。管理手続きなどはこちらで行わせていただいて構いませんね?」

 私の言葉にそれは訪ねているように聞こえませんよと少女は笑う。

 「お願いいたします。彼と長く関わりを持っていると知られたら両親がまた心配してしまいますから」

 その言葉に内心苦笑する。

 親に心配されるなんて縁のない話である私から見ると彼女はとても両親に愛されているようだ。

 話を聞く限りいろいろあったようだが現状が良好ならばいい。

 早くこのことから解放れるといいですね、などと口にしかけてあわてて止める。

 彼女はそれを望んでいないのだから、口にする必要はない。

 そんな私を見て微笑み、少女は目を閉じ、また開けた。

 瞬きにしては少し長く、それによって空気も変わる。

 何か口にしようとする彼女に対してこちらも身構えるような態勢を取ってしまった。

 それも仕方がない。彼女は、子供ではない。

 「実はずっとお探ししていました、義兄さん」

 それでもここまで重い言葉に、しばし耐えることができなかった。

   沈黙。思考。

 「何のことでしょう」

 「とぼけられてもごまかしも無駄だと、私の態度から察していただければ嬉しいです」

 ごまかしすら許されず、彼女の本気を悟る。

 「あなただから、預けたのですから」

 その言葉に取り繕うことをあきらめる。壺は丁寧に机の上に置き、信者が礼拝の時に座る椅子に足を組んで座り煙草を加え、はたと気づく。

 「煙草、いいか?」

 「悪いといいたいですね。それにさすがに服に臭いがつきますよ」

 きっぱりと断られて肩を落としつつ加えていた煙草を箱にしまう。

 手持無沙汰。髪を掻き揚げこちらも態度を改める。

 今の私――――俺はこの目の前の、子供には見えない少女の義兄だから言葉遣いに気を使う必要性などない。

 「どうやって知った。俺の存在も、居場所も」

 まずそれだ。俺が聖職者なんて似合わないものになっていることを知っているのは数少ない友人だけ。

 浮気され捨てられたことで発狂し俺に暴力を振るい始めたあの女は知らないしあの女が何をしているのか分かったうえでこちらの様子を気にするだけ気にして何もしない男にも伝えていない。

 もちろん友人の中でも俺の職業を知っているのは口の堅い、信頼できる奴らだ。あの男が父親面して尋ねてもこたえるどころか唾を吐かれて終わりのはずだ。

 「存在に気付いたのは彼に出会う前の話です。物心つく頃には母の異常なほど父を奪われることへの警戒心に疑問は持っていましたし、父が何かを隠しているのも知っていましたから。確信は近所の方に父が再婚だと教えられたときですね。父に尋ねると同時にあなたの存在も教えてくれました。写真も見せていただきましたよ」

 本当に面倒なことをしてくれるやつだと舌打ちをする。その『ゴキンジョサン』も『チチオヤ』も。

 自分で捨てた人間の写真を後生大事に持っているなんて気持ち悪いの一言だ。しかもそれを俺を捨てる原因の一端となった娘に見せるなんて、本当に人間か?そう思いたくなるのは当たり前だろう。

 苛立ちが頂点に達しそうになる。こういう時のための煙草だが先ほど止められてしまい口にくわえることはできない。今の俺の顔つきは普通の子供なら泣いてしまうくらい極悪なものになっているだろう。

 それでビビッて帰ってくれればという期待もあったが少女はどこ吹く風、同じた様子もなく言葉を続けた。

 「所在を知ったのはつい最近ですね。あの人の最後の体を預けられるほど信頼できる大人が知り合いにいなかった。でも、貴女ならなんとなく大丈夫な気がしたのです」

 「自分の親すら信用できねえくせによく言えるな」

 我ながら酷い言葉だと思った。大人気ないとも、醜いとも。

 事実先ほどまでの凪いだ表情から一転途方に暮れたような子供の表情を少女は見せる。

泣くかもしれない。

 そう思ったが少女はそれだけはしなかった。唇と少し強めに噛んで、そして口を開く。

 「あの人と出会う前からは嘘のように大切にしてくれますよ。狂気を感じるほどに。母なんて私の姿が 見えないだけで発狂しそうなほど。そのためにほかの誰かの傷を見ない振りするんです。そんなの嫌。私のこの思いを否定して、ずたずたに切り裂いて、それで私を守ったことになんてさせたくない。この思いは世界中の人に否定されるものだってことくらいわかっています。理解してほしいなんて言っていない。だから触れないで、否定しないで、見ないふりをして。そんな私の思いをあなたならわかってくれると、そう思ったのです。神に仕えるあなたなら、神を信じないあなたなら、わかってくれると。勝手に信じて調べて尋ねた。誰にも知られないように調べたのであなたがここにいると知っているのは私だけですよ」

 なるほど、そこまで調べているのかとこのあどけない表情が似合いそうな幼い義妹の将来が本当に怖くなる。

 ただ、愛した男の死後の祈りのためだけにここまで調べて、俺の過去まで調べて、それを親に知られないようにした?普通じゃない。

 親にばれてないつもりの餓鬼なら何度も見た。親は見ないふりをするのが得意だ。

 だがこいつは本当に知られないようにしているのだろう。親への演技、周囲への演技、その裏での調査。

 自由を奪われた状態からの、これだ。

 「お願いいたします」

 頭を下げる義妹にため息をつく。勝てる気もしない。

 それに遺骨を預かるくらいなんてことはない。祈りだって面倒だが毎日やってる作業だ。

 「了解だ。ただお前の両親に俺とあったこともこの場所のことも絶対に言わないでくれ」

 こっちだって条件を出さなきゃやってられない。

 少女は俺の言葉に勿論だと頷く。

 「そもそも教えるつもりはありませんでした。ですから、その、また一人で来てもいいでしょうか。あの人に、そしてあなたに、義理とはいえ兄であるあなたに会うために」

 不覚にも、鼻の奥がつんとした。

 たとえ半分しか血がつながっていなくても、それも賞もない人間の血だとしても、この少女は俺の妹なのだ。

 家族と会う。

 そんなごく普通の言葉とは縁遠い生活をしてきたからかこういったものにはめっぽう弱い。

 涙ぐんだのがばれないよう顔をそらし好きにしろと返すのがやっとだった。

 一呼吸。仕方ないなという表情を浮かべて少女に目線を向ける。

 「見つからないようにしろよ」

 「はい!」

 嬉しそうに頷くその少女の姿は、愛らしい満面の笑みを浮かべるその少女は、それだけならば年相応のただの子供にしか見えなかった。









 愛していました。愛されていました。

 一人の寂しさを知っていました。一人の空しさを思い知らされました。

 大丈夫、まだ私は立っています。この地面の上に。あなたのいない地面の上に。

 追い続けます負い続けます。あなたへの愛を。あなたへの罪を。

 これからも会いに行きます。愛に生きます。

    大切なあなたへ。


                      あなたに捧げる、私より


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― 新着の感想 ―
[一言] お邪魔します。 どうにもこの短編は、感想が難しいですね。 少女と写真家の関係は取り敢えず置きましょう。 まあ、芸術や文学を求める人は「わびさび」より最終的に「幽玄」に行き着くとも言いますか…
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