新種メリーさん
「もしもし。私メリーさん。今ゴミ捨て場にいるの」
そんな電話がかかってきたとき、普通の人ならどうするのだろうか。
たしかこれ、ホラーか怪談で聞いたことがあるぞ。
綺麗な人形をぼろぼろになってしまったからと捨てると、夜中に電話がかかってくる。始めは捨てられたゴミ捨て場から。そして電話がかかってくるたびに移動していて、だんだんと自分の家に近づいてくるという。最後には自分の後ろに立っていて、そのまま殺されてしまうという。
そして俺は、今日の昼辺りに「あ、これ妹の間違えて持ってきちゃったのか」と掃除してる最中に人形を見つけ、妹に電話をしてみたところいらないと即答されてしまったので、そのまま大掃除のゴミと一緒に捨ててしまった。
すると、夜中。突然電話がかかってきたかと思ったら、知らない女の人からいきなりそう言われた。
驚いた俺は慌ててその電話を切った。誰だって、メリーさんを知っていたらそういう反応をするんじゃないだろうか。
「ど、どうすればいいんだ……?」
メリーさんの話は知っていたけれど、その対処方法は知らない。
このままだと俺は殺されてしまう。この家から逃げたところで意味はないし、助けを求めようにも時間が遅すぎる。しかも一人暮らし。
せめて、彼女くらい作りたかったなぁ……。
なんてことを考えていると、二度目の電話がかかってきた。おそるおそる電話番号を見てみると、さっきと同じ電話番号だった。
こんな電話でなければいいと思うけど、きちんと出ないと惨い目に遭うとか聞いたような気がする。
「も、もしもし?」
「わたしメリーさん。今温泉にいるの」
…………はい?
「そ、その、きちんと洗ってから行くから」
そう言って、今度は向こうから電話を切った。
「……えーっと」
いったい、これはどういうことなんだろうか。
確かメリーさんって、ゴミ捨て場からどんどん場所が近づいていくんじゃなかったっけ? 確かに歩いて行けるところに温泉地はあるけども、なぜ洗う?
「……きっとあれだな。返り血を浴びてもいいように、綺麗にしてるだけだな。うんそういうことだろう」
そう無理やり納得して、逃げられないと分かっている俺はいつも通りに過ごすことにした。
まだ夕食の支度をしてないから、料理でも作ってよう。今日のメニューは……。
プルルルルルッ。
「……もしもし」
「私メリーさん。今から――」
ブツッ。ツーツー。
「…………あれ?」
今度は唐突に切れたぞ、おい。本当にどうなってんだ?
かと思ったら、またすぐに電話がかかってきた。今度は公衆電話からだった。
「はい、もしもし」
「わ、私メリーさん。さっきのはケータイの電池が切れちゃって……」
メリーさんケータイ使って電話かけてきたのかよ!?
「うう……地図使えなくなっちゃった……」
しかもGPS使ってたのかよ! 俺が辿ってきた道を覚えてるんじゃないのか!?
「と、とりあえず、あと少しで着くから!」
「あ、ああ」
それだけ言うと切れた電話。もうだんだん恐怖心が無くなってきたわ……。
俺はもう死ぬ恐怖なんか気にせずに、料理を作り始めた。
十分後。俺は誰でも作れるお手軽炒飯を作り終えて、後は皿に盛りつけて食べるだけだった。
「そういや、メリーさんどうしたんだろ」
さっきまで五分間隔で電話をかけてきたメリーさんからの電話が来ない。まあケータイの電池が切れたから仕方ないのかもしれないけど。
「……まさか、とは思うけど」
さっき、メリーさんはケータイのGPSを使ってたみたいだった。それが使えなくなったってことは、道に迷って迷子になってるかもしれない。
「って、何考えてるんだよ。メリーさんに限ってそんなことはないだろ。はははは」
そう思っていたら、四度目の電話がかかってきた。けれど液晶に表示されたのは公衆電話ではなく、また見慣れぬ電話番号だった。
「もしもし」
「あ、佐藤様ですか?」
「あ、はい。そうですけど」
「こちら〇〇スーパーなんですけれども」
〇〇スーパー? 確か近くて安いからと、よく買い物しにいく場所だ。
けれどいったい、何の用事で……。
「先ほど、迷子になったと泣きながらやってきた子が……。名前がメリーって言うんですけど」
「……………えー」
もう、苦笑しか出てこなかった。
「ったく……メリーさんだったら、ちゃんと真っ直ぐ家まで来いよな?」
「うう……ごめんなさい……」
俺はわざわざ電話のあったスーパーまで行き、店員に頭を下げて帰路に付いているところだった。もちろんメリーさんはなぜか歩き疲れた、と俺におんぶをさせている。訳が分からない。
ちなみにメリーさんの容姿はというと、小さい人形のように小さくはなく、むしろそこから成長していて小学五年生くらい。髪は人形の時と同じように金髪。服装は結構豪華なドレスだけれど、汚れていた。はたから見たら、外国から来た貴族の女の子、とみてもおかしくはないだろう。
「ケータイの電池が切れなかったら、すぐ行けたのに……」
「つか、そのケータイってお前のか?」
「ううん。あなたの」
「おいこら」
そういえば、大掃除をし終わってからケータイ無くなってたような……。
「だから届けようと、したんだけど……」
「へ? メリーさんって、捨てられた恨みかなんかで、その捨てた人を殺そうとするんじゃないのか?」
「え、そうなの!?」
そうなの!? って。それすらも知らないのか、こいつは。
……まあ、もう気にしない方が良さそうだな。
それよりも、今夜新しい怪談……かは微妙だけど、誕生したな。一緒に捨ててしまったケータイを届けようとしてくれたメリーさん。これは新しすぎて、誰もが驚きそうだな。
「お、怒ってる?」
「ん?」
「その……な、なんか、怖がらせたみたいだったから……」
「あー……」
そういえば、最初の方はちょいとびびってたっけ。すぐに電話切っちゃうぐらいに。
「だから怖がらせないように、温泉で顔とか洗ってきたんだけど……」
「それで温泉か……」
捨てようとしたとき、確かに人形はかなり汚れていた。けれどメリーさんは服は汚れてるけれど、顔とか手は綺麗だった。
「……じゃあ、家に着いたらその服も洗うか」
「え……?」
「汚れたまんまだと、嫌だろ? 少しほつれてるし、そういうのもあとで直してやるよ」
「で、でも……」
「それに、メリーさんってのは捨てた人に会って目的果したらすぐに人形に戻るって聞いたぞ。でも戻んないってことは、しばらくはこのまんまなんじゃないか?」
「分からないけど……たぶん、そうだと思う」
「ほかに行くところもないだろうし、しばらくは俺の家にいていいぞ。もし人形に戻ったとしても、今度は捨てないからさ」
「う、うん!」
そう決意を口に出したと同時に、腹から大きな音が鳴った。しかもそれは、メリーさんからもだった。
「……そういや、炒飯まだ食べてなかったな。メリーさんも食べるか?」
「い、いいの?」
「どうせ量は多めに作ってるからな。そんくらい遠慮するな」
そう言いながら歩いていると、俺の家はもう目の前だった。
いつもは一人で帰っている自分の家だけれど、今日だけは違っていた。
もしかすると明日にでもいなくなってるかもしれないけれど。たとえこれが夢だとしても、今だけはこういうのもありだなと思っていたい。
小さな人形から、方向音痴で大きくなってしまった少女をおぶりながら、俺は家の扉を開けた。
「ただいまー」