最高至高のお弁当
学校も2学期に入り、1ヶ月がたった。長い休みがあけてようやく規則正しい毎日のリズムに慣れ始めた頃だ。その慣れが高じたのか、次の授業の教科書を探している時に昼の弁当を忘れたことに気がついた人物がいた。その人物アマノは、無意識に気付いた事象と所感をそのまま声に出して表現をしていた。
「やば、弁当忘れた。どうしよう」
その驚きと悲しみを含んだ独り言に反応したのは後ろの席にいるイノウエであった。大人しく、地味ではあるが人当たりの良さとその優しさでクラスでも存在感を示すアマノ。そして細身ではあるが引き締まった体にいかめしい顔つきで、声が大きく口が悪く、周りから恐がられていたイノウエ、その二人が友達になったのは少し前のことだったがそれはまた別の話だ。
「なんだ、早弁でもしようとしたのか」
「ちがうよー。教科書探してたんだけどねぇ。まぁ財布あるからいいけど」
「購買でなんか買う気か?あそこアホみたいに混むだろ」
「そうなんだよねぇ。人ごみは嫌いなのに……」
アマノが露骨に嫌そうな顔をしていると、イノウエは何かを思いついたようだ。頭の上に電球が光ったような顔をしている。そして持ち前の大声で昼飯のことは自分に任せろとまくしたてたのだった。
「お前に最高至高の弁当を食わせてやるよ」
へへ、と悪巧みにしか見えないような笑みを浮かべてイノウエは作戦の成功を確信をしていた。アマノは不思議に思うも疑いはせず、イノウエに任せることにしたのだった。そして3限が終わった時、アマノがトイレに行ったのを確認してすぐに立ち上がり、イノウエは教室前方の教壇へ向かった。そして大きく手を叩きクラスメイトの注目を集めてから、いつもとは違う大きいがゆっくりとした、丁寧な口調で語り始めた。自分の気持を正直に伝えるという、以前アマノに教えてもらった事を堂々と実践したのだった。
「みんな、ちょっと聞いて欲しい。時間がないから端的に言う。今日アマノが弁当を忘れたらしいんだ。オレはあいつに恩返しをしたいといつも思っているんだ。みんなも知っての通り、オレがこのクラスの一員になれたのはアマノのおかげだ。あいつはすごくいいやつだよな。だからあいつを喜ばせたいと思う。みんな、少しずつ力を貸して欲しい」
そう言って頭を下げて、元不良は続けて昼休みになった後の段取りを説明していく。話が終わるとみんながそれぞれ「いいね」「おっけー」「まかせろー」と笑って同意を示してくれたのだった。アマノのためとはいえ、クラスメイトが自分を恐がらず、自分の考えに応えてくれるのが何より嬉しいとイノウエは感じていた。
遂に4時間目が終わり、昼休みを告げるチャイムが鳴った。お昼を気にするアマノを軽くあしらいながら、イノウエは自分の弁当箱の蓋をアマノの前に差し出す。そして自分の弁当から唐揚げを一つ持ち上げておすそ分けをした。なんとも言えないドヤ顔を見せるイノウエを見てアマノは不満を漏らす。
「……これだけ?」
「オレにできるのはここまでだ」
「はぁ?」
そう訝しむのも短い時間であった。次々とクラスメイトがその弁当の蓋に自分の昼ごはんを分けていく。卵焼きにウインナー、野菜炒め、おにぎりに菓子パンなど様々な食べ物と各々のコメントがアマノの元へと届けられていく。
「よっ、弁当忘れたとはドジだな」
「うちの母自慢の卵焼きだ、心して食え」
「また数学教えてくれよな」
「いつも優しいキミに優しさカムバーック」
「これはこの間の消しゴムのお礼よ」
驚いているのはもちろんだが、なんとも照れくさそうにお礼を言っていくアマノの顔は見るからにうれしそうだった。一つでは乗り切らなくなったため、他の人の弁当の蓋も使ってクラス全員から貰って出来上がったアマノのお昼ごはんは、クラスで一番豪華なものになっていた。
「どうだ?いい弁当になっただろ?」
「すごい。すごい嬉しいよ」
「オレにお礼はいらんぞ。これはお前の人徳だ。ふんぞり返って高笑いでもしてろ」
「きみが呼びかけてくれたんでしょ?それが嬉しいよ、ありがとう」
涙ぐみながら自分の気持をはっきりと伝えるアマノはやはり人間として魅力的に写った。この会話を聞いていた一人のクラスメイトに「イノウエが弁当忘れても分けてやるからな!また泣くんじゃねーぞ?」と昔の事をぶり返され、これまた嬉しそうに悪態をつくイノウエはクラスの一員になっている実感と喜びをかみしめていたのだった。
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