それぞれの朝
忘れられない人、忘れたくない人、忘れなくちゃいけない人がいる。ただひとりを想い続ける女性、七瀬 凜。そんな彼女のアパートの隣人、冴樹 理久。ふたりは仲良しご近所さん。助け合いの精神で、ご飯は毎日当番制。そんなこんなで和気あいあいと過ごしていると彼はだんだん彼女が気になり始めて、でも彼女は別のだれかを見ていて――――――。友情と恋愛とむかしと今が交錯する、せつないラブストーリー。「欲しいのは、たったひとつだけ。それを手に入れることができるなら、わたしはどんな代償だって払える」
(Side RIN)
気がつけば、朝。
京都に引っ越してきて三年目。
環境の変化は、思ったよりも気にするようなものではなかった。
なにかが変わるかもしれないと思ったのは来るまえ、
来たあとはそんなことを思ったことすら忘れている。
締め切った部屋のなか。
白くにごった空気は、寝るまえのものとたいして変わってはいなかった。
あまり、寝ていないのかもしれない。
充満しているヤニ臭さに顔をしかめ、枕もとの携帯電話で時間を確認する。
朝の六時。いつもよりもだいぶはやい起床だ。
すこしだけ重たくかんじるまぶたをこすって、私は煙草に火をつけた。
立ちあがり、ベランダの窓をあける。
にごった空気を一掃するようにきもちのいい風がそよそよと舞い込んできた。
朝日はまぶしく、それはねぼけた意識を覚醒させるのにどんなものより役立つ。
目をほそめて、ベランダにぽつんと置かれた鉢植えをみる。
瑞々しいみどりの葉を風に揺らし、アイビーは気持ちよさそうに朝の光を浴びていた。
「おはよう、ジョージ」
答えるように静かに葉を揺らすアイビー。
いつもと同じ、変わらない朝。
いつも違う、空を流れる雲。
雲はどこへ向かうのか。
私はどこへいくのか。
それは私にもわからなかった。
***
(Side RIKU)
大学も三年目となると、いいかげん下宿生活とは縁を切りたくなる。
二年の内にバイトを掛け持ちしてこつこつ稼いだお金は、すべて賃貸の維持費に回した。
三階建て、部屋数は各階五部屋ずつ、全部で十五。
そこそこの広さしかないが、新築なのが惹かれた。
三階の端から二番目の部屋。
景色は、たぶん、いい方だ。
「今日はバイトがあるから、飲み会はやめとくよ。予定が合えば、つぎは行くから」
所属する文芸サークルは、もはや飲み会サークルと言ってもいい。
毎日のようにかかってくる電話は、恒例のお誘いだった。
女の子の執拗な誘いを右から左へ聞き流しながら、手に持っていたペットボトルのミネラルウォーターを煽った。
きのうのお酒がまだ残っているのかもしれない。
むかつきはしないけれど、かすかに違和感を覚えた。
一昨日も飲んで、また昨日も飲んだ。
そのうえ今日も飲んだら、さすがに体調を崩してしまう。
簡単にはひいてくれないだろうお誘いに、ありもしない予定をつくりあげて丁重に断る。
俺がバイト生活を送っているのは電話の相手も知っている。
バイトを盾にすれば、ひいてくれるのはわかりきったことだった。
「ああ、悪い。俺の分もたのしんでよ」
残念そうな声が、耳もとで聞こえてくる。
二三会話をかわしたあと、名残惜しそうな声を最後に電話を切った。
「文芸サークルが聞いて呆れる」
枕元の目覚まし時計を見れば、時刻は朝の七時。
時計にセットしていた時刻よりも一時間早い起床だ。
とんだモーニングコールだと、腹いせに電話を睨んでも返ってくる反応などあるわけもなく。
誰にも向けられない苛立ちを溜息を吐いてやり過ごす。
飲むのは好きだが、身体的にも金銭的にも限度はある。
これ以上飲み会にでたら、そのうち苦労して貯めた二年分の生活費に手を出すことになりかねない。
「バイト…………増やした方がいいのかなぁ」
ぽつりとこぼした呟きは、誰の耳に止まることなく静寂のなかに消えていった。
初投稿作品です。
どきどきです。
すこしでも、お目に留まることができたなら、めっけもんです。
読んでいただき、ありがとうございました。