頭に角が生えただけなのに
「ドーン!」
トリスタンの最後の魔力で火炎魔法が放たれ、それが魔王の結界によって弾かれた。
魔王城の壁に穴が開いている。
しかし魔王は無傷だ。
その隙に近づいた俺は、魔王に切りかかった。
渾身の一撃はかわされ、反撃を受けた俺は膝をついている。
勇者の剣は、壁際まで弾き飛ばされ、丸腰だ。
剣士レジナルドは、すでに負傷し立ち上がれない。
聖女イーディスは、もう治癒魔法をかける魔力もない。
完全に俺たち勇者パーティの敗北だ。
「どうした、勇者たちよ。これでおしまいか?」
魔王は俺たち四人を見回し、問いかける。
ここで終わるのか。
せめてイーディスだけでも逃がしたかった……
「この魔王城にたどり着いただけでも、褒めてやろう。
しかし人族は全く懲りないな。勇者パーティを毎度送り込んでくるのには、もううんざりした。
お前たちには、罰を与えよう。人族の身勝手さを思い知るがいい」
魔王の魔法が四人に向けて放たれる。
ピカっと光ったと思ったら、異変はすぐに現れた。
トリスタン、レジナルド、イーディスの頭に角が生えている!
自分の頭に手をやると、そこにも角が生えていた。
自分の角は見えないが、三人の頭には魔族と同じような角が生えている。
羊のような渦巻き状の角だ。
「角は生えたが、別に魔族になったわけではない。これまでと何ら変わりはない。
変わったのは角だけだ。その姿で生きていくがよい」
魔王はそう言うと、俺たちを転移魔法で魔王城から弾き出した。
俺たちは、ボロボロの姿で国へ向かって歩きだした。
来た時とは違う敗北感を抱えて。
生きてはいるが、それも魔王の温情によるものだ。
おまけにこんな魔族のような角を生やされてしまった。
魔王に敗北し、お情けで助けられ、どの面下げて帰れというのか。
それでも報告はしなくてはならない。どんなにみじめでも帰るしかない。
「すまない……俺の力不足で皆をこんな目に遭わせてしまった……」
俺がそう言うと、皆は首を振る。
「アーサー一人のせいじゃない。俺たち皆、力不足だったんだ。
魔王を倒す実力はなかった。そういうことだ」
レジナルドが吐き捨てるように言う。
「そうだな。力が足りなかった……」
トリスタンも噛みしめるようにつぶやいた。
「それよりイーディス、大丈夫か?俺たちとは違ってお前は女だから……」
「こんな角、帰ったらできるだけすぐに消し去ってやる!」
「そうだ、心配するな。トリスタンがきっとこの魔術を解いてくれる」
男たち三人が口々にイーディスを元気づける。
「皆、心配してくれてありがとう。私は大丈夫。神殿から出なければ、人に見られることもあまりないと思うの。
それよりトリスタン、無理はしないで。帰ってすぐ徹夜で研究なんてしてはダメよ」
「王国に入ったら、皆フードを深くかぶれ。この姿では、魔族と間違われる」
王国では魔族への忌避感が強い。魔族と間違われたら、石ぐらい投げつけられるだろう。この際揉め事は避けたい。
俺たちは、人目を避けながら王都を目指した。
王都に何とかたどり着くと、それぞれの所属先へ報告に向かう。
レジナルドは騎士団へ、トリスタンは魔術師団、イーディスは神殿に向かった。
俺は、国王陛下に報告のための謁見を願い出た。
王宮の謁見の間で陛下は俺の報告を聞き、こう告げた。
「勇者よ、魔王に敗北し、そのようなおぞましい角を生やされ、おめおめと戻ってきたわけか。我が国の宝である勇者の剣も魔王城でなくしたと。情けない! 勇者の剣紛失の罪は重い。お前は国外追放とする!」
「陛下、俺はそれでも構いませんが、どうか他のメンバーには寛大な措置をお願いします!」
「もちろんだ。お前と違い、他の者は使い道がある。剣士は辺境の砦に配属するし、魔術師は、魔術師の塔で研究に専念させる。聖女は神殿で務めを果たしてもらう。
魔王に敗れ、勇者の剣まで失った勇者などいらぬ。おまけにその角だ。
仮にも勇者だったものが魔族の角を生やしているなどと言うことは、公表できん。我が国の恥だ。速やかにこの国から出てゆけ。命を取られぬことをありがたく思うことだ」
「仲間に別れの挨拶をする時間をいただけませんか?
そうしたらすぐに出て行きます」
「良かろう。できるだけ早くこの国から去れ」
国王は、俺にそう言うと謁見の間を後にした。
仕方ない。役に立たない勇者の扱いなんてこんなものだろう。
出発前のちやほやしたときと大違いだ。
パーティメンバーに別れの挨拶をしてこの国から出て行こう。
国王が俺に向けた蔑むような目が忘れられない。
俺は家族もいないし、ここを去っても心残りはない。
最初に訪ねたのは、イーディスだ。
神殿でひどい扱いをされていないか、心配だった。
もしそうなら、連れて逃げようと思っていた。
神殿の面会室に現れたイーディスに特に変わりはないようだ。
安心した。
長い金髪を二つの三つ編みにして、角の周りに巻き付けている。
髪の毛のおかげで、角は隠れている。
よかった。これなら、神殿で何とかやっていけるんじゃないか。
「イーディス、俺はこの国を出ることになった。最後に顔を見られてよかった。
神殿の人たちは、以前と同じに良くしてくれているか?」
「心配いらないわ。もう表舞台に立つことはできないけど、神殿の中でできる仕事もいろいろあるわ。そういった仕事をしていくつもり。
角もこうやって隠せるしね。なかなか似合うでしょ?
それより、国を出るって、もしかして陛下の命令?……ひどい」
「そんな風に言うな。お前の立場が悪くなる。
俺はこれでいいんだ。角を隠しながら、こそこそと生きていくのは、性に合わない。どこか、魔族と共存している国もあるかもしれない。そういう所なら、角が生えていたって、気にしないだろう。探してみるよ。そういう場所を」
イーディスは目に涙を浮かべながら、別れを惜しんでくれた。
「アーサーのこの先に、神の祝福がありますように」
俺は神殿を後にした。イーディスは思ったより強い心の持ち主だ。
多分このままやっていけるだろう。よかった……
次はトリスタンに会いに行く。
魔術師の塔は、すぐそばだ。
取り次ぎを頼むと、塔の上の方のトリスタンの研究室に案内された。
部屋に入り、トリスタンの姿を見て、俺は声を失った。
羊の角程度だったものが、今は牡鹿の角のように立派になっている。
やっと我に返るとトリスタンに声をかけた。
「どうしたんだ……前に見た時は、そんなじゃなかったのに」
トリスタンは気まずそうに言う。
「実は、戻ってすぐに魔術書を調べて、これはと思える魔術をかけてみたんだ。
結果は御覧の通り。羊の角が牡鹿の角に変わってしまった。
余計なことはするなという警告かな……」
「元気を出せ。俺が魔王のところに行って、交渉してみる。
せめて元の羊くらいに戻してもらえないか」
「いいよ。そんなことしなくたって。
結局私は、魔王を倒すこともできない、角も消すことができない半端者の魔術師なんだ……」
「まだ戻って日も浅い。これから研究を重ねれば、この魔法を解くこともできるかもしれない。諦めちゃだめだ」
そう慰めるが、トリスタンの元気は戻らなかった。
今まで天才魔術師と言われてきただけに、今回の挫折はこたえたようだ。
きっと仲間を早く元に戻そうと、焦ってしまったんだな。
俺にできることはないのか。仲間がこんなに落ち込んでいるのに。
最後に俺は、騎士団のレジナルドを訪ねた。
騎士団の詰め所も近くにある。
レジナルドはすぐに現れた。
つばの広い羽根飾りのついた派手な帽子をかぶって。
「似合うだろう、この帽子」
レジナルドが尋ねるので、俺は首を縦に振った。
ド派手な帽子を見つめながら。
レジナルドは、驚くほど立ち直りが早い。
「えーと、これは角隠しのためかい?」
「まあそうだな。どうせ隠すのなら派手なほうが誤魔化せていいだろ?」
そうかな? ちょっと疑問だが、本人が気に入っているなら、いいんだろう。
俺は、レジナルドに二人に会ってきたこと、これから国を出ることを話した。
「知ってるよ。俺もさっき騎士団長から、お前と一緒に辺境の砦まで行くように言われた。お前が国外に出るのを確認するようにだとさ。一応最後まで付いて行けるのは、騎士団長の温情かな」
「そうか。国境まで付いてきてくれるのか。だがお前も辺境の砦は大変だろう。
魔王討伐失敗で辺境に飛ばされて、すまない」
「だからお前のせいじゃないって言ったろう。俺は大丈夫だ。
どこでだってやっていけるさ。それよりイーディスとトリスタンの様子はどうだった?」
「イーディスは大丈夫そうだった。角もうまく隠していたし。
トリスタンはちょっとひどいことになっている。魔法をかけたら角が牡鹿の角みたいに大きくなってしまったんだ。落ち込んでいたよ」
「ぶはっ。笑っちゃ悪いが、でも想像すると笑っちまう……
かわいそうにな。近くにいたら慰めてやるんだが、俺も辺境行きだしな。
イーディスも神殿からは出られないだろうし、まぁトリスタンが自分で乗り越えるしかないだろう。奴もいい大人だしな」
「でも不便そうだったぞ。よく扉のところで角がぶつかるって言ってた」
「そのうち慣れるさ。俺たちだってなんとか折り合いを付けていかなきゃならない。トリスタンほどじゃないが、この羊の角だって、結構邪魔だろう?
俺、横向きに寝る派だったけど、仰向け派に転向したぞ」
レジナルドとそんな話をしながら、国境まで来た。
奴とは初めは反発したりもしたが、今では離れがたい大切な仲間だ。
もう会えなくなると思うと、何とも言えぬ寂しさが胸をよぎった。
「ここは王都と違って大変だろうが、命を大切に。
いつかまた会えるかもしれない。それまで元気で」
そう言って俺はレジナルドと別れ、国境を越えた。
初めは角があっても暮らせる場所を探すつもりだったが、魔王城を目指すことにした。
トリスタンの角を何とかしてくれと、這いつくばっても魔王に頼むつもりだ。
トリスタンのあれは、気の毒すぎる。
相当落ち込んでいたし。
きっとイーディスがかわいそうだと思い、先走ってしまったのだろう。
何とかしてやりたい。
再び目指した魔王城には、一人でもなんとかたどり着けた。
途中魔獣には遭遇したが、無事倒すことができた。
魔王城の入り口で俺は魔王に謁見を申し出た。
門前払いをされるかと思ったが、意外にも魔王は会ってくれた。
「厚かましいとは思っていますが、伏してお願いします。
仲間を角から解放してください。俺が仲間三人の角も引き受けます。
仲間はこの先、人族の国で生きなければならない。
俺は国外追放された身だから、角が生えていたってかまいません。
お願いします。ここ魔王城で下僕でも奴隷でも何でもしますから、どうか仲間の角を消してください」
「そうか。仲間のためにそこまでするか。面白い奴だな。まあ、角を生やしてみたのも、私の気まぐれだしな。……よし、お前の仲間の角を取ってやろう。
その代わりお前は仲間の分の角も引き受けるのだぞ」
「構いません。お願いします」
「よし、ではそのようにしてやろう。お前は魔王城で下僕として働くがよい」
「ありがとうございます」
魔王は呪文を唱え、放たれた光が王国の方へ飛んで行った。
そしてしばらくすると、俺の頭に羊の角が二組、牡鹿の角が一組増えた。
ずいぶんにぎやかになっていると思う。
少し頭が重いし首も凝るが、これで王国に残った仲間が以前のように過ごせるだろう。
トリスタンも扉で角がぶつかることがなくなって、研究に専念できるはずだ。
少し罪滅ぼしができた気がした。
やがて俺は、魔王城で掃除や片付け、庭仕事など下働きとしての仕事を覚えていった。
ただ、なかなか慣れない牡鹿の角のせいで、魔王城の備品をかなり壊してしまった。
振り向けば壁にかかった絵画を振り落とし、下を向けば飾ってある壺を角でたたき壊す。
とうとう魔王が牡鹿の角を外してくれた。
これがあると、修理費がかかってたまらんということで。
「これ以上、ものを壊されては困るからな。この牡鹿の角だけは外してやろう」
給料からの天引きはされているが、いつ返せるかはわからない。
願わくば、俺が死ぬまでに返せる額であることを。
ときどき城にいる魔族から
「三組も角を付けて、豪勢だなぁ」
とか言われることもある。
今は、イーディス、レジナルド、それから俺の分、羊の角が三組生えている。
しかし王国で国王から向けられた蔑むような視線はなかった。
自分たちに角があるせいか、俺の角も特に気にしていない。
ちょっと派手好きの頭だなぁ、という程度だ。
ここでこのまま暮らすのも案外気楽で良いかもしれない。
そう思う近頃である。
先日魔王城では珍しく、人族の女に出会った。
チェルシーという元勇者だったという女だ。
「私、角には特に偏見はないけど、さすがに三組も付けている人は初めて見るわ。まあ同じ人族同士仲良くしましょ。困ったことがあったら、何でも聞いてね」
「チェルシーさんも魔王に負けたのですか?」
「いいえー。最初から戦っていないわ。私は男の体を女の体に変えてもらうため、魔王様に性転換の魔法をかけてもらったの。魔王討伐なんて端から興味ないし。
あの国は私には、暮らしにくかったしね。ここに下働きとして残ってよかったわ。あんな魔王討伐にばかりかまけている国になんて馬鹿らしくていられない。別に討伐なんてしなくていいじゃない。侵略されているわけじゃないんだし」
そうか、そういう考えもあるのだな。元勇者も魔王討伐は馬鹿らしかったのか。確かに馬鹿らしいかもしれないな。
パーティの仲間も新しい道を進んでいると良いなと心から思った。




