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【短編小説】逢いmother刻

掲載日:2025/12/26

 夕方、小学校から帰宅するとランドセルを放り投げて手洗いうがいより先にテレビを点けた。

 誰もいない家の中に音が広がって、寂しさとか怖さが部屋の隅や角っこの方に消えていく気がした。

 夕方は怖い。

 何となくだけれど、冷たくて淋しい、厭な空気がある。


 不思議なことにぼくのなかで夕方は、むかし祖母の家で見た歌舞伎役者が浮き彫りされたレリーフとリンクしていて、まるで江戸川乱歩の少年探偵団に出てきた恐ろしい道化師のように、その歌舞伎役者が街を徘徊しているイメージなのだ。


 地獄の道化師みたいな歌舞伎役者に対する恐怖意識と夕方がリンクすると、もうどうしようもなかった。

 たとえば夕方がこのままずっと続いて終わらないんじゃないかとか、母親がそう言う変質者に通り魔的な殺され方をして、もう帰って来ないんじゃないか、とか。


 だから夕方は嫌いだった。


 カラテ教室をサボって夕方に再放送のアニメ番組を見ていると、卓上の電話が鳴った。

 アニメが見たくて無視していると、数コールで留守番電話の応答に接続される。 

「ピーと言う発信音の後にメッセージをどうぞ」ピーと言う間抜けた音が聞こえた。

 短い無音を挟んでガサゴソと実音が聞こえたあと、おじさんと言える男の低い声が聞こえた。


「もしもし、鬼巻神さんのお宅でしょうか?井田の上警察署の者です。非常に申し上げにくいのですが、お母様が事件に巻き込まれまして……」



 何を言っているのだ?と思い電話を見ていると、玄関ドアを開いた父親が「おい、支度をしろ」と叫んだ。

 只事では無いなと判断してアニメ放送のテレビを消すと、適当な洋服を着て玄関に走った。

 あまり好きでは無い父親がぼくを車に押し込むと、黙ってエンジンを掛けて発進させた。


 窓にうつった家の近所がすごい勢いで流れていく。

「いいか、よく聞け」

 ハンドルを握った父親は怒った様な顔でぼくを見ると「いいか、よく聞け」と繰り返した。

 あぁ、これはきっとロクでも無い事だなと思いながら「うん」と答えた。

 でも既に帰りたいなと思っていたし、アニメ番組の続きが気になっていた。

「お母さんが大変なことになった」

 ぼくはやはり「うん」としか言えなかった。


 父親は、警察官が貼ったと黄色いテープの目の前で車を停めた。

 降りるのだろうと思ったが、父親は「ここで少し待っていろ」と怒った顔で呟いた。

 ぼくは素直に車の中で待つことにした。

 この待ち時間があるなら家で少しくらいテレビを見ていたって良かったじゃないか、と思ったけれど仕方無い。


 しばらくぼんやり手遊びをしていると、父親が車の窓を叩いた。

 降りてこい、と手振りで言っている。

 ぼくは素直に頷いて車から降りた。



 視線の先には祖母の家で見た様な派手な衣装を着た赤い髪と白い髪の歌舞伎役者が立っていて、それぞれがその長い髪を振り回していた。

「あれはなに?」

 父親に訊くと「……野生の連獅子だ」と答えた。


 連獅子、と言うものを初めて聞いたのでそれが何かはいまいちよく理解しきれなかったけれど、とりあえず「ふーん」と答えた。

 警察官たちは拡声器などで周辺住民に注意を呼びかけながら、連獅子たちにも声をかけていた。

 しかし連獅子たちは何の反応も示さなかった。



 父親は「お母さんは、アレに巻き込まれて死んだ」と言った。

 そう、お母さんは死んだのか。

 じゃあもう帰って来ないし、夕方はやはり終わらないんだなと思った。

 野生の連獅子はゆっくりと歩かながら長い髪の毛を振り回し、中に巻き込まれていった全てを砕き、引き千切りしながら進んでいった。



「連獅子捕獲の専門家はまだか」

 警察官が怒鳴っているのが聴こえた。

 野生の連獅子が存在するのも初めて知ったし、それを捕獲する専門家と言うもの存在することを初めて知った。


「お父さん、おれ将来は連獅子捕獲の専門家になるよ」

 どこを見るでも無く言うと、父親は俺の頭に手をドンと載せた。

 それが肯定的な意味なのか否定的な意味なのか分からないが、とりあえず帰りたいなと思った。


 連獅子が頭を振り回しながら歩いている。

 警察官たちの銃撃も虚しく弾かれているようだった。そして逃げ遅れた警察官が、その赤と白の長い髪の毛に巻き込まれては無惨に引き千切られていく。

 お母さんもああやって死んだのだろうか。

 だから夕方は嫌いなのだ。

 俺が投げつけた石も、警察官と同じように赤と白の長い髪の毛に巻き込まれて砕けて消えた。

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