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婚約者に犯されて身籠り、妹に陥れられて婚約破棄後に国外追放されました。“神人”であるお腹の子が復讐しますが、いいですね?

第一話


 第一王子の婚約者、公爵令嬢のアリアが孕んだ。


 この知らせが学園を駆け巡ったのは夏季休暇を終えたばかりの九月。学園はアリア妊娠の話題で持ちきりになった。すぐさま何人かの生徒が教室を覗きに向かうと、暗い顔をしたアリアが教室へ入っていくのが見えた。そのお腹は随分膨らんでおり、妊娠しているのが目に見えて分かる――事実、妊娠四ヶ月目であった。


 何人かの令嬢は無遠慮に“誰の子供?”と尋ねた。するとアリアは悲しい顔をして首を振った。そんな様子を見た人々は様々な憶測をし始めた。アリアは強姦されたのではないか? または王子と婚前交渉をしたのではないか? いいや、きっと男と密通して子供ができたんだ! そんな風評の中にアリアはひとり立ち尽くしていた。


 その数日後、アリアは婚約者の第一王子イェールからある宣言を受けた。

 学園の集会にて、イェールは壇上に立って叫んだ。


「俺を裏切り、子を孕んだ挙句、よくも王家にこんな恥知らずの手紙を書いたな! お前みたいなアバズレは婚約破棄だ! 国外追放だ!」


 生徒達は騒然とし、一体どんな手紙を送ったのかと口にする。

 しかしその手紙はアリアにとって身に覚えのないものだった。


 内容は“私、アリアはイェール様に犯され、子を孕みました。どうか責任を取って下さい”というものである。その内容を知らされたアリアは絶句して、自分の妹ウィリアを見た。ウィリアはただニタニタと笑っているだけだった。


 そしてアリアは本当に婚約破棄と国外追放の処分を受けた。


 あれは王子の場当たり的な発言かと思われたが、すでに国王が許可したものだった。誰の目からも明らかにアリアが孕んでいること、強姦を否定するイェールが魔法判定で嘘を吐いてなかったこと、イェールと王家を脅すような手紙が送られてきたこと、その三つからアリアは罰を受けた。


 やはりアリアは男と密通していたのだ。

 アリアはとんだアバズレだ、王子を裏切るなんて。

 あんな女は国外追放されるのが妥当だ! そのまま野垂れ死ね!

 そんな悪口が人々の間で囁かれた。


 しかしアリアを追放してから三日後――

 ある怪奇現象が起きたことで、事態は大きく覆る。

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第二話


 処分を受けたアリアとその元婚約者イェールの血筋はこうだ。


 公爵令嬢アリア・セントウルズは聖女の血を引く娘である。聖女の血を色濃く受け継ぐ者はその髪と瞳がロイヤルブルーになる。姉アリアと妹ウィリアもわずかにその血を引いており、髪と瞳が薄い青みを帯びていた。


 そして第一王子イェール・トワ・ヴントは勇者の血を引く少年である。勇者の血を色濃く受け継ぐ王家の者は、誰しもその体に印が刻まれる。その印は王家の紋章に使われ、イェールもまたその腕に印を刻んでいた。


 そんな二人が婚約した時、人々は大いに期待した。

 聖女と勇者の血を引き継ぐ子供はきっと優秀に違いないと。


 しかしその希望はあえなく潰えた――アリアが浮気をしたからだ。

 人々はアリアを罵り、あんな女は不幸になればいいと呪詛すら吐いていた。




 そんなある日、怪奇現象が起きた。


 イェールの体に“王家の紋章”がいくつも浮かび上がったのだ。体中に発疹のように現れたその印はあまりに不気味で、医者も尻込みしていた。元々、イェールは腕に印をひとつだけ刻んでいる。それは赤褐色の濃い痣であったが、それと同様のものが髪の毛、眼球の白目、歯、歯茎、舌にまで浮かび上がったのだ。


 一方、似たような現象はアリアの妹ウィリアにも起きていた。イェールと同じように髪の毛、眼球、歯、歯茎、舌、そして肌までもが聖女を示すロイヤルブルーに染まったのだ。どこまでも真っ青な少女の姿に、人々は恐れをなして逃げ出した。しかも取り乱して泣き喚く彼女の涙さえも濃い青色であった。


 その不気味な現象を目にした王家は騒然となった。これは間違いなく勇者と聖女の呪いだ。きっとイェールとウィリアが何か仕出かしたに違いない。王家は早急に動き、事態の究明に努める。


 すると驚愕の事実が判明した――







 まずは侍女カトレアの証言。


「あれは五月の夜会のことです。イェール様はウィリア様と一緒にお酒を浴びるほど飲み、酔っ払っておりました。ええ、婚約者アリア様の前で、その妹ウィリア様をよく贔屓できるなぁ、と内心思っておりました。そして予想通り、アリア様は悲しい顔をして会場から出ていったのです。私は彼女が心配で、そっと後をつけました。するとアリア様の後ろから酔ったイェール様が歩いてきて……なんと空き部屋に引きずり込んだのです。その後、使用人のニックに呼ばれて、場を離れました」


 そして使用人ニックの証言。


「はい、俺は侍女カトレアに用事を告げた後、空き部屋を覗きました。あの空き部屋にはイェール様とアリア様がいて……二人はその……何と言うか……。ええ、はっきり言います、男女で交わっていました。かなり激しく。いや、それだと語弊がありますね。正しくはイェール様が勝手に盛り上がっていたと言うべきでしょう。何と言うか、強姦めいている感じもしました。俺は婚前交渉を目撃して震え上がり、逃げ出しました。もし覗き見していることがバレたら、只じゃ済まされないですからね」


 その証言を知った国王は激怒した。

 アリアは本当にイェールに犯され、身籠っていたのだ――

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第三話


 アリアはイェールに犯されて身籠っていた。

 では、なぜ魔法判定ではイェールが嘘を吐いていないと出たのか。


 怒り心頭の国王は息子を呼び出して、説明を求める。


「違うんです、お父上! 俺はあの日酔っ払っていて、アリアとウィリアを間違えたんです! あの二人はそっくりでしょう!? だから俺はずっとウィリアと寝たと思っていたんです! 俺がそう思い込んでいたから、魔法判定で“嘘を吐いていない”と出たんですね! い、いいえ……俺はウィリアと日常的に浮気なんてしていません……! 本当に出来心だったんです……!」


 しかしその後の魔法判定で、イェールはウィリアと浮気していたと判明する。

 その結果を受けて、王家はセントウルズ家にまで調査の手を広げた。




 セントウルズ家の侍女レナの証言。


「おっしゃる通り、私はウィリア様付きの侍女です……。ええ、私は王家に手紙を送る手伝いをさせられました……。妹のウィリア様は姉のアリア様の筆跡そっくりの手紙を書き、それを王家に届けろとおっしゃったのです……。はい、私はウィリア様が眠っている間、書きかけの手紙を読みました……。そこには“私、アリアはイェール様に犯された。妊娠したので責任を取ってくれ”と書かれてありました……。あのう、私は罰せられるでしょうか……?」


 王家の人々は苦々しい思いで、こう考えた。

 きっと姉アリアは妊娠の詳細を妹ウィリアにだけ打ち明けたのだ。

 そして妹はその情報を利用し、姉を追い詰めるために手紙を出したのだ、と。


 これまでの証言はアリアの完全無罪の証明であった。


 可哀想なアリアは婚約者と実の妹に裏切られていた。

 さらにイェールに犯され、身籠り、ウィリアに陥れられたのだ。

 そんな彼女のお腹にいるのは勇者と聖女の血を受け継ぐ尊き御子――まさか。


「ああ、きっと聖女様と勇者様の血を引く子供が怒っているのだ……! 愚かなイェールとウィリアの異常はその子が引き起こしている“呪い”に違いない……! 即刻、アリアを国に連れ戻し、心からの謝罪をさせよう……!」


 国王は慌てて、そう決断する。




 しかしその頃――アリアは隣国の王族となっていた。




 隣りのセクト国には占術に長けた第一王子エンティがおり、この事態を予期していた。彼は国外追放されたアリアを保護し、すぐさま王族にする手続きを踏んだのだ。そのような立場にあるアリアを連れ戻すことは、ヴント国王でも不可能である。


 それならせめてもと、国王はイェールとウィリアを隣国へ送り込んだ。

 そして心身が傷付いたアリアへ、心からの謝罪をさせようとした。


 しかしイェールとウィリアが誠意を見せることはなかった。

 それどころか、被害者のアリアへ暴言を吐いたのだ――

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第四話


 アリアが国外追放されてから一ヶ月後――


 ヴント国より訪れたイェールとウィリアは、セクト国の貴賓室で頭を下げていた。“ごめんなさい”や“すみません”という口ばかりの謝罪を繰り返す二人にアリアは苛立ちを隠せない。セクト国の第一王子エンティも同様に怒りを含んだ表情のまま沈黙していた。それほど二人の謝罪は不誠実だったのだ。


 そんなアリア達の態度に、謝罪するイェールとウィリアは段々と腹が立ってきた。なぜ原因も分からぬ怪奇現象をアリアのお腹の子の所為と決め付けられ、謝らなくてはいけないのか。そもそも自分達は国王に命じられて来ただけで、謝罪する気などさらさらない。


 そして二人の見当違いな怒りは爆発する。


「おい! いつまで黙っている気だ!? そもそもあの晩、お前が強く抵抗しなかったのがいけなかったんだぞ! 俺はお前なんて抱きたくなかった! ウィリアだと思ったから抱いたのだ! しかも妊娠するとはどういう了見だ! むしろ心からの謝罪が欲しいのはこの俺だ! この迷惑な馬鹿女め!」

「そうよ、そうよ! この私にも謝罪しなさい! 兎に角、お姉様は狡いわ! 国外追放されたと思ったら、この国の王族になってる? そんなの絶対に狡過ぎる! しかもお腹の子が特別ですって? そんなの信じられないわ! それが本当なら、今すぐに私達を元に戻しなさい! お姉様も、お腹の子も、詐欺師よ!」


 アリアはそんな二人の言葉に、激しく傷付いた。

 二人は自らの悪行を反省していないと、悲しくなる。

 その時、ふとアリアの頭の中にお腹の子の声が響いた――



『お母様、あの二人の魔法を解いていい?』



 それは怒りに満ちた幼い声だった。

 アリアは戸惑いつつも答えを返す。


「え、ええ……? あなたがそれを望むなら……」


 その途端、イェールとウィリアを襲っていた怪奇現象が消えた。イェールの体に浮かび上がっていた印は消え、以前通りに戻っている。ウィリアの体の青さも消え、元通りになっていた。二人はお互いを指差し、喜びの声を上げる。


「おい、ウィリア! 体の色が元に戻っているぞ!」

「イェール様こそ! あの模様が消えているわ!」

「やったッ……やったぞおおおぉッ……!」

「私達は解放されたのねッ……!」


 一方、アリアはこの奇跡をただ受け入れていた。お腹に宿っている子は特別だと、エンティから言われていたからだ。彼が占った限りでは、アリアの奥底に潜んでいた“聖なる魂”がお腹の子に宿っているという。


 やがてイェールとウィリアは用無しとばかりにアリアへ唾を吐き、帰っていった。そのあまりの不敬さに、摘まみ出されたというのが正しいだろう。その様子を見守っていた第一王子エンティは苦笑した。彼は占術によって、未来を大まかに予知している。きっとヴント国は恐ろしい事態に見舞われるだろう。



 そのエンティの占いは的中することになる。

 なぜなら、イェールとウィリアの怪奇現象が消えたことは……――



………………

…………

……



 そして五ヶ月後、ついにアリアの子供が産まれた。


 その子は勇者の印を額に刻み、聖女の証のロイヤルブルーの髪と瞳を持っていた。しかもその子は男であり女――つまり両性具有者だったのである。産まれた子は明らかに人間を超越した“神人”である。エンティは予定通りアリアを妻として迎え入れ、産まれた子を第一子とした。


 その子はオパールと名付けられ、大切に育てられたのである。







 その頃、ウィリアはイェールの子供を身籠っていた。

 アリアの出産を知った彼女は、自分の子も“神人”になると確信する。


「うふふ、勇者の血筋であるイェール様と聖女の血筋である私の子供は“神人”に違いないわ! そんな子供を産んだら、私は誰よりも偉くなれるはずよ! きっとこの国の女王様になれるんだわ!」


 ウィリアは邪まな笑みを浮かべ、命の宿った腹を撫でる。

 その子供が産まれた時、ヴント国が地獄と化すとも知らずに――

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第五話


 アリアが出産した時点で、ウィリアは妊娠四ヶ月目だった。つまり体の異常が治った頃に、ウィリアはイェールの子供を身籠ったのだ。そしてセクト国で“神人”たる子が産まれたという知らせを聞き、ウィリアは気を良くした。姉の子供がそうなら、自分の子供も同じに違いない、そう思ってニタニタと笑う。


「早く生まれていらっしゃい、私の“神人”ちゃん……うふふ……」


 アリアがいない今、イェールの婚約者の座はウィリアのものだった。しかし不祥事を起こしたため、イェールは王位継承権を失っていた。だが、自分が素晴らしい子を産んだら、きっと国王はその意志を変えるだろう。いや、それどころか、自分が女王になれるかもしれない――ウィリアはそう踏んでいた。







 そして六ヶ月後、ウィリアはお産で死にかけていた。


 信じられないほどの痛み、狂いそうなほどの苦しみ……それが彼女を苛んでいた。

 ウィリアは苦痛の八つ当たりとして産婆を叩き、罵り、ひとりの男の子を出産した。

 しかしその子を見るなり、産婆は大声を上げる。


「これはッ……人間じゃありませんッ……! 魔族の子供ですッ……!」


 ウィリアは愕然とし、首を捩って我が子を見た。


「う、うそ、嘘嘘嘘嘘……どうして“神人”じゃないの……――」


 浅黒い肌、牙の生えた口、真っ赤な瞳……どう見ても魔族である。

 ウィリアが失神すると同時に、魔族の子は不気味に微笑んだ。


 その赤子は宙に浮かび上がると、宮廷を造り替えていく。庭園に生えた薔薇が巨大化して、禍々しい玉座を作る。地面から枝を出した魔樹が壁や床を突き抜けて、宮廷を絡めていく――やがてヴント国の宮廷は魔が支配する領地となった。


 それを目にした王都民は悲鳴を上げて逃げていく。

 国王も、イェールも、王族達も、ただただ立ち尽くしかない。


「これは……どういうことなのだ……――」

「陛下……! たった今、重要な知らせが入りました……!」


 その時、セクト国の第一王子エンティの訪問の知らせが入った。彼はヴント国宮廷に起きた異常事態を説明できるという。国王達はエンティからの説明を求めて、宮廷から離れた公爵家にて話しを聞くことにしたのだ。







「残念ですが、ウィリア様の産んだ子は魔王です」



 エンティはそう切り出すと、溜息を吐いた。

 その場にいた者達は衝撃的な事実に目を瞠る。


 そしてエンティは少々込み入った話をすると前置きして、話しを続けた。


「数百年前、ヴント国の勇者と聖女に手により、魔王は二つに裂かれて死にました。しかし二つに分かれた魔王の魂は、戦いで力の弱まった勇者と聖女の中に潜み、復活の機会を狙っていたのです。……ですが、“聖なる魂”が、その悪しき計画に気付きました。その魂は聖女の血に潜み、魔王を倒すべく機会を狙っていたのです。その聖なる魂の宿主となったのが、我が妻アリアです。そして魔王の魂の宿主となったのが、イェール様とウィリア様です」


 エンティは黙り込むイェールと宮廷から救出されたウィリアを一瞥する。


「魔王は二人の子供となることで、裂かれた魂を融合させて復活しようとしました。ですから、イェール様とウィリア様の浮気で子供ができていたら、大変なことになっていたのです。しかしそれよりも先に、聖なる魂は生命を得ることに成功しました。聖なる魂、つまりオパールはアリアのお腹の中から魔王復活を妨害したのです」


 そこでエンティは国王を見た。

 敬意すら含まない冷えた視線である。


「ヴント国王陛下、これがどういう意味か分かりますか?」

「ど、どういう意味とは……? どういうことです……?」


 その答えに、エンティは目を細める。


「イェール様に現れた勇者の印とウィリア様を染めた聖女の青味はオパールの守護魔法です。オパールは勇者と聖女の力を増幅させて、二人が魔王の親にならぬよう守護していたのです。……あなたはそれを何だと判断しました?」


 国王の表情が、激しく引き攣る。

 そしてタラタラと冷や汗を流し始めた。


 あの怪奇現象を“呪い”と断じたのは、間違いだったのだ――

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第六話


 国王は全てを理解した。

 あの怪奇現象は呪いなどではなかった。

 あれはイェールとウィリアが魔王の親にならぬための守護だったのだ――


「あ、ああ……エンティ様……。儂は何という過ちを……」

「そう、あなたは判断を間違った。あの現象は守護魔法だったのに、アリアのお腹の子の呪いと断じて、愚かなイェール様とウィリア様を我が国へと送り込んだ。そして二人はアリアへ不誠実な謝罪をした」


 国王は低く呻くと、その顔を両手で覆う。

 エンティはそんな相手を眺めつつ話しを続ける。


「結局、母親を罵倒されたオパールはイェール様とウィリア様の守護魔法を解いて、魔王の親となる道を歩ませることしたのです。これはあの子なりの復讐ですが、全てはあなた方の自業自得なのですよ――」


 エンティは口の片端を持ち上げ、冷酷に笑った。

 公爵家の屋敷の外で、風が吹き荒れている。

 様子がおかしいのは明らかだった。


 その時、国王が口を開いた。


「そ、それでは……魔王はどうなるのですか……?」

「オパールが倒します。今はまだ幼いので、ある程度成長してからですが」

「そんな……オパール殿が育つまで、我が国はどうなるのです……?」

「残念ながら魔族に支配されます。じきに隠れていた魔王軍が攻めてくるでしょう」

「は、はは――」


 国王は乾いた笑い声を上げると、それっきり黙り込んだ。

 オパールの復讐は壮絶であった――ヴント国ごと滅ぼすのだ。

 国王は判断の誤りを痛感し、王族は助言しなかったことを悔やむ。




 その時、ひとり貧乏揺すりをしていたイェールが大声で言った。


「お、おい! お前の話しぶりだと、最初から全て知っていたようだな! それならなぜ教えてくれなかったんだ! なぜアリアを罵倒するなと忠告しなかった!?」


 さらに失神から目覚めて話を聞いていたウィリアも叫び声を上げる。


「そうよ、そうよ! あなたは私達が謝っている時、近くにいたでしょう!? あなたが一言助言すれば、私は魔王なんて産まなくて済んだのよ!」


 その二人の訴えにエンティは悲し気な顔をした。

 怒りや蔑みを通り越し、哀れみを感じたのだ。


「私はただの占術師に過ぎません。未来に介入する権利などはないのです。何より、我が子は“神人”です。あの子の機嫌を損ねるようなことは絶対にできなかった」

「なんだと……!? オパールはこうなることを望んでいたのか……!?」

「信じられないわ……! オパールは心が捻じ曲がっているわ……!」


 最早エンティは感情を動かさなかった。

 ただ事実を語ることだけに徹する。


「あの子はありとあらゆる可能性を見通せます。一時とは言え、あなた達に守護を与えたのは更生の可能性があったからなのでしょう。しかしあなた達は自らの意志で、アリアを罵倒することを選んだ。それを私に止めろと言うのは筋違いです。さらにあの子が望んでいたとか、心が捻じ曲がっているとか、そういう話でもないのですよ。あの子……オパールはあなた達の魂を試していたのです」


 それを聞いたイェールとウィリアは顔を歪ませて睨む。

 エンティはその視線を無視すると、話を続けた。


「あの子はお腹の中にいた頃から、この事態を語っていました。“イェール様も、ウィリア様も、後になってから謝っても遅いよ”と。“後になってから反省するのは誰でもできるんだよ”と――」

「何だ……? どういう意味だ……?」

「何なの……? 何が言いたいのよ……?」


 するとエンティはにっこりと微笑んで答えた。


「つまりこうですよ、今後あなた達はオパールに謝りたくなるほど悲惨な目に遭うと、そういう意味です」


 イェールとウィリアは目を見開いて固まった。

 二人はようやく自分達の立場を理解できたのだ――


 その時、公爵家の屋敷が激しく揺れた。

 魔王軍が近付いてきたのである。


「さて、私はもう帰ります。オパールから守護を受けてやってきましたが、ここはあまりにも危険な戦場となる。しかし無罪の方や罪の軽い方には、オパールが守護を飛ばしてくれるかもしれません。まあ、イェール様とウィリア様にはあり得ませんが。それでは皆様、さようなら」


 そう言ってエンティは帰っていった。

 オパールの守護を纏った彼を襲う者はひとりもいない。

 王族達は油汗を掻き、これから訪れる悲惨な未来に絶望していた……――



………………

…………

……



 そして一ヶ月後、イェールとウィリアは荒廃したヴント国を彷徨っていた。

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第七話


 荒廃したヴント国でのこと――


 エンティの言った通り、罪無き国民はオパールの守護を受け、無事にヴント国から脱出した。しかしイェールとウィリアは守護を得られるはずもなく、王都を彷徨っていた。本来なら即座に殺されてもおかしくはないが、魔王は自らの宿主となった人間達をいたぶることに決めたのだ。


「誰か……誰か……食料をくれる奴はいないのか……」

「助けてぇ……助けてぇ……お腹が空いて死にそうなの……」


 二人はもう何日も食べ物にあり付けずに彷徨っている。

 しかし視界に入るのは魔族ばかりで、人間はひとりもいない。

 やがて我慢の限界を迎えたイェールはウィリアの肩を突き飛ばした。


「これも全部ウィリアが魔王を産んだ所為だぞッ……!」

「何よ……!? 魔王はあなたの子供でもあるでしょう……!?」

「うるさい、うるさい! こんな事なら、アリアを裏切らなければ良かった!」

「私だって、アンタみたいなろくでなしと寝なきゃよかったわよ!」

「くそッ……――」


 イェールはウィリアを殴ろうとして、腕を振り上げる。しかし空腹を覚えて転倒した。ウィリアも強い眩暈を感じ、その場に崩れ落ちる。二人共、体力と気力の限界を迎えていたのだ。


「もう嫌だ……楽に死にたい……」

「私も死にたい……もう嫌よ……」


 そう呟いた時、二人の前に禍々しい闇が広がった。

 現れたのはイェールとウィリアの子供として産まれた魔王――かつての勇者と聖女に倒された大悪党である。


『パパ、ママ、駄目だよぉ。楽に死んじゃ駄目ぇ。二人には地獄を味わってもらいたいもん。今から、痛覚を鋭くする魔法をかけて痛いことするね? 良いよね?』

「ひいいいいいいいいいぃッ!」

「いやああああああああぁッ!」


 激しい苦痛の中、二人はオパールに謝った。

 謝るから助けてくれ――そう叫び続ける。

 しかし助けが得られることはなかった。




………………


…………


……




 魔王誕生から四年後――


 勇者であり聖女である“神人”が、魔の領域ヴント国に降り立った。

 その子の名はオパール――たったひとりで魔王に戦いを挑んだ


 オパールは魔王だけでなく魔王軍とも戦う必要があったが、勝ち目は十分だった。そもそも魔王はイェールとウィリアを宿主としたにもかかわらず、身近にいたアリアの中に“聖なる魂”が宿っていることを見逃していた。それは大きな力量の差を物語っていたのだ。


 勝敗は一瞬とも言える速度で決した。

 オパールは魔王軍を倒しつつ宮廷の玉座に辿り着く。

 そして魔王の生命活動を司る核を、瞬時に貫いたのだった。


 さらにオパールは聖魔法で魔王の魂を捕獲し、空間魔法で天上界へ移動した。本当なら最初の死後、魔王は天上界で裁かれるはずだった。しかし勇者と聖女の血筋に潜むことで、逃げおおせていたのだ。


 天上界には最高位の天使達が待ち構えていた。

 ついに魔王の魂は裁きを受け、浄化されるのだ――


 これにより、魔王は消滅した。







 戦いを終えたオパールはセクト国へ戻った。

 そしてアリアとエンティへ勝利を報告する。


「オパール……! あなたが無事でよかったわ……!」

「これで魔王は二度と復活しない! 素晴らしい戦いだった!」


 するとオパールはこくりと頷き――母アリアを見詰めた。

 その表情は思案気な大人の顔でもあり、怯える幼子の顔でもあった。


「お母様、私は魔王消滅を求めるが故、あなたを犠牲にしてしまいました……。命を得るため、お母様が乱暴されるのを止めなかった……。お父様の保護を受けるため、お母様が国外追放されるのを止めなかった……。全部、私の責任です……」


 我が子の謝罪に、アリア涙を滲ませる。


「オパール、謝らないで……! 私はあなたを産めて、本当に嬉しかったのよ……! しかもエンティ様とも相思相愛となって夫婦として結ばれた……あなたは私に最高の幸せをくれたの! 心から愛しているわ!」

「お、おかあさま……――」


 オパールは顔をくしゃくしゃにして、泣きじゃくる。

 その姿は“神人”ではなく、幼い子供そのものだった。


 アリアも、エンティも、愛しい我が子を抱き締める――







 それからも、オパールは行動を続けた。

 国王の許可を得て、ヴント国を一新したのだ。


 まず、魔王軍によって破壊された建物全てを時間魔法で新築にする。そして呼び戻した国民の中から才覚ある者を見抜いて、重要職に任命する。国民達の資質や才能を鑑定し、補助魔法で開花させる……――オパールは自身の能力を最大限に発揮して、国の繁栄に尽力した。


 それにより、住みにくかったヴント国は生まれ変わった。

 たった数年で、多くが移住を望む豊かな国となったのだ。




 そして人々はオパールをこう称した。

 過ちを犯すが、それ以上の幸せをくれる“神人”と――




―END―

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