九十七 頼朝狙撃 四
亡くなったはずの姉が目の前にいる。胸に矢が突き立っているのに、微笑んでいる。
――姉上、痛くはないのですか?
頼朝は、姉に手を伸ばそうとするが届かない。さらに手を伸ばしても届かない。そして次第に遠ざかっていく。
――姉上、どちらに行かれるのです?
だが、どんどん姉は遠ざかり、仕舞いには見えなくなってしまった。
その時、かすかに遠くで声が聞こえた。
「殿! 殿!」
激しく声を掛けている実平の声で、頼朝の意識が戻った。
一瞬の出来事だった。
船の上で貴船神社に向かって拝礼を始めた時、右手の方から突然、何百人かと思われる勝鬨が上がり、そちらを見て声の所在を確かめようとした時、左斜め方向から男の短い声が聞こえた直後、自分が矢に襲われ、左胸下に激しい衝撃を受けたことを感じた。
それっきり意識を失ったのである。
頼朝はとっさに矢が突き刺さったであろう左胸に手を当てた。しかしそこには刺さった矢の感触はなかった。
左胸下に強烈な痛みがあるものの、血は流れていない。
頼朝は状況を理解できなかった。
確かに矢は自分に当たった。しかし刺さっていない。
その証拠に飛来した矢は、頼朝の目の前に転がっている。
今度は、右手をおそるおそる懐に差し込んで、痛む胸をもう一度触ってみた。
すると、以仁王の令旨を入れてある書状の中にある小さな堅いものに指が触れた。
……?




