九十六 頼朝狙撃 三
船はだんだん近づいてくる。
周囲はすでに日の出直前の明るさで、船や乗り組んでいる人の姿がはっきり確認できる。
頼朝は、船の先頭にいた。見たところ平服に烏帽子姿で、特に具足などは身につけていない様子である。
なので、最も仕留めやすい胸に狙いをつけることにした。
船が貴船神社に正対するように近づいて静止した。
頼朝は船の上にゆっくり立ち上がり、神社に向かって拝礼し始める。他の武士は頼朝の後ろで跪いて頭を下げていた。
景親と頼朝との距離は約半町。大庭館の弓道場の的と同じくらいである。
波は穏やかで、ほぼ無風。
景親は、勝利を確信した。
まず景親は、郎党が控える背後の尾根筋に向かって合図の矢を放った。
郎党が身を潜める木に矢が命中し、それを見た郎党は西側に向かって、用意の松明を左右に狂ったように打ち振った。
その後すぐに、あたりを圧するような勝鬨が響いた。
「えいえいおー! えいえいおー! えいえいおー!」
頼朝が何事かと、磯崎の港の方に振り向いたその瞬間、
「頼朝、我の勝ちぞ!」
木の陰から姿を現した景親から、渾身の矢が放たれた。
矢は吸い込まれるように、頼朝の左の胸乳の下あたりに命中し、頼朝がよろめいて船に仰向けに倒れた。
すぐ異変に気付いた実平は、頼朝を庇いつつ、周囲を見渡すと海沿いの木の隣に、矢を射出し終わった態勢の武士が、こちらを見つめている。
――景親!
「だせ! だせ!」
実平は大声で七郎丸に命ずる。
頼朝の状態は確認できなかったが、景親は十分な手ごたえを感じていた。
……終わった。あの位置に命中して生きているはずがない。
頼朝が乗った船はすでに沖合に達し、朝靄の中に姿を消そうしていた。




