九十四 頼朝狙撃 一
磯崎の大庭景親の元に、伊東祐親からの早馬が到着し、頼朝一行が、岩の港から船で脱出したという報告が入った。
床几に腰かけていた景親は、いよいよ頼朝との最後の決着を付ける時が来たと思った。
すぐに郎党一名を連れ、貴船神社に向かった。
頼朝が乗った船は、海岸から適度に距離を取って南下している。
これから真鶴半島沿いに進んで、岬の先端まで来たら、後は相模湾を一気に横断して安房に行く。
波は穏やかで、西風もそれほど強くはない。
船を使った敵の追撃は無さそうであった。
このあたりの漁村の民は全て実平の支配である。敵には一切協力しない。
船の先頭には頼朝が座り、傍らに実平が控え、その後ろに他の武士たちがいる。
一番後ろでは、七郎丸が艪を漕いでいる。
岩の浜から漕ぎ出した後は、皆、八郎太の最後を悲しんで沈黙が続いていた。
しばらくした後、頼朝が実平に声をかけた。
「実平よ。汝は確か石橋山のいくさの前、真鶴の近くを通った折りに、海の民から信仰厚い貴船神社の話をしておったのを覚えておるか?」
「はっ、覚えておりまする」
「安房に向かうにあたって貴船神社に詣り、航海の無事を祈願をしたい。合わせて八郎太の冥福も祈りたい。船を近くに漕ぎ寄せよ」
「承って候」
空はずいぶんと明るくなっているが、まだ日の出の時間ではない。
海岸に沿って南下してゆくと、遠くに篝火が焚かれているのがおぼろに見えてきた。
次第に近づき、それが貴船神社の門前で焚かれていることが分かった。
夜明け前の薄暗さの中で、篝火が正殿を明るく染め、幻想的な雰囲気が漂っている。
実平は、首を傾げた。
……今日祭礼があるのだろうか? 篝火が焚かれているとは珍しいことだ。




