九十二 頼朝脱出 五
八郎太は、最も海に面している、とある一軒の家の横に建っている納屋に、裏から一行を招き入れた。
この納屋は、烏帽子を買いに行かせた身内の者の所有であった。
納屋の中は漁具が散乱していたが、八郎太が事前に整理して、一行が入れる程度の空間を前もって作ってあった。
海側にある蔀戸の隙間から覗いてみると、港は厳重警戒態勢が敷かれているのがわかった。
なぜかわからないが、今日、頼朝たちが船で脱出するのが判っていたような警戒ぶりである。
船のところは重点的に兵が配置され、各々の兵は松明を持ち、十間毎に篝火が焚かれ、船を煌々と照らしている
めざす船までは、半町ないくらいであるが、このままでは、まったく近づけない。
頼朝は、何か自分では分からない事情で、大庭景親に我らの脱出を正確に読まれていたと悟った。
やや肌寒いにも関わらず、脂汗が額から頬を伝う。
頼朝は、決断を迫られている。
……どうする? このまま突入しても跳ね返されるだけだ。一旦、切株に戻って仕切り直すか? 外はどんどん明るくなっている。もう少ししたら帰ることもできなくなる……
その時、森の方から慌ただしく走ってくる足音が聞こえ、そこに敵兵が集まってくる気配が伝わってきた。
兵が死んでいる、という言葉が聞こえた。街道を横切る際、実平が斃した哨戒兵の死体が発見されたらしい。
敵は、頼朝一行がこの漁村に潜入していることを悟った。
これから漁村の建物内外への猛烈な捜索が始まるだろう。
そうなればここに留まっていることは死を意味する。
頼朝は、急いで森から来た道と違う場所から切株に戻ろうと考えた。
ここまで来て船に乗り込めないのは残念ではあるが、切株に戻って仕切り直した方が良いと判断した。
ぐずぐずしてはいられない。
明るくなれば、切株に戻る前に敵に発見されてしまう。
皆にそのことを伝えようとした時、実平が頼朝に言った。
「殿、ここは我れが港から逆向きに陽動をかけましょう。殿はその隙に船に乗り込み、出港してくだされ」
実平は、そう言って隣の七郎丸の腰に差してあった太刀を奪い、納屋を出ようとした。
「実平! ならぬ! ここは一旦切株に戻るぞ。また仕切り直せばよいのだ」
「しかし!」
と、その時だった。




