九十一 頼朝脱出 四
八月二十八日未明。
切株の出入り口は、今は大きく開けられ、いつでも出られるようにしてある。
頼朝は、夜明け前の薄明りの中で烏帽子を取って、髻をほどき、隠し持っていた銀の正観音像を取り出した。
それを懐から取り出した以仁王の令旨の書状とともに地面に置いた。髻と烏帽子を直し終わった後、それに向かって手を合わせた。
……姉上、本日決着がつきまする。万一の時は、おそばに参ることになりましょう。
合掌を終えた頼朝に、実平が聞いた。
「殿、それは?」
「この正観音像は乳母からもらったお守りでな。これまでいつも髻の中に隠して持っていたのだ。今日はいよいよ、いくさの決着を付けねばならん。むろん勝つことを信じておるが、もし、この首が大庭景親の手に渡り、髻の中の正観音像を発見されたなら、源氏の棟梁らしからぬ振る舞いとして侮られるだろう。だから髻から外したのだ」
そう言って頼朝は、以仁王の令旨の書状の中に正観音像を丁寧にしまい込み、それを再び懐にしまった。
そして実平と目を合わせ、頷いた。
頼朝が、一同に言った。
「よし。では参ろうぞ」
二つの切株の穴から、七人が地上に出てきた。そして港に向かって静かに移動を始めた。
辺りの空は、次第に明るくなってきてはいるが、夜明けはまだ遠い。頼朝一行は、七郎丸を先頭に、森の中を通って少しずつ港に近づいている。
途中、街道の近くまで行くと、松明を持った敵兵が一名見えた。
実平は先頭に出、手で一行をその場に止め、狩猟用の弓矢を持ってそっと近づいた。十分に近づくと、敵兵の足元に石を投げ、こちらにふり向いたところを、矢で敵の喉を撃ち抜いた。敵兵は声もなくその場に崩れ落ちる。
実平は、急いで近寄り、松明を消し、倒れた兵を引きずって街道の外へ置く。そして周囲を警戒しながら手真似で一行を呼び寄せた。
街道を越えて、港に向かって緩やかに下る道を辿って行くと、間もなく漁村の家々が立ち並ぶところに入った。岩の港の海岸線は弓のように湾曲していて、それを取り囲むように家々が三重四重に連なって漁村を形作っている。
一行は、静かに村に近づいていく。
家々の間には、敵兵は見当たらなかった。目印としていた一軒の家の軒下に八郎太がうずくまっていて、一行を待ち受けていた。
先頭の七郎丸と頷き合う。今度は、一行の先頭に八郎太が立ち、家々の間を縫うようにしながら海の方に近づいて行く。




