九 大庭景親の器量
翌日、使者に出した家人とともに懐島景義が到着した。
頼朝は、笑顔で自室に迎え入れる。
「急に呼び出してすまぬな」
景義は、びっこを引いていて、頼朝の前に置かれた籐の円座に、片足を投げ出して座った。
「近頃はいろいろ物騒な気配がして参りましたな。何かございましたか?」
頼朝は、景義の前に三善康信の書状を置いた。
景義はそれを受け取って開き、文面に目を通すと、再び書状を丁重にしまって頼朝に返した。
「なるほど……我が弟が敵方の将軍となって、殿にいくさを仕掛けてくると言うのですな。
この景義が弟景親に内通しているとの、お疑いですかな?」
頼朝は、あははと笑った。
「もしそうなら、汝はとっくにこの頼朝を討ち果たしておろう。
本日来てもらったのは他でもない。
汝の弟景親について、いろいろ訊ねたきことがあっての」
「弟景親についての何をお知りになりたいのでございますかな?」
「この頼朝、保元のいくさのみぎり、その方ら兄弟の良きいくさぶりを覚えておる。
こたび汝の弟が敵将となるのであれば、武士としての器量を詳しく知りたいと思ったのだ」
「なるほど。されば正直に申し上げますと、殿は悪き相手といくさをすることになりましょうな……」
「悪き相手?」
「左様。我が弟景親は、この景義より器量は上にございます」
「ふむ? どのように?」
景義の話に引き込まれる。
「普段は、もの静かな男で、関東武士に通有な豪快さなどとは無縁でござる。
我ら大庭一族は、昔、奥州のいくさにおいて右目を矢で射抜かれながらも、返し矢にて相手を討取った鎌倉権五郎景正の子孫でありまするが、弟景親にはそのような勇猛さはございませぬ」
景義は、弟の武芸に触れた。
「打物・組物・乗馬は我れの方が上。弓矢の腕は弟の方が上。特に遠矢に優れてござる」
頼朝が何か言おうとしたが、それを遮り、
「これだけではございませぬ。弟の最も恐ろしきは、賢き頭にござる。
その怜悧で理詰の考えは、徒な勇猛などよりはるかに恐ろしく、将棋に例えますなら、こなたが玉を堅く守っていても、必ずそれを打ち破る策を案出いたしまする。
打物・組物の一騎打ちなら、弟に勝る武士はいくらでも居りましょう。
しかし多くの者を引き具して合戦するのであらば、かの諸葛孔明の再来と言ってもおかしくありますまい」
この言葉を聞いて頼朝は、腕を組んで黙り込んだ。
景義の話からすると、弟景親は恐るべき頭脳をもった武士であり、自分には到底かなわぬ相手であるような気がした。
……やはり奥州に逃げる算段を早めにつけたほうがいいかもしれぬ……




