八十九 頼朝脱出 二
「ここからが最も大事なことじゃ。
我らは船で安房へ行くと申したが、どうしても整わねばならぬ条件がある。
それは、風じゃ」
切株の中の武士が、皆黙って聞いている。
「この数日、ずっと強い東風が吹いていた。
仮にこの中で船を動かしても風に押し戻されてしまい、安房にたどり着くことはできん。
つまり風向きが西に変わらねば、出港しても意味がないのだ」
なるほど、という武士の小さな声が聞こえる。
「そこでじゃ。この風向きがいつごろ変わるかを正確に予想せねばならん。
我らの中で、その風向きを唯一読むことができるのは七郎丸だけだ。
七郎丸、汝の家は真鶴の港のそばにあり、船に詳しいと聞く。
汝はこの風の向きがいつごろ変わるか、予想することができるか?」
隣の切株にいる七郎丸が、連絡筒に口を近づけて返答した。
「されば大殿。
昨日まで強く吹いておりました東風が徐々におさまってきて、今は凪であることが森の木の揺れから分かりまする。
このような場合、次第に西風に変わっていきます。
明日の未明には西風に変わっていくことに間違いございますまい」
頼朝は、七郎丸の話を聞いて、うむ、と頷いた。
「それでは、出発を明日の未明と決定する。皆の者、よいな」
すべての者が感無量となっている。
無事脱出できれば我らの勝ち、殿が討ち取られれば負け。
我らのいくさは、明日決着する。




