八十八 頼朝脱出 一
昨夜、八郎太から届けられた衣服に袖を通すと、切株の下にいた武士たちは気分が一新した。
「やはり着替えると気持ちがようござるな」
「本当は、着る前に湯あみができればよいのじゃがな」
「何をぜいたくなことを。こうして殿と御一緒にいられる事こそ、幸せなことではないか」
などと小声の会話が聞こえてくる。
「皆、話を聞け」
頼朝は、連絡筒に口を近づけて、小声で話し出した。
「今朝、また敵の兵が街道を北上していく姿が見えたことは知っての通りだ。
昨日、梶原景時なる人物が言っておったように、敵は内訌した結果、多くの武士たちが帰国の途についたものと思われる。
その数約七百。残るは三百と伊東祐親の三百。合わせて六百である。
そこで我らは、近々この切株から抜け出し、真鶴の港へ向かい、そこから船に乗って安房を目指す」
そこで隣の切株から、おーっ、という声が聞こえてきた。
「だがそうは簡単にはいかぬ。
まず敵兵六百を突破して港まで行かねばならぬことじゃ。
幸い、我らの居場所は敵には察知されてはおらぬ。
だから敵は兵をどこに配置してよいか分からぬはずじゃ」
うんうん、という低い声が聞こえる。
「だが、きゃつらと切り結ぶとしても、我らには、短刀以外の得物は、猟師用の弓と矢四本、それと敵から奪った太刀四本のみしかない。
そこで我らは、船に乗り込む当日の夜明け前にここを発ち、暗いうちに敵に悟られぬよう港へ向かう。
途中敵の宿直や番の者がおれば可能な限り気づかれぬように行く。
どうしても必要な場合のみ敵を斃す」
隣の切株で、頷いている気配がしている。
「真鶴の港では、八郎太が船の準備を密かにしているはずじゃ。
その船が置かれている場所は、昨日、八郎太から七郎丸が聞いている」
隣の切株から七郎丸の、はい、という小声が聞こえた。




