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源頼朝挙兵物語  作者: 中野掘門
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八十三 景親の決断

 大庭景親は決断した。


 これ以上、武士たちを引き留めておくことは不可能であると思った。


 士気は、著しく低下してしまった。


 例の噂によって、兵たちは捜索にあたる気力を持たず、武士たちも、もはやここの滞在を忌避し始めている。


 軍に従っている武士たちにとっては、いくさにおいて敵の首を上げることが、唯一の名誉と恩賞を得られる機会なのである。


 石橋山のいくさが終結し、以降単なる捜索に変わってしまったことで、もう名誉も恩賞も得られるような機会はなくなってしまったと落胆しているのである。


 それでは、武士たちを伊豆北条館へ移動させる手も考えられたが、兵粮が尽きかけていることもあり、彼らは一旦帰国したいと考えていた。


 結論としては、景親の部隊三百と伊東祐親の部隊三百の計六百を除き、その他の武士は帰国させることにした。


 景親自身の部隊の半数は、弟俣野景久に預けてしまったので、これだけしか残っていないのが、今となっては手痛い。


 しかしながら景親自身は、まだ頼朝一行が伊豆北条に向かったとは納得できていない。


 うまく説明できないが、まだこの付近に潜伏しているのではないかという思いが捨てきれないのだ。


 もしかしたら、今回の頼朝が伊豆北条館に既に着いて再起の準備をしているという噂は、頼朝側の謀略なのではないか? と疑っている。


 だが、これだけ探して見つからないのはどうしてなのかが理解できない。


 山の中はもちろん、海沿いの村の家一軒一軒の捜索もすべて行っているが、それでも見つからないのである。


 一行は七名であることが分かっている。


 七名といえばちょっとした人数で、隠れる場所もそれなりの広さがいるだろうし、兵粮も必要だろう。


 彼らは自身で兵粮は持っていなかったと思う。


 だいたい従軍する家人に持たせるものだからだ。持っていたとしても、ごく少量であろう。


 敗戦で散り散りばらばらとなって、鎧も脱ぎ捨てて逃走したので、いくさの当日か翌日早くには兵粮が切れているはずだ。


 そんな状況の中で、策を弄してくる余裕などあるのだろうか?


 そう考えると、頼朝一行はすでにこの地にはいないことになる。


 しかし、何かひっかかる。


 自分はこれまで自分の勘を大切にしてきた。その勘は、頼朝はまだここにいると言っている。


 武蔵・相模の武士には帰国許可を出す。これはこれで仕方ない。


 景親は、少しずつ作戦の歯車が狂いだしている事を感じていた。


 問題は、六百にまで減った兵数で、どのように頼朝を捕捉するか、どうしたらそれができるかである。


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