八十二 梶原景時 二
梶原景時は、切株を離れて陣に戻りながら、うまくいったと喜んだ。
昨日の早朝、放尿のため山に入ったところで、矢が放たれるのを偶然目撃した。
こんな時間に猟師がいるわけがない。
そう思って矢をよく見ると、放たれた方角に大きな切株が二つあった。
その時は半信半疑だった。でも、もしからしたらと思って夜に入ってから、その切株をずっと観察していた。
陣の連中には、本陣に行くから遅くなると断って、不在が怪しまれぬようにしておいた。
夜遅くなってから一つの影がすーっと切株に近づき、コオロギの鳴き声が二回聞こえた後、影はずっと地に伏せたままだった。
小半時の後、また音もなく黒い影は森の中に消えて行った。
景時は確信した。あそこに頼朝たちが潜んでいるに違いないと。
だが彼はこのことを大庭景親に報告するつもりはなかった。
正確に言うならば、景親に報告するのと、これを利用して頼朝方に鞍替えするのと、どちらが将来自分のためになるだろうかと考えた。
例えば、景親に報告したとする。
すぐに切株下を捜索し頼朝を捕獲して問答無用に首を刎ねるだろう。
自分はその発見者として称賛され、多少の所領を得ることできるだろう。
それに対して大将の景親は、平氏よりその勲功が評価され、官位と莫大な所領を手にするだろう。
元々、大庭氏と梶原氏は同族で、坂東八平氏の末裔鎌倉氏の一族でもある、だから同族の景親に大きく出世をされるのは面白くない。
それでは、これを隠し、頼朝がうまく脱出して再起し、将来平氏を打倒して、今の太政入道清盛殿のような位についたとしたならどうだろう?
景時は、頼朝の命の恩人として遇され、将来国守、いや官位を賜って貴族の仲間入りすることさえ夢ではない。
それに万一、頼朝の脱出が阻止されて首になったとしても自分に危険はない。ダメで元々なのであるから。
どちらを選ぶべきか、考えるまでもない。
しかしやっておかねばならないことがある。
それは、自分が頼朝の居場所を知っており、そして頼朝の味方であり、このことを大庭景親には秘密にする、ということを頼朝に周知してもらわねば、将来の出世が絵に描いた餅になってしまう。
そこで山菜取りの兵をたしなめる口実で切株に近づき、頼朝に声をかけたのである。
そしてそれはうまくいった。
……頼朝殿。うまくここから抜け出して再起してください。そしてこの景時を引き立ててくださいな。よろしく頼みますぞ。




