八十一 梶原景時 一
そして咳払いをしてから話し出した。
「これから独り言を言います。
ちなみにこの付近には他に誰もおりませぬ。
我れは梶原景時と申します。以後お見知りおき下さい。
大庭景親殿の配下におりますが、実は源氏のお味方です。
昨日、北へ向かった軍勢二千は、甲斐源氏の武田信義らが挙兵し、足柄山を南下しているという報が届いたので、大庭殿が弟の俣野景久殿に命じて行かせたのです。
ツキが回ってきましたよ。何せ、いきなり兵が二千もいなくなったのですからね。
残るは千と伊東祐親軍三百のみです」
梶原は一旦言葉を切って、切株下の様子を窺ったが、しんとしたままだった。
「今、大庭殿は大変困っておられます。
何やら、とある御一行が既に伊豆北条館に到着して再起を図っているという噂が全軍に知れ渡っております。
武蔵相模から来ておる武将が、それを聞いて大庭殿に食ってかかっておるのですよ。
いつまでここで捜索を続ける気か、ってね。
もう少ししたら、各地から来ている武士は帰り出すのではないですかね」
梶原は、切株を撫でながら続けた。
「しかし良いところ見つけましたね。
切株の下に隠れているなんて、誰も気が付かないですから。
あっ、大丈夫です。誰にも言いませんから。ご心配なく。
だけど、ここからうまく逃れられて再起を果たしたら、この景時を引き立てて下さいね。
もう一度言います。梶原景時です。
では帰ります。成功を祈っていますよ、頼朝殿」
そういって足音が去って行き、いつまで山菜取りしてるんだ、早く陣に戻れ、という遠い声が聞こえてきた。
切株の下では、頼朝と実平が目を合わせて、言葉を失っていた。頼朝がようやく声を発した。
「これは一体どういうことだ? なぜここに潜んでいることが分かったのだ?」
実平が応える。
「わかりません。梶原景時と名乗っていましたな。殿はご存知なのですか?」
頼朝が首を横に振る。実平が続けた。
「梶原なら大庭と同じ鎌倉党ですな。何かの罠でしょうか?」
「罠としたら一体何の罠だろうか?
もし梶原が我らがこの切株の下にいることを景親に言えばすべてが終わる。
しかし誰にも言わないという。これはやはり本人の言うように、我らに味方すると考えて良いのではないのか?」
「左様ですな。そうとしか考えられぬような気がいたします。
としますと梶原が言っていたことは、真実を語っているということになりましょう」
「うむ。おかげで敵方の内情がよう分かった」
昨日北へ向かった多数の軍勢は、南下する甲斐源氏に対抗するためだという。兵数は思った通り二千。
さらに今、頼朝の策にはまって、大庭軍は内訌しているらしい。
うまくすれば梶原が言っていたように、不満に耐えかねた各地の武士が帰国し始めるだろう。
そうすればさらに捜索兵の数が減る。
梶原が言うように、こちらにツキが回ってきたようだ。
頼朝は思った。
……ここから脱出する時が近づいている。




